30 猫蛇ファイト -Cat and Snake Quarrel-
全員が入浴を済ませた、23時深夜。
白いタオルを頭に巻いたヒトがふたり、梨人の部屋でくつろいでいた。
猫好きAは椅子に腰掛けて読書、蛇遣いは頭の後ろに腕を組んで床に寝転がっている。
ガチャリと扉が開き、梨人が紙パックを3つ持って入ってきた。
「母さんがジュース用意してくれたよ。」
「おお、助かる。」
「悪いね。」
来客用の和室が片付けられるまで、ふたりは梨人の部屋が主な居場所となっていた。
皆でグレープフルーツジュースを吸う。
(そういえば、ふたりに聞きたいことがあったんだ。)
思い出した梨人は、ふたりに話し始めた。
「そうだ、さっき矢城さんから聞いたことなんだけどね──」
蛇遣いが飲み切った紙パックにストローを埋める。早食いならぬ、早飲みである。
「ふたりが倒れていた場所の近くが凄いことになってたらしいよ。電柱が折れて、フェンスが潰れてたんだって。」
ふたりは、顔を見合わせた。
「堕ちた衝撃……とか?ボスの光翼ってそんなに屈強なの?」
「……分からないね。でも、現に今も背中が痛い。」
「両方、無事なのが奇跡だよな……。」
光翼だの、背中が痛いだの──ふたりだけにしか分からない会話が飛び交っている。
「ねえ、何の話……?」
聞いていいものかは分からないが、とりあえず話しかけてみる。
「ああ、私たち堕ちてきたんだよ。上空から。」
「え、堕ちるって……生身で?」
「そう。完全な事故だったよ、あれは。どうであれ、梨人たちの助けもあってこうして命拾いしたのはラッキーだったね。」
「ホント。俺は死を覚悟してた。」
「それにしては、やけに短い覚悟だったね。私の腕の中で、先に意識を失ってたよ。」
「……しょうがねえだろ。あんなところから堕ちるの始めてだったんだから。」
言い返した蛇遣いの片腕にはめられた酩酊輪が一瞬、眩い光を帯びた。
「──彼、出たがってるんじゃない?」
猫好きAがストローを咥えたまま、腕輪を指差した。
「……いいぞ、出てこい。」
蛇遣いが前に手を差し出すと、手のひらから一匹の白い蛇が召喚された。
「ふにゃ……よく寝タ。」
ポヤポヤとした蛇が、尻尾をくねらせている。
「マキシ!!」
興奮した梨人がマキシの元に膝をついた。
「少年。世話になったナ。」
「いや〜、全然?」
梨人はマキシの鼻先をこしょこしょと触っている。マキシも嬉しそうに真っ赤な瞳を細めている。
(って、チガウ!!我はこんなことのために起きてきたのではナイ!)
正気に戻ったマキシは上体を起き上がらせて目線を高くすると、猫好きAと蛇遣いに文句を言った。
「オマエら!誰のおかげで助かったと思っている!!適当なことばかり抜かしおって!」
「え?そんなことよりマキシは梨人に色々喋ったんじゃないの?おかげで上空のこと、もうバレてるよ。」
小さな蛇を、椅子の上から見下ろす猫好きA。
マキシの文句は、止まることを知らない。
「バカ猫め!オマエの萎んだ光翼などで助かるはずが無かろう!!我がオマエらのクッションになったおかげで今、こうして命があるのダ。ありがたく思え!」
春御峠、イツモノマート裏の一件──
電柱が折れていたのは墜落の寸前で巨大化したマキシが尻尾を巻きつけた影響、フェンスが潰れていたのはマキシが着地した衝撃によるものだった。
「それに!我は何も喋ってなどおらぬ!喋ってナド………」
蛇遣いが、マキシの目の前でルースの入った巾着をチャリチャリと手の上で遊ばせる。
気のせいか、彼は冷ややかな目をしていた。
「……ナニか、まずかったか?」
蛇遣いは、小さくため息をついた。
「俺が目覚めたとき、梨人は既にルースを知っていたぞ。」
「???」
つぶらな瞳をパチクリとするマキシの小さな顔を蛇遣いは指で軽く弾いた。
「あのなァ。上空と日本では通貨が違うのですよ、マ・キ・シ・殿。」
マキシは、路地裏での会話を思い出していた。
"これは…何円玉?"
"それはエンダマではない。100ルースコインだ。"
「確かに言っていたナ…………。」
彼は、出会い頭に異世界へ繋がるヒントを梨人に与えてしまっていたのだ。
この白蛇マキシは蛇遣いの故郷、夏の国・ビアマリーンで生まれた宿り蛇。
ビアマリーンと巡影以外はほとんど知らないまま、蛇遣いの影響で体術や戦闘に特化した宿り蛇へと成長していた。
反省のあまり、プルプルと震える白蛇を猫好きAは笑いながら見下ろしていた。
「私は"バカ猫"なんだろう?それなら、そっくり返してマキシは"バカ蛇"だねえ。」
クククと愉快気に肩を揺らす。
「あ、酷い!!」
梨人がマキシの身体をさすりながら庇うが、蛇遣いがそれを肯定した。
「いや、バカ蛇なところもあるんだよ……。それに最初に言ったのはマキシだから。イーブンで、おしまい。」
納得のいかない表情でマキシをなだめる梨人。
猫好きAは頭にかぶっていたタオルを取った。
「可愛いからってそっちを庇うのかい、梨人。」
そう言うと尻尾と猫足は現さず、器用に猫耳だけをピョコンと頭に生やした。
(え、この勢いだと全部開示しちゃうんじゃ……?大丈夫かよボス──)
蛇遣いは、猫好きAの警戒のなさに驚いていた。
「うわ〜!猫耳!!」
猫のモデルの力とは知りもしない梨人は、吸い寄せられるように猫好きAの方へ動くと耳にちょんちょんと軽く触れた。
「くすぐったいよ。」
「あは、ごめん。これも好のマジックの一つなの?」
「え?ああ、そうだよ。猫好きマジックさ。」
「へえ、すごい。クオリティまですごいや。」
「だろう?こだわった甲斐があるね。」
キャッキャと話しているふたりを前に、蛇遣いとマキシはただ静かに立ち尽くしていた。
(……マジックで通用するんだな。無駄な心配だった。)
──やはりボスは、ボス。
何も考えてなさそうでしっかりと考えているんだなと、蛇遣いは胸を撫で下ろした。




