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リヒターズガーディアン   作者: 奏間アキ
青春後夜編
23/64

23 白蛇の行方 -Where is the white snake?-

それから、蛇遣いは待夜家で家族のように一日を過ごした。


美雪の仕事中は、キッチンで玄恵と昼食を作ったり、洗濯物を一緒に干したり。


美雪の仕事が一区切り付くと、一緒に家庭菜園のラディッシュとじゃがいもの世話を手伝ったり、外で散歩中の犬に吠えられたりした。



そうして、すっかり家族に溶け込んだ蛇遣いは

ふと、梨人とあまり話せていないことに気がついた。


(そういえば──昼食の後から、姿が見えないな。)


蛇遣いは、リビングに居る夫婦に声をかけた。


リビング端の猫好きAは喉元まで布団を被り、午後を回った未だ眠ったままだ。



「あの。梨人って、どうしてるんですか?」


「ああ、梨人なら部屋で勉強してると思うわよ。」


「それにしても……長いですね。」


「もう、高ニだからな。大学受験に向けて毎日勉強漬けで。大変だよ。」


「大学って……スクール?」


「そう。スクール。」


「ほう、そうなんですね。」

(人間界のテストはそんなに大変なのか?)


巡影帝国にもスクールなる一般向けの教育機関が存在しているが、テストでそこまで苦労したという話は聞いたことがなかった。

──蛇遣いが単に知らないという可能性もあるが。


何より、巡影で話題になるのは国家職業である「時衛官」の選別について。


毎年、これを越える話はまず耳にしなかった。


「二階の突き当たりに、梨人の部屋があるから。気になるなら行っておいで。」


「俺が行って、邪魔になりませんかね……。」


「大丈夫。ノックして入れば怒らないから。」


玄恵のアドバイスを受け、いざ二階の梨人の部屋へ。


コンコン──。


軽く二回、ノックした。


「母さん……?」


中から梨人の声が聞こえた。


「いや、俺。」


「え。ちょっと待ってね。」


何かを片付ける音が聞こえた後、ガチャリとドアが開けられた。


「ごめん、散らかってるかも。」


「そんな、気を使わなくていいよ。」


「いや、僕が気にしちゃうっていうか。」


どうぞ、と梨人は蛇遣いを部屋の中へ案内した。


「お邪魔しまーす。」


部屋に入るなり、蛇遣いは驚いた。

どこか──見覚えのあるような光景。


「梨人……お前も本を読むんだな。」


梨人の部屋の本棚にはびっしりと本が敷き詰められ、入りきらない本が机の足元に積み重ねられていた。


さっき慌てて片付けていたのはきっと、この本の束だろう。


「え?もしかして、コルクも読書を?」


同志か?と目を輝かせる梨人に、蛇遣いは慌てて否定した。


「俺も料理本は読むけど、ここまでじゃない。俺より……ええと、もう片方のヒトが。本の虫なんだよ。それももう部屋中、本、本、本。」


「ええ……!そうなんだ!!早く起きないかな、僕と話が合うかも。」


「絶対、合うと思うよ。なんせ、本を読むニンゲンが少ないって嘆いていたくらいだからな。」


「そうだよね〜。最近は皆、動画とかSNSとか。デジタルに夢中だから。」


ふと蛇遣いは、巡影での猫好きAとの会話を思い出した。


"アナログだからこそってのもあるんだよ。"


"ジャックとか。"


確か、隠れ家(インカーポッド)の連絡手段についての会話だった。


(ハトメ……あいつ、どうしたかな。今頃、俺らのことがニュースになってたりして。)


蛇遣いは、巡影の今の状況が気になっていた。


「コルク、これに座って。」


梨人は蛇遣いにデスクチェアを勧め、自分は本棚の脇から椅子を持ってきた。


「いや、勉強中だったんだろ?長居はしないから。」


「ううん。丁度休憩しようかと思ってたんだ。もし良かったら、ここに居てよ。」


「本当か?なら、遠慮なく。」


蛇遣いは梨人が用意してくれたチェアに腰を掛けた。


「ねえ、コルク。」


「ん〜?」


「えっと、実はね。ちょっと気になってることがあって。」


「おう、なんだ?」


「ふたりと一緒にその……蛇が居たでしょ?どこに行っちゃったのかなって。」


「あ、あ〜……蛇。蛇ね。」


蛇遣いは、ばつの悪そうな顔をするとキャスター付きのチェアを漕いで梨人へと近寄った。


「梨人はマキシのことはその……知ってるんだよな?」


「マキシ?」


「俺の、白蛇の名前。」


「あー、うん。()()白蛇だよね?」


(はい、アウト──。)


蛇遣いは思い切り、天井を仰いだ。


彼は、いきなり身バレの危機に直面していた。


(まあ……いい機会だ。探れるだけ、探ろう。)



「……お前は、どこまで知っているんだ?俺らのこと。」


梨人は正直に、見たまま全てを蛇遣いに話した。


マキシとの会話、巾着から現れた見たことのない柄の金銭、猫好きAが持っていた、知らない銘柄のキャンディ。


「ルースなんてお金の単位、人間界には無いんだよ。だから、もし僕の見たものが事実なら──ふたりとマキシは異世界から来たのかな、とか考えたりはしてた。」


梨人の読みは、当たっていた。


「……お喋りな蛇がいると話が早い。俺たちは、上空都市って言ってな、空の上にある国のニンゲンだ。」


「本当……なの?僕にとっては、本の中の話のようにしか聞こえないんだけど。」


「悪いな。これは冗談じゃなくて、本当のことだ。お前にとっては奇妙な話だろ?」


「奇妙?というより、不思議かな。空の上にまた違う世界があると思うと、面白いなって思うよ。」


「そうか、面白いか──。俺たちの国は、確かに面白いかもな。ちょっと訳ありな国で、それも含めて珍しいというか……"魅力"というか。」


「へえ、そうなんだ。見てみたいな。」


「ちょっと待ってろ……。」


蛇遣いはズボンのポケットから何かを取り出そうとして、重大なことに気がついた。


「あ、ない。」


「ルースの入った巾着なら、僕が預かってるよ?」


「いや、それじゃない。スマートフォン──。」


蛇遣いは、スマートフォンを紛失していた。

粗方、落下中か着地の衝撃で失くしたのだろう。


「結構、写真入ってたのにな……。上に戻らないと、データは見れないな。」


「でも、コルクの国で使っていたスマートフォンって、人間界でも使えるの?」


「……分からない。多分無理だな。」


梨人は、机横のラックから黒いスマートフォンを持ってきた。


「これ、黒髪のお兄さんのだよね?」


「お!持っていたのか!どれ。」


蛇遣いは猫好きAのスマートフォンを起動させようとしたが、画面には何の兆候も見えない。


「やっぱ、ダメだな。これじゃ上と連絡もつかないか……。」


「──大丈夫なの?」


「大丈夫ではないが……まあ、しょうがないよな。」


蛇遣いは、半笑い状態だった。


「ああ、そうだ。マキシはどこかって話だったよな。」


「あ、うん。僕、出発前に路地裏を確認したんだけど、見当たらなくて。」


「悪いな、探してもらって。でも、マキシなら無事だ。ここに居る。」


そういうと、蛇遣いは自分の右腕の腕輪を撫でた。


「僕には見えないんだけど……?」


梨人は、どうにかマキシの姿を見ようと蛇遣いの右腕に目を凝らし始めた。


「アッハハ、違う違う。そうじゃないんだ。」


蛇遣いは可笑げに笑うと、また話を続けた。


「マキシはその──"宿り蛇"って言って。

普通の蛇とはワケが違うんだ。もちろん、ペットでもない。言うとしたら、そうだな──『相棒』かな。」


「相棒?かっこいいね。」


「ハハ。その相棒さんはな、ここ(腕輪)が家なんだよ。」


「その腕輪が……?」


「そう。酩酊輪(めいていりん)っていう、俺の大事な腕輪。」


「その腕輪に宿っているから"宿り蛇"?」


「お、御名答。まあ、もっと詳しく言えば、"モノ"に宿るから"宿り蛇"ってところだな。」



「凄い……本当に不思議。どうやって蛇が腕輪から出てくるんだろう……魔法とか?」


「もしかしたら、梨人にとっては魔法だと思うものもあるかもな。」


「本当に、なんだか──おかしな気分だ。」


梨人は、変に高揚していた。

普通に生きていれば知ることのないような秘密を聞いてしまった、非日常感。


──ここは本だらけの、住み慣れた僕の部屋。


間取りも、家具の配置も、部屋という箱に詰められた景観も。何も、変わったところはない。


変わったのは、目の前の彼だ。


知ってしまった後の彼は、さっきとはまるで違うヒトのように見える。


蛇を腕に宿した、コルク・シャロウィンと名乗る男。


そんな彼と相対のこの空間は、梨人にとって特別なものに感じられていた。



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