5 凍えてしまえ -Freeze!-
牛乳パンを食べた苫男は少しして、お手洗いに席を立った。
「ちょっとトイレ。」
「うん。」
「おい、そこはいっト──」
「分かった。早く行って来なよ。」
梨人はしょうもないボケの阻止に成功した。
「はあ。静かだ。」
(何ページまで読んだっけ)
本を手に取ると、雑ではあるが一応最後に読んだページに表紙が折り込んであった。
(あいつが話しかけるから……。)
変に折り目がついた表紙が真っ直ぐになるように、指で圧をかけた。
──ガラガラ。
「ういっす〜。」
「はあ、疲れた。」
「やべえ!数IIの宿題やってねぇ!」
「え、それはマジでやべえって。シバかれるぞ。」
次々とクラスメイトが登校してきた。
(ああ……静かな朝が終わった。)
梨人の隣の席の野辺順太が、教室に入ってくるなり嫌そうな顔をした。
「それ、お前の?」
「え?」
「俺ん席。そのバッグ邪魔って言ってんの。」
「ああ、これ苫…えっと、鈴央のなんだ。使わせてもらってたみたいだね。預かっておくよ。」
「あっそう。早く退かせよ。」
(なんでこんなに偉そうなんだよ……)
別に自分が悪いわけではないが、急いで苫男のバッグを自分の席に寄せた。
「順太〜、おはよう。」
クラスメイトの佐山結希が順太の席を訪れた。
順太を初め、クラスメイトの色んな男子と仲良くしているイメージがある女子で、謎に自分に自信を持っているところが梨人は苦手だった。
「順太〜、昨日のMINE既読スルーしないでよ〜。」
「え?あ、ごめん途中で寝ちゃったんだ俺。」
「そうだったんだ。何かあったと思ってびっくりしたんだから〜。」
猫撫で声で語尾を伸ばして話す結希。
梨人は耳を塞ぎたかったが我慢した。
(そろそろ、授業の支度でもしておこうかな。)
梨人がカバンを開こうとしたその時。
ふと、結希の視線が自分に向けられていることに気づいた。
目玉だけがギョロッと下を向いた、怖い視線。
「な、何……?」
驚く梨人の顔を見て笑うなり、結希は梨人の机の上にあった小説を勢いよく取った。
「なに、これぇ?絵柄キモいんですけど。え?てか何、もしかしてヲタク?」
「は……?」
(なにって、普通に小説じゃんか。)
「は?じゃないでしょ。これ読んでイキっちゃったりするんだ。気色悪い。」
(読んでもないくせに、偏見まみれだ。)
梨人は怒っていたが、余計なトラブルに発展させたくもない。
「佐山さん。どういう感想持たれようと構わないけど、それ僕の本だから。返して。」
「なにビビってるの?弱虫梨人。」
「──返してって言ってるんだけど。」
梨人は静かに結希に催促した。
結希は、全然怖くないと未だに意地悪そうな笑みを浮かべている。
「おい。お前、なに結希にガン飛ばしてんだよ。」
様子を見ていた順太が口を開いた。
「……僕、睨んだ覚えはないよ。」
「ふざけてんじゃねえ。その目つきどうにかしろって言ってんだよ。」
「少し落ち着こう。僕は佐山さんに本を取られただけだ。何か誤解して…」
「おい、結希。本貸せ。」
結希から梨人の本を受け取った順太は、梨人の目の前で小説を破いた。
「俺らに生意気言ってんじゃねえ。分かったか。」
「……酷いよ。」
「なんだと?」
「これは、あまりにも酷いと思うよ。器物損壊だ。」
「器物損壊だ?知ったこっちゃねえ。お前が俺らの目の前から消えてくれれば、全て済む話なんだよ。」
順太は破いた小説を踏みつけた。
近くでは、結希がざまあみろと言わんばかりの表情で見ていた。
「え?何の騒ぎ?」
「なんかあったの?」
登校してきたクラスメイトが、気になったのか様子を確認しに近づいてくるが、誰も止めるものはいなかった。
「ああ──。梨人ね。」
他の人なら、助けたのだろうか。止めに入ったのだろうか。
様子を見に来た皆が皆、納得して自分の席へ帰っていく。
これが当たり前だというように。
(まだ、少ししか読めていなかったのにな……)
破れ具合からして、まず補強して読むことはできないだろう。
気の済んだ順太はいつの間にか椅子に座り、結希も、何事も無かったかのように廊下側の自席に戻っていた。
梨人は破かれた『青龍の愛し子』を拾うと、苫男のバッグを廊下へと運んだ。
もうすぐ、ホームルームの時間だというのに。
腹を壊したのか、苫男はいくら経っても帰ってこない。
梨人は苫男のスポーツバッグを廊下へ出すと、自分の席に戻り、近くの窓を全開にした。
「うおっ。さみぃな。」
「誰?寒いんだけど!」
教室の中で"寒い"という声が聞こえてくる。
梨人は、風に当たりたい気分だった。
理由もなく人に当たられたんだ。風にだって当たりたくなる。
「おい!さみいって言ってんだろ!」
隣席の器物損壊男が梨人に怒鳴った。
しかし梨人は、それを無視した。
虐めがあることを分かっていながら無視し続けるクラスメイト。
このクラスに、梨人の味方など存在しない。
(凍えてしまえ。全員、凍えてしまえばいい──。)
初秋の風に、凍えさせるほどの冷たさは無いが……。
梨人はとにかく、クラス全員が大嫌いだった。
青龍の愛し子も、梨人の心もズダスダ。
でも、きっと大丈夫。




