19 ハンガージャブ -Hangar Jab-
──翌朝。
「ちょっと!!!誰なの!?!?」
一階のリビングから、玄恵の騒ぐ声が聞こえてくる。
「うちの布団まで使って!!誰なのよアンタたち!!」
玄恵はすぐそこに置かれていたハンガーで、布団に包まるふたりを叩いた。
昨晩、美雪がふたりのためにと服を出す際に置いていったハンガーは幸いにも今、防犯用の武器として活躍していた。
「どうしたの、ママ。」
一階から聞こえてきた玄恵の声に、いつもより少し早く目を覚ました紘が一階に降りてきた。
「紘、そこにいなさい。知らない人がいるの。」
「知らない人……?」
子供は、好奇心から指示を守れないものだ。
"知らない人ってどんな人なんだろう?"
好奇心に負けた紘は、言いつけを守らずにリビングへと出てきてしまった。
低い紘の視線の先に、山をつくる布団が二つ。
「誰か、寝てるの?」
「アンタ……!なんで出てきたの!」
玄恵が紘を抱き抱えてこの場から離れさせようとした、その時。
「ふああ、なんだよ朝からうるせえな……。」
左側の布団の山が崩れ、上半身裸の褐色男が目を覚ました。
「えっ……。」
動揺した玄恵が慌てて紘の目を隠すも、タイミングが少し遅かった。
「むきむきの!お兄さんがいる!!」
イケメン好きの紘は、朝からテンションが上がってしまった。
「えっ、俺なんで……?」
肌寒さを感じた蛇遣いは、やっと自分が脱がされていることに気づいた。
「うおお!?」
蛇遣いは恥ずかしがって、布団で身体を隠した。
(おい、待て……?俺、堕ちた後どうなったんだっけ?)
ふと、隣を見ると白い顔をした猫好きAが口を結んで眠っていた。
確認のため、蛇遣いは彼の首の横に手を触れる。
そこにはしっかりと体温と脈拍が存在していた。
「良かった、生きてる。」
猫好きAの存命に安心した蛇遣いだったが、前を向くと仁王立ちの玄恵が険しい顔つきでこちらを見ていた。
「あの。どちら様ですか……?」
お前から目は離すまいと、玄恵はハンガーを片手に鋭い視線を飛ばしている。
いつの間にか、玄恵の傍らからは紘が居なくなっていた。
「あ──ええと……」
(このおばちゃんは誰……?俺は、なんて答えればいい……?)
「誰かって、聞いてるの。」
「ええと、ですね……」
(名前だけでも名乗るべきか……?)
起き抜けの尋問により混乱している蛇遣いは、目を泳がせていた。
──バタン!!
突如、二階からドアを強く開ける音が聞こえた。
「あ〜〜〜〜!!!!母さんッ!!!!!!」
梨人が、自分の部屋から飛び出した音だったようだ。
「そのヒトは何も悪くない!!ぶたないで!!!!」
寝癖の跳ねたパジャマ姿のまま、梨人は叫びながら一階まで駆け降りた。
──少し前。
「にぃに〜!にぃに〜!」
朝から目を保養した紘は、満面の笑みを浮かべながら梨人の部屋を訪れた。
「にぃに〜!起きろ〜!」
紘はパチンと布団に横たわる梨人のほっぺを一発叩いた。
「いてっ!」
頬に走った小さな痛みに、梨人は飛び起きた。
「コノぉ…朝から人のほっぺた叩く奴があるか!」
梨人は不機嫌そうに紘の起こし方を注意した。
「にぃに、下にむきむきのイケメンがいる!」
梨人からの注意も聞き入れず、紘は上裸のイケメンのことを伝えた。
「でも。ママが怖い顔してイケメンのこと、ぶってた。」
階段を降りながら、紘はばっちりと玄恵のハンガージャブを見てしまっていた。
「ぶってた…?」
いくら寝起きでも、すぐに状況を理解した梨人。
(そうだ!あのふたり……!)
そうして血相を変えた梨人は、慌てて一階に降りてきたというわけだ。
リビングに着いた梨人は目の前の状況を見るなり、思わず顔を背けたくなった。
上半身裸の若い男と、その目の前に立ちはだかる母親。
玄恵の威圧的な態度に、彼は狼狽えていた。
これは…あまり見たいものではない。いや、できれば見ずに済みたかった。
「なあに、梨人。この人たちと知り合いなの?」
「昨日の夜、困ってたから俺と父さんで家に上げたんだよ。だから、もうぶたないで。」
「……ぶってなんか、ないけど?」
玄恵は梨人が見ていないのをいいことに、叩いてしまった事実を隠蔽した。
妹情報局からのタレコミだとは、知らないようだ。
(俺、いつぶたれたんだろうな……。)
玄恵に叩かれた時点では、まだ起きていなかった蛇遣い。
何が何だか、状況がさっぱり掴めていなかった。
梨人は再び彼がぶたれることのないよう、玄恵の手から武器を回収した。
「……おはよう。」
美雪が起きてきた。
リビングの状況、そして既に一悶着あったという空気感を感じた美雪は頭を抱えた。
「一回……話そうか、皆で。」
美雪は梨人に寄ると、ヒソリと耳打ちをした。
「梨人は助けた経緯、俺はそれから後を話す。」
「了解。」
ただでさえ、時間のない平日の朝だというのに──。
待夜家ではスペシャルゲストを迎えての家族会議が始まった。




