page 21 : ピューマの如し
紘は蛇遣いの隣で、剥いてもらったゆで卵を食べている──
いつもなら、カウンター席では足を揺らす癖がある紘だがイケメンの横だからか、普段より落ち着きがあった。
事情を聞き、美雪との話し合いを終えた恵が、カウンター席へとやってきた。
「アンタはあっちで食べなさい。ほら、まだご飯残ってるわよ。」
「うーん、わかったよぉ……」
紘は食べかけのゆで卵を片手に食卓へと戻り、恵は紘が座っていた席に腰掛け、話し始めた。
「挨拶が、まだだったわね。私は、待夜 恵。そして、旦那の美雪に、息子の梨人、娘の紘。
さっきは、いきなり……ごめんなさいね。驚いたあまりに、つい……。」
「いえいえ。それは本当に、大丈夫というか……。俺も助けていただいて、こんな迷惑までかけて……すみません。」
「いいのよ。よく聞けば、ふたりとも意識が無かったんだってね。あの人はまだ目を覚まさないけど……あなたは元気そうで良かった。それに、あなたを脱がせたのは梨人だったのね。誤解して悪かったわ。」
「いえいえ。こちらこそ、感謝しています。ボス……あ〜えっと、あのヒトが起きたらすぐに俺らは出ていくので。もう少しだけ、居させてください。」
(まずいな、普段の癖が抜けない……ボスは封印、ボスは封印……)
蛇遣いは、うっかり「ボス」と呼んでしまう癖を直さなければならなかった。
「それは全然、いいのよ?でも、もしかしたらって梨人が言ってたんだけど……アナタたち、当てはあるの?
それは、人に話したくないこともあるだろうから。無理やりには、聞かない。でもね、うちは本当にいいのよ──居てもらって。
さっきね、よっちゃん(美雪)とも話して。紘も梨人も喜ぶだろうって。だからちゃんと、居場所が見つかるまでうちで過ごしたらどうかしら。」
「……ええ、いいんですか?どこの馬の骨とも分からない男ふたりを家に泊めるなんて。迷惑かけているところしか、想像がつきません。」
「もちろん、家事手伝ってもらったり、その他にも……色々。"家族"として、協力はしてもらおうと思ってる。どう?」
「これ以上にない、ありがたい話です。俺は、是非お願いしたいのですが、ボ……あのヒトの目が覚めたら確認したいことがあって。返事は、少し待ってもらってもいいですか?」
「もちろん。早く、意識が戻るといいんだけど──」
恵は、彼が横たわるリビングの方を見た。
ピンポーン、ピンポーン──
リビングにあるインターホンのモニターが光る。
「はーい。」
恵がモニター越しに訪問者の姿を確認すると、そこには黄色い旗を抱えた少女がカメラを覗きこんでいた。
「紘〜!!皆待ってる!急いで!!」
恵は家のどこにいるかも分からない紘を、大きな声で呼び出した。
集団登校の集合時間が過ぎていたため、班長さんがわざわざ家までお迎えに来てくれたのだ。
「ごめんね……!少し待っててね!」
恵は班長さんに一言謝ると、通話状態をオフにした。
「やだ〜、時間。全然見てなかったわ……」
両頬を手で覆いながら反省している恵の先にある時計の針は、きっかり8時を指していた。
「え、うそでしょ!時間!!」
時間を見た梨人は、食べかけの卵を美雪に渡すと、慌てて二階へと駆け上がる。
──悠長に、ゆで卵をおかわりしている場合ではなかった。
今朝は家族会議もあり、テレビの電源はつけていなかった。
皆、日頃からニュース番組の時報に慣れてしまっているため、自ら時間を読むことをすっかり忘れていたのだ。
美雪は梨人の食べかけを一口で食べた後、スマートフォンで何かを確認した。
梨人と入れ違いでちょうど、紘が階段を降りてくる。
「紘!急げ、急げ!」
「ああ、もう〜!」
周りに急かされながら、紘は恵からランドセルと上着を受け取り、どうにか集団登校に間に合った。
(ハハ……ピューマくらい慌ただしいな……)
蛇遣いは、紘と梨人の急ぎ様を見て、事件発生時のイチとキキョウを思い出していた。
「ピューマ」とは──巡影の警察部隊、"夜警ピューマ"の略称。
その、ピューマに所属する双子の"イチとキキョウ"。
彼らと蛇遣い、猫好きAが属する隠れ家は家族のように親しい間柄であった。
「あ〜〜〜遅刻〜!」
こっちにも、慌ただしいピューマもどきが一人──。
梨人は、急ぎ足で階段を駆け下りる。
「梨人、ワイシャツ!出てる、出てる。」
恵が「仕舞って」という手振りで伝える。
「ああ……。」
どさりとカバンを下ろすと、アワアワと制服のワイシャツを入れ直した。元気のない梨人の完成である。
(行きたくないけど、急がなきゃ……。本当に遅刻しちゃう。)
通学カバンを背負って玄関に出ようとしたその時、美雪の声が梨人の足を止めた。
「梨人──今日は、高校休みなさい。」
「……え?」
「俺も今、在宅に変更したんだ。今日は、彼と一緒に過ごそうかと思って。それに、ウチのことも教える時間が必要だからね。」
「あら、いいじゃない。それに、梨人と一緒の方が、彼も居心地が良いんじゃないかしら?」
(どうしよう、僕……高校、休んだことないんだけどな。)
梨人はクラスの空気に嫌気がさしながらも、意地で毎日登校していた。所謂、皆勤の男である。
梨人は、チラリと蛇遣いの方を見た。
彼は、カウンター席から無言で梨人を見ている。
その笑いきれていない目元からは「や・す・ん・で・く・れ」という彼からのメッセージが見えた気がした。
(そうだ、今日だけ。今日だけなら──)
美雪のひょんな発言に戸惑いながらも、彼の正直な感情ジェットコースターは「休み」という言葉で徐々に安定を取り戻していった。
梨人、皆勤賞ならず。




