27 桜舟の好 -Kou of Ou-shu-
「梨人、君が私を着替えさせたのかい?」
「うん。そうだけど?」
「その、私のチョーカーって……?」
「ああ、僕がちゃんと持ってるよ。待ってて。」
梨人は、猫好きAに黒いチョーカーを手渡した。
「ありがとう。これが無いと、落ち着かなくて。」
「それって、コルクの腕輪みたいなもの?」
「大事なものなのは、同じかな。なにも、蛇は出てこないよ?」
「アハハ。」
梨人は猫好きAが使っていた布団を畳み始めた。
「それ、どこに運ぶんだい?」
「ここに重ねようと思って。」
梨人は、畳まれた自分の布団を指差した。
「私も、手伝おう。」
「え?いいよ、これくらい──」
梨人が布団を持ち上げようとしたその時、ふわりと布団が宙に浮いた。
「え……っ!なんだ!?」
梨人が猫好きAの方を見ると、かざした手を動かし、布団を宙から簡単に積み重ねた。
「うーん。まだ完全ではないか……。」
(それでも、力は使えるな。よかった。)
堕界による制限が完全に外れるまではまだ時間がかかりそうだが、それにしても一日程度でここまで力が回復しているのは意外だった。
「え!もしかして、お兄さんって超能力者……?」
「まあ、そんなところだね。私のことは、超能力系のエンターテイナーとでも思うといいよ。」
(さすがに、猫耳を出すわけにもいかないからね。)
「宿り蛇に、超能力かあ……。」
梨人はまたも、目を輝かせていた。
「エンターテイナーってことは……お兄さんって、何の仕事してるの?」
「案内人だよ。お客さんを国中連れ回すのが、仕事。たまに手品なんかしたりしてね。」
「へえ、すごいなあ。」
梨人は、前のめりに話を聞いていた。
「──ところで。どうしてさっきから"お兄さん"なんだい?私は名前を教えたはずだよ。」
「……失礼な話だけど、猫好きAってなんだか呼びにくくて。」
「うん。確かに、それはそうだ。私が悪い。」
よく呼ばれるのは「飛猫様」「猫好きさん」「ボス」──この3パターン。
しかし、彼にはもう一つ名前が存在していた。
それは、上空都市・桜舟国での名前である。
猫好きAの故郷、桜舟国では本名とは別に「桜舟の名」を持つことが許されていた。
本名を失くして困っていたところに、恩師であり育ての親である幽馬が"皆から好かれるような素敵なヒトになりますように"と意味を込めて「好」と名付けてくれていたのだ。
「それなら、梨人。私のことは好と呼ぶといい。もう一つの持ち名なんだ。」
「好……いいね。呼びやすい。」
「はは、そうかい?気に入ったなら、好きなだけ読んでもらって構わないよ。」
「……本当に必要なときに呼ぶよ。」
おちょくるような目をしている猫好きAに、梨人は少しむくれていた。
初対面のはずだが──ふたりは既に、打ち解け始めているように見える。
「さて。別室にご家族がいるのかな?」
「ああ、下のリビングに皆、居ると思うよ。そろそろ夕食だから。」
「夕食時に目を覚ますなんて、なんというか……タイミングが悪かったんじゃないかな。」
「ううん。むしろ、タイミングが良いよ。母さんが好のためにお粥を作って待ってるよ。」
「本当かい?それはありがたいね。」
猫好きAは梨人に支えられ、ゆっくりと階段を下りていった。
名を失くして、猫好きAという仮名で生きてきた彼。
彼の故郷、桜舟国で使用していた好という名前を代わりに教えることにしました。
桜舟国では本名とは別に、漢字の名を持つことができます。




