25 う゛っ! -Ugh!-
「矢城さんの家って、ここから近いの?」
「少し離れてるかな。でも私、自転車だから。ピューンって来れちゃう距離だよ。」
自転車を引いて、梨人の家まで来てくれた実箏。
梨人は、暗い道を帰さなければならないことを申し訳なく思っていた。
「うち、父さんも母さんも今居るから。車で送ってもらおう。」
「ううん、いいの。街灯あるし、人通りもあるから大丈夫だよ。」
「……そう?本当、気をつけてね。帰ったら一応、僕にMINEちょうだい。」
「うん、分かった。お大事にね。」
実箏が自転車を出そうとしたところを、梨人が呼びとめた。
「あ、あのさ。」
「うん?」
「ほんと、ありがとう。あと……嬉しかった。」
梨人は、勇気を絞って想いを言葉にした。
「嬉しかった」このたった一言が、梨人にとっては大事なことだった。
高2で初めてできた友達。 正直な自分で向き合いたかった。
「ハハ。律儀だなあ、待夜くんは──うん。また、月曜日ね!」
実箏は自転車のハンドルから片手を離すと、満面の笑みでブンブンと手を振った。
「うん。また。」
梨人も、小さく手を振った。
小さくなっていく優しい人の背中を見送ると、梨人は家の中へ入った。
「──梨人、あの二人は誰だ?友達か?」
蛇遣いは玄恵と共に、モニターで家の中から3人の様子を見ていたようだ。
蛇遣いはともかく、玄恵は女子生徒が気になり覗き見をしていたところだろう。
「友達……なのかな。苫男と矢城さん、同じ高校の人だよ。」
「その苫……トマトくん??随分と生意気そうなガキだったな。」
「え、話まで聞いてたの?」
「気になってな。悪い。」
「ぜ、全部……?」
実箏との話まで聞かれていたと思うと、梨人は恥ずかしかった。
「いや、最初の方だけ。」
「なら、いいけど……。」
梨人はテーブルに、受け取ったファイルの中身を取り出した。
「なあ、本当にあの二人とは仲が良いのか……?」
「うーん。あ、でも矢城さんは多分……良い人だよ。」
「──そうか。」
会話を聞いていた蛇遣いは二人に対する梨人の、どこかよそよそしい態度に気づいていた。
「まあ、それ届けてもらえて良かったな。」
梨人との会話に気を取られていた蛇遣いは床に転がる何かに足を取られ、後ろへ転げた。
「う゛っ!」
蛇遣いは、まだ眠ったままの男の上に乗ってしまっていた。
「ハッ!わりぃボス!!」
慌てて退くとくしゃっと歪められた顔は、綺麗な顔へと戻っていった。
(ボス……コルクのボスってこと?偉い人なのかな。)
梨人は、咄嗟のボス呼びに想像を膨らませていた。
「……ここで寝かしておくのも、邪魔になっちまうよな。」
蛇遣いは、自分達がリビングの場所をとってしまっていることを気にしていた。
「ごめんね。来客用の和室が今、基地状態で……。ここも、皆が集まるとうるさいよね。」
少し考えた後、梨人は蛇遣いにある提案をした。
「僕の部屋、本棚の前に空きがあるよ。そこに移動させるのはどうかな。今よりは、静かに休めると思うんだよね。」
「いいのか?悪いな、恩に着るよ。」
「全然。早く元気になってもらいたいから。」
蛇遣いは梨人の提案を飲むと、眠る彼を担ぐと梨人の部屋へと移動させた。
「え?その人、どうするの?」
キッチンから出てきた玄恵が階段の下から梨人と蛇遣いに問いかける。
「僕の部屋に移動させるの。リビングだと賑やかで気が休まらないかなって。」
「確かにそうね。でも──そろそろ起こさないとまずいんじゃない?ずっとご飯食べてないじゃない。」
「心配しなくても、そろそろ起きると思いますよ。」
蛇遣いは、彼の体温が戻りつつあるのを感じていた。
身体の状態は、順調に回復していた。
「本当?それなら、消化に良い物を用意しておかなきゃね。お粥とか。」
梨人は、ふと苫男の軽口を思い出した。
(なーにが、お粥食ってねんねだよ。お前なんかトマトのくせに。)
蛇遣いが命名した"トマトくん"は案外、梨人に刺さっていたようだ。
──大きな蛇遣いの背中の上。
梨人の部屋へと担がれる彼の、ダランと垂れ下がった手は元の肌の色なのか、不調のせいか、あまりにも血色のない色をしていた。
本当にお粥が必要なのは仮病欠席の梨人ではなく、眠りすぎている彼の方だった。




