51 擬態ポーション -Changing potion-
──翌日。
梨人は、毎朝の如く深いため息をつきながらネクタイを締めている。
彼の出掛け間際に、猫好きAはドアをノックした。
「着替え終わったかい?入るよ。」
「う、うん。」
梨人の部屋へと入った猫好きAは、何やら両手を腰の後ろに回しニマニマと笑っている。
「……どうしたの?そんなに笑って。」
(いいよな、高校のない大人はご機嫌で。)
梨人は制服のジャケットに腕を通すと、襟元を整えた。
「んっふふ。梨人にね、プレゼント。」
猫好きAは、浮かない顔の青年に一冊の本を差し出した。
これはそう──梨人を迎えに行った日に天傘書店で買った『青龍の愛し子』である。
「この表紙の少女が見つめてくるから、つい買ってしまってね。この手の本は、私より梨人くらいの世代向けだと聞いたから。」
「記憶を辿った」などと、正直なことを言えるはずもなく。猫好きAは、嘘を綺麗に並べることにした。
「え……この本、実はずっと読みたかったんだ。ありがとう、嬉しいよ。」
梨人は、笑顔を浮かべると猫好きAから本を受け取った。
「じゃあ、僕もう行くね。」
『青龍の愛し子』を通学カバンに仕舞うと、梨人は部屋を後にした。
「うん──いってらっしゃい。気をつけるんだよ。」
梨人の後ろ姿を見送った、猫好きA。
部屋に寂しく残された彼は、ぽつりと呟いた。
「……低血圧?」
思ったよりも、梨人の反応が薄かったことが気がかりのようだ。
「まあ、今日はもっと盛大なサプライズがあるからね。さてと──私も、やるべきことをやらないと。」
猫好きAは早速、蛇遣いと家事に取り掛かった。
──その頃、高校までの通学路を歩く梨人は考え事をしていた。
(……分かりやすい嘘だったなぁ。)
猫好きAと蛇遣いは、梨人をどこかまだ「子供」だと思い込んでいるところがあった。
高校生は、大人と子供の狭間の時期。
子供だと言われても、間違っていることはない。
しかし──子供騙しが通用するような歳でも、ない。
(記憶が読めるコルクがいる時点で、もう答え合わせのようなものなのに。)
嘘をつかれたこと、そして多分、いじめられている自分を知られていること。
この事実のせいで、梨人は素直に喜べなかったのだ。
(佐山の一件もあるし……ふたりはもう、完全に気づいてるんだよな。)
とはいえ、自分のことを想って本を買い直してくれたことは嬉しく思っていた。
梨人は制服の胸ポケットから、何やら小さなプラを取り出した。
彼の手にあるのは──スネイルズのコーヒー飴が包まれていた包装紙。
なぜ、こんなものを大事にとってあるのだろうか。
答えは、ひとつ。"想い"の入ったものだから。
理由は、どうであれ。きっと今日もらった『青龍の愛し子』も、"想いコレクション"の一つとして、彼は大切にするのだろう──。
梨人は包み紙を胸ポケットに仕舞うと、高校へ続く道を駆け出した。
彼へのサプライズまであと──少し。
──待夜家、和室。
そこには、セーヤが待機していた。
マッハで家事を済ませたふたりは、セーヤの待つ和室へと滑り込んだ。
「さ、始めましょうか。」
ふたりは、高校デビューのための支度に取り掛かった。
猫好きAは、簡易棚の引き出しを開けるとポーションを一本取り出した。
「おふたりとも、まず最初にカラコンを付けましょう。」
「──どうして?だって、ポーション飲むんでしょ?」
猫好きAの手に握られた、緑色の液体の『擬態ポーション』──これは、擬態ポーションの中でも"中級"に位置付けられた品だった。
「そのポーションは、中級。上級じゃないので、瞳と髪色の操作は効かないんですよ。その代わり、上級と比較して使用感がマイルドになっているとか。」
「へえ。ポーションにも、色々あるんだね。」
続けて、カラコンの箱を取り出す猫好きA。
蛇遣いは、セーヤに泣きついた。
「セーヤさん……上級ポーション持ってないですか?」
「いや、本当に上級は。お勧めしません。それに僕、持ってないです。」
「こーら、マスター。カラコン入れるのが嫌だからってセーヤくんに無理言わないの。」
「俺……目に異物入れるくらいなら、どんな使用感でも耐えられると思う。」
文句を言う蛇遣いに、セーヤは苦笑いした。
「まあ──飲んでみれば分かりますよ。」
蛇遣いは猫好きAとセーヤの協力もあって、どうにかカラコンの至難をクリアした。
そうして──ついに。ポーション体験の時間がやってきた。
「高校生ですから、梨人君くらいの歳をイメージして服用して下さい。」
「わかったよ。高校生、ピチピチ──高校生、ピチピチ──」
イメージを思い浮かべた猫好きAから、ポーションを口に流し込む。
必要量は半分なため、ふたりで一本のポーションを飲み回した。
「くうっ………ぐあっ…………心臓が………」
後に飲んだ蛇遣いが、苦しそうに胸をおさえる。
───ガクッ。
猫好きAが、膝から畳の上に崩れた。
「ハァッ…………ハァッ……………」
こちらも胸をおさえ、悶え苦しんでいる。
段々と、ふたりの容姿は形を変えていた。
「セーヤくん………っ、これ……結構きつい……ね……。」
猫好きAは目の前に立つセーヤへ、息絶え絶えに話しかけた。
「そうでしょう。僕もこれを使う時は毎回、死にそうになります。これでも、ジルファ先生は最大限痛みを抑えたとおっしゃっていましたが──。」
セーヤがジルファ先生と呼ぶ人物の正体は、巡影帝国の薬学研究者、ウィンドミル・ジルファ。この者こそ、たった今ふたりが苦しめられている擬態ポーションの開発者である。
「ああ、そうそう。"痛み無くして、効果を手に入れられると思うな"とも、おっしゃっていました。僕も服用時の痛みには苦しめられている立場ですが……先生のいうことも一理、ありますよね。」
息を切らし、悶えるふたりを前にセーヤはペラペラと話した。
「ジルファ先生………悪趣味……っだね………」
「中級で……これだろ?……上級なんて………死ぬにっ………決まってる………」
汗だくで痛みを耐える、ふたり。
──数分後。ようやく、ふたりは痛みと不快感のトンネルを抜けた。
「はぁ………一気に疲れた。」
「私もだよ。これを当分、飲むなんて──。」
疲れ切った顔で立ち上がったふたりに、セーヤは手を叩いた。
「おふたりとも!完全に!美青年ですよ!!」
セーヤより少し背が縮み、若い容姿になったふたり。
天然高校生の梨人ほどではないが、しっかりとあどけなさを纏っていた。
猫好きAと蛇遣いは、互いを見合った。
「マスター……なんか、可愛くなったね。」
「ボス……やっぱり普段から苦労してたから……。」
蛇遣いは、まるで日頃の猫好きAに同情するかのような反応を見せた。
彼の目の前に居る、若返った猫好きAはマイナス10歳とは思えないほどにフレッシュで、綺麗だった。
「違うよ。言ったろう、私は老け顔だって。」
「さあさあ、早く着替えちゃってください。」
セーヤに急かされ、ふたりは新品の制服に腕を通した。




