44 美のパンチ -Violence of Beauty-
──岳陵高校付近、建物最上。
玄恵特製のお弁当を頬張る猫好きAと蛇遣いの元に、ポツリ、ポツリと雨粒が降ってきた。
「あっ、これはまずい。ボス、土砂降りになる前に退散しよう。」
「ハァ。相変わらず、天候は空気が読めない。」
「ほら、早く片付けて!!」
蛇遣いは猫好きAの近くに転がっていた連絡用の端末を急いでカバンに仕舞うと、猫好きAを急かした。
ふたりは建物から飛び降りると雨の中、近くのコンビニ「セボンイーブン」まで飛ばした。
建物の屋根の下で、ふたりは濡れた髪と服を絞る。
「なあ、ボス。よくよく考えればボスがベールかけてくれれば濡れなかったんじゃ……」
「え?やだよ、疲れるもん。それに不自然だよ、私たちだけ濡れていないってのも。」
能力者は大抵、バリア術を習得しているが、猫好きAが遊びの延長で編み出した一体型バリア『コンタクトベール』は、かかっているか、かかっていないかも分からないほど完成度の高い薄型のバリア。
バリア機能には欠けるが、隠れ家の中では"レインスーツ"と呼ばれるほど、急な悪天候に優れた能力であった。
「そうか、それもそうだな。」
蛇遣いは、濡れた髪を一気にかきあげた。
びしょ濡れのふたりの目の前に止まった車の中では、男性二人がフロントガラスの外を凝視していた。
「うわ、ちょっと。マジでかっこいい人いる。」
「うん……金髪の人はワイルド系、黒髪の方は上品系だね。系統の違うイケメンが並ぶと、オーラが凄い。」
「いや、ピンでも。あんなの、なかなかいないよ。」
「でも、僕は冬貴が一番だけどね。」
「翔……お前、ちょっと。こっちこい。」
「アハハ!!や〜だぁっ!!」
停まっている車が微かに揺れ、中の男性二人はふざけて抱き合い始めた。
「………ボス。俺ら、ここにいない方がいいか?」
目の前に立っている蛇遣いと猫好きAにはバッチリ、車内が筒抜けだった。
「いいじゃないか。美しいよね、同性の友情って。まるで私達みたいだ。」
「いや……そりゃ、俺らは友情だろうけどよ……」
(絶対、あの二人は違うと思うんだよな……)
見てはいけないと目を背けている蛇遣いに、猫好きAが自動ドアの前から声を掛けた。
「ほらマスター、行くよ。まだ、見物する気かい?」
「いや、誰も見物してないから……!」
ふたりはセボンイーブンの店内に入る。
気のせいか、店内の人達の視線がふたりに集中した。
「傘……傘……ああ、あったあった。」
端に置かれていた傘を2本買い、ふたりは店の外へ出た。
「さてと。梨人の様子は見てきたことだし、どこへ行こうか?」
「あの辺、何かありそうだな。」
蛇遣いが指差した方向には、いくつか店の建物が見えていた。
「行ってみようか。」
ふたりは行きのハイスピードとは違い、人間と同じように落ち着いて歩いた。
雨の生音が心地よい──と思いきや、クラクションの音が邪魔をする。
「意外と人、多いんだな……」
「車ってあんなに速いものなの?ペガサスみたく、かなり飛ばすんだね。」
──コンビニ以来の衝撃。
上空、巡影帝国に"車"は走っていなかった。
雨に濡れた歩道を歩いていくと、目先にシックな紺色の看板が見えてきた。
『天傘書店』──梨人、行きつけの書店だ。
「おっ、ちょうどいい。マスター、そこの書店に入ろう。買うものができた。」
ふたりは、人間界で初めての"書店"に入っていった。
「うわあ…………」
中規模でありながら、おしゃれな店内にズラリとたくさんの本が並んだ光景は読書家の猫好きAの心に火をつけた。
「マスター、30分後にレジ前集合で。」
「え、あ、ああ。」
蛇遣いに言い残すと、猫好きAは本棚の奥へと消えていった。
「……俺も何か見るか。」
蛇遣いは天井のコーナー表記を見ると、レシピ本コーナーへと向かった。
──文芸コーナー。
「はあっ、このシリーズ……質感からして最高じゃないか。読み手のこと、よく分かってる感じがたまらない。」
猫好きAは、シンプルな和紙に金押しの表紙を手にしている。
「ああ、こっちも。なになに……愛も恋も全部捨て、本能で私達は繋がる──いいねえ。買おう。」
帯の紹介文を読むと、これもまた気に入った様子。
ぐるりと本棚を回ると、ライトノベルコーナーに入った。
どこかで見た感じの絵柄──ああ、梨人の持っていた本。
彼は、本来の目的を思い出した。
ここに立ち寄ったのは個人的な興味もあるが何より、梨人の本を買い直すため。
同じような絵柄が数ある中、一冊を探す自信のない猫好きAは店員に頼ることにした。
「あの、すみません。」
「はーい………!?」
平日で空いていたからか、レジの奥で作業していた女性の店員が顔を出すなり目を丸くした。
猫好きAのことをじっと見て、動かない。
「………あの、尋ねたいことがあって。いいですか?」
「ああ!すみません!!はい、どうされましたか??」
女性店員は、慌てて用件を尋ねた。
「青龍の……なんだったかな。愛し子……だったと思うのですが。そのような本は、置いてありますか?探していただきたくて。」
「えーと……"青龍の愛し子"ですよね?少々、お待ち下さい!」
女性店員は、走ってライトノベルコーナーへと消えていった。
「やだ……っ!イケメンだった……!恥ずかしい〜〜〜!!」
客が少ないのをいいことに、女性店員はつい声を上げてしまった。
少し待って、店員は一冊の本を片手に戻ってきた。
「ありました、こちらになります。お間違えないですか……??」
円を描く青龍に、翡翠の瞳の少女──これで間違いない。
「はい、大丈夫です。」
猫好きAは本を受け取ると女性に笑顔でペコリとお辞儀をして、蛇遣いの元へと向かった。
「──笑顔もっ、いい……!」
またもや、彼女は声を上げた。
──漫画コーナー。
蛇遣いは、待ち合わせの時間ギリギリまで漫画コーナーを回っていた。
右手には2冊のレシピ本を抱え、左手には3冊の漫画を持っている。
「マスター。何か選べた??」
「ああ、わりぃボス。もう時間だったか?」
「いや、私の方は済んだから。何見てるの?」
「漫画、読んでみようと思って。アクション系、作画が凄いんだよ。ほら。」
蛇遣いが指差した漫画『バトラー♦︎バトラー』を猫好きAは開いて見た。
「おお、凄いね。迫力。」
「だろ?俺、感動したよ。──決めた、これをもう2冊買う。」
ふたりは揃って、レジに向かった。
さっきの女性店員が会計中、今度は蛇遣いのことをしきりに見ている。
(俺、食いカス付いてたか……?)
チラチラと向けられる視線が気になった蛇遣いは、弁当に食べたサンドウィッチのパン屑でもついているのかと手の甲で口元や顎元を擦っていた。
「あ、ありがとうございました〜。」
ふたりが去った後、店員はレジの奥で頭を抱えた。
「ううう………凄まじい美の暴力───」
平常心を保ち公務を全うした彼女は、褒められるべきだった。




