28 インプット「食え」 -Input "Eat"-
「あら、起きたの?調子はどう?」
食卓の方から、玄恵が走り寄ってきた。
「はい。おかげさまで大分良くなりました。すみません、ご迷惑おかけして。」
「いいのよ。さ、こっちへ来て。ご飯食べないと。」
玄恵に手を引かれて、猫好きAはカウンター席についた。
「ボス……!もう平気なのか?」
「ああ、平気だよ。それより、ボスって言うのはやめてくれないか。」
「あ……わりぃ。」
まだ、ボスと呼ぶ癖を直すのには時間がかかりそうだった。
「よくボスって呼んでるけど、好はコルクのボスなの?」
梨人は、蛇遣いがボスと呼ぶことにずっと疑問を持っていた。
「ああ、ただの"ボス"ってあだ名だよ。」
猫好きAは、自然に誤魔化した。
「おお、起きたか。大丈夫か?」
風呂上がりの美雪が洗面所から姿を見せた。
「はい、もうすっかり良くなりました。」
「よかった、よかった。」
それぞれが席に着き、夕飯を食べ始めた。
「そうだ、梨人。さっきスマホに通知が来てたよ。」
「あ、ほんと?」
美雪に教えられて、梨人はスマートフォンを確認した。帰宅したという実箏からのMINEだった。
「にぃに、誰から?かのじょ?」
「……彼女居ないの知ってるだろ。知り合いだよ、知り合い。」
紘に茶化された梨人は、適度に可愛いOKスタンプを実箏のページに送ると食卓の席に着いた。
「はい、あなたはこれね。」
玄恵が刻みネギが乗った卵粥を猫好きAに差し出す。
「食後には、りんごを擦ってあげるからね。」
「すみません。ありがとうございます。」
スプーンを持った猫好きAだったが、少し考えると静かにスプーンを元に戻した。
「──あの。少し、聞いていただいてもよろしいでしょうか。」
猫好きAは、食卓の四人に向かって話を切り出した。
皆が、箸を置いて猫好きAに集中した。
「この度は、私と彼を助けていただいてありがとうございました。」
深々とお辞儀をする猫好きAに釣られて、隣に座る蛇遣いも慌ててお辞儀をした。
いえいえいえ、と梨人達もお辞儀を返す。
「今回の一件は不慮の事故によるものです。この家の方に拾われなければ、命に関わる惨事となっていたことでしょう。重ねて、感謝いたします。」
先と同じく、双方がお辞儀を繰り返した。まるで、お辞儀合戦である。
「申し遅れました、私は好という者です。こちらの彼と同じ国から来ました。以後、よろしくお願いいたします。」
病み上がりだというのに──。きっちりとした挨拶にその場全員が呆気に取られていた。
「まあ、そんな丁寧に。好くん、こちらこそよろしくね。」
玄恵はニコニコと優し気な笑顔で歓迎していた。
蛇遣いに比べて、初手の印象が大分良いのかもしれない。
どこへ行っても、礼儀正しい人は好かれるということだ。
「好くん。急かすようで悪いんだが、この後のことは何か考えてはいるのか?」
美雪が、今後のことについて話を切り出した。
「いえ、それが……この土地には身寄りもなく。少しずつ状況を理解した今、路頭に迷っているところです。」
人間界のどこかには、巡影の支部があるような話を聞いたことがあったが…それは明確な話ではなかった。
「そうだろうと思って。彼には既に話したんだが、うちで過ごす気はないか?行き先の目処が着くまで、うちを使うといい。もちろん、家事や色々、手伝ってもらうけどな。」
「……良いのですか?助けてもらった上に、甘えてしまって。」
猫好きAの視線の先の梨人は、笑いながら親指を立てた。
「……お世話になります。」
「世話になります!」
蛇遣いも、続いて挨拶をした。
「さ、ふたりも無事、待夜家の仲間入りを果たしたということで。食べましょ、料理冷めちゃうわよ。」
皆が食事を再開し、食卓には和やかな空気が流れている。
「そういえば、ふたりはどこの国から来たの?」
──来た。蛇遣いが恐れていた質問が。
「あ〜……えっと……。」
(どうすんだよ!!なんて答えればいい!?)
(困ったね……上から降ってきただなんて言えないし……。)
カウンター席では小声の相談が始まっていた。
「あのさ……ほら。何か言いにくい事情があったりするものじゃない?あまり詮索するのは、可哀想だよ。」
事情の知る梨人がフォローに回るが、玄恵は首を傾げている。
「詮索したつもりは無かったんだけど……。」
「でも、どこの国かは確かに気になるよな。」
美雪も、密かに気にしていたようだ。
(どうするよ……!ボスどうにかして、なんかいい感じに……。)
(無理だね、何も思い浮かばない。そもそもそこまで人間界を知っていないからね。)
(どうすんだよ……!)
「何を、そんなに相談しているの……?」
「まあ、言いたくないことだってあるんじゃないか。」
不審がる玄恵に、美雪までフォローに入り始めた。
(もう──こうするしか!)
蛇遣いは振り向くと梨人を除いた食卓の三人を、手で囲い作ったフレームの中に収めた。
『 イ ン プ ッ ト 』
蛇遣いが唱えると、三人は何事もなかったかのように食事を続けた。
これが、蛇遣いの"記憶のリヒター"の力である。
彼は相手の記憶に干渉し、操作することができた。
(──何が起きた……?)
梨人は、目の前で起こったことが何も分からなかった。
(俺の方は、もう大丈夫そうだな。)
力が戻りつつあることに、少し安心した蛇遣い。
前を向くと、猫好きAが彼の脇腹を肘でつついた。
「やりすぎだよ。人の脳信号に介入するなんて。」
小声で蛇遣いを注意する。
「大袈裟だな、ボス。俺はただ、食えって言っただけだよ。」
「それでも。恩人に力を使うのは良くないよ。」
「だって……こうでもしないと、収拾つかないだろ。それに、リスクのある術は使ってない。」
「ダメだ、もうこの家の人間には二度と力を使うんじゃない。私たちとは種族が違うのだよ。下手な真似はよすんだ。いいね?」
猫好きAは家族に障害が残ってしまうことを恐れていた。
むやみな力の使用は、効果と同等のリスクが伴うものだ。
「……分かったよ。家族には使わない。」
梨人は、ただ呆然としていた。
なんだったんだ……?父さん達が急に話を辞めて──
梨人以外の三人は、本当に何も覚えていない様子で、いつも通りに目の前の夕食を静かに噛んでいる。
──何かがおかしい。僕だけが、さっきまでの僕を知っている……。
「ねえ、さっき何か話してなかった……?」
梨人は試しに、家族に話しかけてみた。
「さっき?何か話してた……?」
よく分からないという顔をする、玄恵。
蛇遣いに、記憶を上書きされてしまっていた。
梨人は蛇遣いの方をジロリと見た。
視線の先の彼は、とぼけた顔をして夕食を頬張っている。
腹を立てた梨人は、こちらの様子を伺う猫好きAと、知らん顔の蛇遣いに一言放った。
「ふたりとも。後で僕の部屋に集合で。」
「はいよ。」
軽く返事をする猫好きAの隣では、蛇遣いが額に汗を浮かべていた。




