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42 画面越しのレディ -Lady on screen-


──2年3組、教室。

梨人は授業の合間に、猫好きAから貰ったスネイルズコーヒーの飴を開けていた。


小さな包装の中から現れたのは、アンモナイトのような形をしたブラウンキャンディ。


このコーヒー飴の製造元、スネイルズコーヒーは上空の食品ブランドであり、このカタツムリの殻モチーフのキャンディは上界で長年愛されている名品だった。


梨人は、キャンディを指でつまんだ。


「ああ、そういうことだったのか。」


"スネイルズ"と名が付くからには、どこかにカタツムリ要素があるはずだと、梨人は登校中から考えを巡らせていた。


(飴をつくった企業のトップが、カタツムリ大好きだったとか─?

いや、もしかしたら──この飴でカタツムリのようにのんびり一息つきましょうよっていうメッセージからかも。)


散々考えさせられた結果、答えはシンプルにパッケージの中へと収まっていた。


これで彼は、次からの授業に集中できそうだ。


「……美味しい。」


梨人は猫好きAの気遣いが溶け込んだコーヒー飴を、口の中で転がした。



───岳陵第一高校、付近。


ふたりは、梨人の教室が見える建物の最上(さいじょう)へと駆け上がった。


建物の下でワゴン車から荷物を降ろしていた配達員はふたりの身のこなしを見て、口をポカンと開けていた。

「すっげーな……パルクールの達人か……?」


これが彼らの日常であることに変わりはないが──もう少し、人目を意識した行動を心掛ける必要がありそうだ。


梨人は、教室で授業を受けている時間。

建物の屋上でふたりは、連絡用のタブレット端末を起動させた。


起動音を待った後、猫好きAが受話器マークを押すと"CALL(コール)"という文字が映し出された。


それから、数秒後。画面の中に、赤髪の女性が姿を現した。


彼女の名は、レディオート・ガーデン。

セーヤが「オート代表」と呼んでいた人物であり、

仲間をファッションドールにするという()()、レディだ。

猫好きAと蛇遣いと同じ、隠れ家(インカーポッド)の一員である。



「数日ぶりね。ボス、マスター。」


顎杖をついた彼女は、頬を膨らませた。


「久しいね。………怒ってるのかい?」


猫好きAと蛇遣いは、レディの機嫌を伺っている。


「……怒ってないわよ、怒ってない()()!心配したんだから!!」


レディはさらに、むくれた。


「そういえば、さっきセーヤさんに会えたよ。レディが手配してくれたんだってな。流石、仕事が早くて頼れるな〜〜ってちょうど、ボスと話してたんだよ。な?」


「ほーんと。レディが味方で良かったなぁ。」


誇張して話す蛇遣いに、オーバーリアクションで機嫌をとる猫好きA。


猫好きAは、片目を開けて画面のレディの表情を確認した。


「……大したことは、してないわよ。」


膨れ(つら)レディは、たちまちハニカミレディへと表情を変えた。


「コホン。まあ、私のことは置いといて。」


レディはすぐさま真剣な面持ちになると、本題に入った。


「おふたりさん──堕界後、すぐには上に戻れないって分かってる?まったく、この時期にどうしてくれるのよ。ボスの一件といい、最近不穏だっていうのに。もし今、何かあったとしたら巡騎とピューマに頼るしか……私とシアンだけじゃ、色々と不安だもの。」


レディは困ったというように、頬を手で覆った。


彼女の言う"ボスの一件"──それは、猫好きAを狙う正体不明の刺客(しかく)が起こした襲撃事件のこと。


表向きは巡影の案内人(ガイド)、皆の飛猫(とびねこ)であるが実際は、国を支えるリヒターの一人。


そんな国家の重鎮が襲撃されたことにより、彼の正体を知る巡影騎士団と夜警ピューマの内状はピリついていた。



「ボスの側には俺がついているが──不在だからといって巡影が攻めに入られないという確証はない。目的がボスでなく、隠れ家(ウチ)の可能性もあるからな。レディ、シアン。ふたりとも、気をつけろよ。」


「……ええ。ボスのことは、あなたに任せたわね。」


猫好きA抜きで話を進める、ふたり。


(俺がついている?ボスのことは任せた?一体、私は何だっていうんだ)


猫好きAは、顔をしかめた。


「ちょっと。ヒトをヨボヨボみたいに。自分の身は、自分で守れる。」


「いや、そういうんじゃなくて。俺()付いてるしって。それに、ボスが強いのは誰でも知ってることだろ?常識、みたいな。」


「勝手に常識にされてもね。それに、私は強さに同意が欲しい訳じゃない。」


「んあーーーー!うちのボスめんどくせえ!!」



いつものように目の前で言い合い始めたふたりを、レディは座った目で眺めていた。


「あ、そうそう。マスター。」


「──ん?」


言い合いをやめた蛇遣いは、画面に近寄りカメラに映った。



「お客さんが心配してたって。黒樽(くろだる)には、シアンが長期休業の札をかけておいたみたい。」


「ああ……悪いな。助かるよ。」


蛇遣いは果物屋のおっちゃんを始め、常連のお客さんの顔を思い浮かべた。


(次、会えるのは──いつになるんだろうな)


彼がレディに向けた笑顔は少し、沈んで見えた。


猫好きAが、話を切り出す。



「それでなんだけど。レディは、帰国の許可が降りるまでどれくらいだと予想している?私たちの制限(リミッター)は、完全に外れたようだよ。この通り。」



彼は蛇遣いの帽子をフワフワと浮かせて見せた。



「私の計算だと、ザッと2ヶ月。子供を助けての事故だったって聞いたけど──結果だけを見れば実質、防護壁(シェード)すり抜けチャレンジね。理由で判断する能力のないシステムはふたりを罪人と見て、島流しの刑に処したってところかしら。」


レディの考察を聞いた蛇遣いは苦笑いを浮かべた。


「……島流しどころか、島堕としって感じだけどな。」


「ああ、随分とダイナミックな刑だよね。あの時は、流石に肝が冷えた。」


猫好きAは、力を解除すると蛇遣いの頭の上に帽子を落とした。



「で?ボス達は下界でどうしているの?そこは……どこ?」


レディは彼らがいる場所の背景を見ようと画面に寄った。


「近いよー。」


猫好きAが"ステイ"と画面の前に手を広げている。


「今は、待夜家にお世話になっている。そこの長男の梨人が、伸びていた俺らを助けてくれたんだ。家族も皆、良い人だから。心配ない。」


蛇遣いは、簡単に現状を説明した。



「……そう。良い人と巡り会えたみたいで安心したわ。近くにはセーヤくんもいることだし、特にこれといった問題は無さそうね。

くれぐれも。帰国するまでの間、余計なコトはしないでよ?──ボス、聞いてる?」


いつの間にか、地面に寝転んでいる猫好きA。


頭の後ろで腕を組み、雲行きの怪しい空を眺めている。

身体の大半がフレームアウトし、組まれた片足の革靴だけが映っていた。


「聞いてる、聞いてる。オールオーケーだよ。」


「もう。こんな時でもふざけて。」



キンキンとレディの声が漏れ出すタブレット端末の向こう側では、蛇遣いがクラスの方向へ囲い手(フレーム)の構えに入った。


梨人のクラスでは授業が終わり、生徒が動き出したようだ。



『 ス コ ー プ 』


蛇遣いは梨人の記憶を地点とした道筋を利用し、ズームで寄ると周囲を確認した。



この『スコープ』は遠望に特化したスキルであり、一人の脳内に狙いを定めることで、その記憶を所持している本人の置かれた環境を目視することができた。


起き上がった猫好きAは、地面に面していた背中とズボンをはたくと立てかけてあったタブレット端末を手に取った。


「じゃあ、そろそろ切るよ。また、連絡するから。」


「え?何をそんな急いで……ちょっと!!」


レディの反応も気にすることなく、猫好きAは端末の電源を切ると蛇遣いの背後に回った。


「見える?」


「──見えた。梨人は……変な女に絡まれてる。」


「ほう、小娘か。共有して。」


猫好きAは、蛇遣いの広い背中に手のひらを当てる。


猫好きAの脳内にて、蛇遣いの視点が共有された。


梨人の周りを囲むリアルな環境が流れ込んでくる。


何人もの話し声でガヤガヤとした教室──


自分の席に座る梨人の目の前に、その小娘は立っていた。



「待夜くん、このシールなーにぃ?ヲタクの次は、可愛い路線??」


佐山結希が梨人の元に返却されたノートに貼ってあったペケダモンのシールを発見し、馬鹿にしているところだった。


ペケダモンは幼い頃から身近で、大切なキャラクター。


ペケダモンが好きな梨人に、紘がお菓子についてきたペケダモンシールをノートの表紙にいくつも貼ってくれたのだ。


その気持ちが嬉しかった梨人は、高校で使うものであろうとシールを剥がすことはせず、そのまま大切に使うつもりだった。


結希は梨人の隣、順太の席に置いてあった筆箱を適当に漁ると一本のペンを取り出した。


「ねえ、もしかして。これ、好きなの?」


ノートに貼られたシールの箇所を、ペン先でトントンと叩く。


「………悪い?」


彼女は単に、僕に絡むことを楽しみにしているだけかもしれない──


疲れたくない梨人は、のらりくらりと結希の発言を対処することにした。


「ふーん。まあ、可愛いの好きな人もいるからねぇ。」


「………そうだね。」


梨人は、なるべく結希と目を合わせないようにしながらノートを机の中にしまおうとした。


「まだ、私が見てるでしょ。」


「……佐山さん。手、どかして。」


しまいたいのに──結希のノートを強く抑える手が邪魔をする。


「ねえ。」


「なに。」


「──私が、もっと可愛くしてあげる。」


そう言うと、結希は順太からパクった黒いペンでペケダモンのシールに落書きをした。


「おいっ!!!!!!!」


梨人は怒鳴ると結希の元からノートを取り上げるが、既に遅かった。


「なんてことするんだよ………!!」


「やーん、怒ったぁ。」


梨人は、ステッカーに目を落とす。


本来、輝いていたペケダモンの目は黒塗りにされ、口は左右に裂かれたような見た目になってしまった。


(もう………なんでいつも……僕ばかり……)


どれだけ、戻したくとも──時は戻せず、戻らず。


余計な黒が()ってしまったペケダモンのステッカーが、ジワジワと梨人の心を締め付ける。


キャップの外れた油性マジックを握ったまま、結希は目を細めて笑っている。


──梨人は、実際そこまで我慢強くはない。

日常の中で、衝動を抑えることは多々あった。


(もう、やっちまいたい……)


泣くよりも、(わめ)くよりも──ただ、目の前のお前が。お前らが、憎い。


梨人は今までで蓄積されすぎた怒りに、突き動かされそうになっていた。


拳を出せ。奴の──奴らの喉元を狙え。

心層に眠る張本人(梨人)の声が、段々と近づいてくる。


校舎の外で、蛇遣いが呟く。


「血が……沸騰して──」


蛇遣いの背中に手を添え、目を瞑る猫好きAが聞き返す。


「なんだって??」


「梨人が──怒ってる。」


蛇遣いはスコープの状態を維持したまま、梨人の記憶にフォーカスを当て、猫好きAへと伝達した。


次の瞬間、猫好きAの目に映ったのは"渦巻く欲求"。


彼がイメージに留めているだけの、リベンジアクション(復讐劇)

梨人次第で、いつでも再現できてしまいそうなほどのリアルさ。


家では穏やかに笑っていた青年──そんな彼の脳裏には、残酷な復讐のシナリオが組み込まれていたのだ。


ペケダモンの!!目を!!潰すな!!

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