23 白蛇の行方 -Where is the white snake?-
それから、蛇遣いは待夜家で家族のように一日を過ごした。
美雪の仕事中は、キッチンで玄恵と昼食を作ったり、洗濯物を一緒に干したり。
美雪の仕事が一区切り付くと、一緒に家庭菜園のラディッシュとじゃがいもの世話を手伝ったり、外で散歩中の犬に吠えられたりした。
そうして、すっかり家族に溶け込んだ蛇遣いは
ふと、梨人とあまり話せていないことに気がついた。
(そういえば──昼食の後から、姿が見えないな。)
蛇遣いは、リビングに居る夫婦に声をかけた。
リビング端の猫好きAは喉元まで布団を被り、午後を回った未だ眠ったままだ。
「あの。梨人って、どうしてるんですか?」
「ああ、梨人なら部屋で勉強してると思うわよ。」
「それにしても……長いですね。」
「もう、高ニだからな。大学受験に向けて毎日勉強漬けで。大変だよ。」
「大学って……スクール?」
「そう。スクール。」
「ほう、そうなんですね。」
(人間界のテストはそんなに大変なのか?)
巡影帝国にもスクールなる一般向けの教育機関が存在しているが、テストでそこまで苦労したという話は聞いたことがなかった。
──蛇遣いが単に知らないという可能性もあるが。
何より、巡影で話題になるのは国家職業である「時衛官」の選別について。
毎年、これを越える話はまず耳にしなかった。
「二階の突き当たりに、梨人の部屋があるから。気になるなら行っておいで。」
「俺が行って、邪魔になりませんかね……。」
「大丈夫。ノックして入れば怒らないから。」
玄恵のアドバイスを受け、いざ二階の梨人の部屋へ。
コンコン──。
軽く二回、ノックした。
「母さん……?」
中から梨人の声が聞こえた。
「いや、俺。」
「え。ちょっと待ってね。」
何かを片付ける音が聞こえた後、ガチャリとドアが開けられた。
「ごめん、散らかってるかも。」
「そんな、気を使わなくていいよ。」
「いや、僕が気にしちゃうっていうか。」
どうぞ、と梨人は蛇遣いを部屋の中へ案内した。
「お邪魔しまーす。」
部屋に入るなり、蛇遣いは驚いた。
どこか──見覚えのあるような光景。
「梨人……お前も本を読むんだな。」
梨人の部屋の本棚にはびっしりと本が敷き詰められ、入りきらない本が机の足元に積み重ねられていた。
さっき慌てて片付けていたのはきっと、この本の束だろう。
「え?もしかして、コルクも読書を?」
同志か?と目を輝かせる梨人に、蛇遣いは慌てて否定した。
「俺も料理本は読むけど、ここまでじゃない。俺より……ええと、もう片方のヒトが。本の虫なんだよ。それももう部屋中、本、本、本。」
「ええ……!そうなんだ!!早く起きないかな、僕と話が合うかも。」
「絶対、合うと思うよ。なんせ、本を読むニンゲンが少ないって嘆いていたくらいだからな。」
「そうだよね〜。最近は皆、動画とかSNSとか。デジタルに夢中だから。」
ふと蛇遣いは、巡影での猫好きAとの会話を思い出した。
"アナログだからこそってのもあるんだよ。"
"ジャックとか。"
確か、隠れ家の連絡手段についての会話だった。
(ハトメ……あいつ、どうしたかな。今頃、俺らのことがニュースになってたりして。)
蛇遣いは、巡影の今の状況が気になっていた。
「コルク、これに座って。」
梨人は蛇遣いにデスクチェアを勧め、自分は本棚の脇から椅子を持ってきた。
「いや、勉強中だったんだろ?長居はしないから。」
「ううん。丁度休憩しようかと思ってたんだ。もし良かったら、ここに居てよ。」
「本当か?なら、遠慮なく。」
蛇遣いは梨人が用意してくれたチェアに腰を掛けた。
「ねえ、コルク。」
「ん〜?」
「えっと、実はね。ちょっと気になってることがあって。」
「おう、なんだ?」
「ふたりと一緒にその……蛇が居たでしょ?どこに行っちゃったのかなって。」
「あ、あ〜……蛇。蛇ね。」
蛇遣いは、ばつの悪そうな顔をするとキャスター付きのチェアを漕いで梨人へと近寄った。
「梨人はマキシのことはその……知ってるんだよな?」
「マキシ?」
「俺の、白蛇の名前。」
「あー、うん。喋る白蛇だよね?」
(はい、アウト──。)
蛇遣いは思い切り、天井を仰いだ。
彼は、いきなり身バレの危機に直面していた。
(まあ……いい機会だ。探れるだけ、探ろう。)
「……お前は、どこまで知っているんだ?俺らのこと。」
梨人は正直に、見たまま全てを蛇遣いに話した。
マキシとの会話、巾着から現れた見たことのない柄の金銭、猫好きAが持っていた、知らない銘柄のキャンディ。
「ルースなんてお金の単位、人間界には無いんだよ。だから、もし僕の見たものが事実なら──ふたりとマキシは異世界から来たのかな、とか考えたりはしてた。」
梨人の読みは、当たっていた。
「……お喋りな蛇がいると話が早い。俺たちは、上空都市って言ってな、空の上にある国のニンゲンだ。」
「本当……なの?僕にとっては、本の中の話のようにしか聞こえないんだけど。」
「悪いな。これは冗談じゃなくて、本当のことだ。お前にとっては奇妙な話だろ?」
「奇妙?というより、不思議かな。空の上にまた違う世界があると思うと、面白いなって思うよ。」
「そうか、面白いか──。俺たちの国は、確かに面白いかもな。ちょっと訳ありな国で、それも含めて珍しいというか……"魅力"というか。」
「へえ、そうなんだ。見てみたいな。」
「ちょっと待ってろ……。」
蛇遣いはズボンのポケットから何かを取り出そうとして、重大なことに気がついた。
「あ、ない。」
「ルースの入った巾着なら、僕が預かってるよ?」
「いや、それじゃない。スマートフォン──。」
蛇遣いは、スマートフォンを紛失していた。
粗方、落下中か着地の衝撃で失くしたのだろう。
「結構、写真入ってたのにな……。上に戻らないと、データは見れないな。」
「でも、コルクの国で使っていたスマートフォンって、人間界でも使えるの?」
「……分からない。多分無理だな。」
梨人は、机横のラックから黒いスマートフォンを持ってきた。
「これ、黒髪のお兄さんのだよね?」
「お!持っていたのか!どれ。」
蛇遣いは猫好きAのスマートフォンを起動させようとしたが、画面には何の兆候も見えない。
「やっぱ、ダメだな。これじゃ上と連絡もつかないか……。」
「──大丈夫なの?」
「大丈夫ではないが……まあ、しょうがないよな。」
蛇遣いは、半笑い状態だった。
「ああ、そうだ。マキシはどこかって話だったよな。」
「あ、うん。僕、出発前に路地裏を確認したんだけど、見当たらなくて。」
「悪いな、探してもらって。でも、マキシなら無事だ。ここに居る。」
そういうと、蛇遣いは自分の右腕の腕輪を撫でた。
「僕には見えないんだけど……?」
梨人は、どうにかマキシの姿を見ようと蛇遣いの右腕に目を凝らし始めた。
「アッハハ、違う違う。そうじゃないんだ。」
蛇遣いは可笑げに笑うと、また話を続けた。
「マキシはその──"宿り蛇"って言って。
普通の蛇とはワケが違うんだ。もちろん、ペットでもない。言うとしたら、そうだな──『相棒』かな。」
「相棒?かっこいいね。」
「ハハ。その相棒さんはな、ここが家なんだよ。」
「その腕輪が……?」
「そう。酩酊輪っていう、俺の大事な腕輪。」
「その腕輪に宿っているから"宿り蛇"?」
「お、御名答。まあ、もっと詳しく言えば、"モノ"に宿るから"宿り蛇"ってところだな。」
「凄い……本当に不思議。どうやって蛇が腕輪から出てくるんだろう……魔法とか?」
「もしかしたら、梨人にとっては魔法だと思うものもあるかもな。」
「本当に、なんだか──おかしな気分だ。」
梨人は、変に高揚していた。
普通に生きていれば知ることのないような秘密を聞いてしまった、非日常感。
──ここは本だらけの、住み慣れた僕の部屋。
間取りも、家具の配置も、部屋という箱に詰められた景観も。何も、変わったところはない。
変わったのは、目の前の彼だ。
知ってしまった後の彼は、さっきとはまるで違うヒトのように見える。
蛇を腕に宿した、コルク・シャロウィンと名乗る男。
そんな彼と相対のこの空間は、梨人にとって特別なものに感じられていた。




