17 ちゃんとした蛇ってなんだよ -What is a proper snake-
──午後10時を回る頃。
ラーメン屋・青二才が面する道路に、一台の車が止まった。
トヨシマの『FOR RUVIN'』。
少し古いタイプだが、ゴツめのフォルムで存在感のある車種だ。
何より、馬力があるためどこへ行くにも安心だと美雪が大事にしている車である。
路地裏には、抱き抱えたカバンを枕にうとうとしている梨人とその側で眠る、ふたりと一匹。
梨人は、ハードスケジュールから眠気に襲われていた。
高校では気を張って過ごし、放課後には塾で+α勉強、そして今現在。
疲れるのも無理はない。
それに、梨人はまだ夕飯も食べていない。
塾で間食を摂ったのは正解だった。
暗い路地裏で、梨人が握るスマートフォンの画面が光る。
「ハッ!」
通知に気づいた梨人は慌ててロック画面のパスコードを解除し、MINEを開いた。
MINEには一言、「着いた」という父からのメッセージ。
梨人は急いで路地裏を飛び出した。
空きテナントの目の前には、美雪の車が止まっていた。
ひょろっこい影がこちらに近づいてくるのを見た美雪は車を降り、息子を呼んだ。
「梨人!」
スマートフォンを片手に梨人は美雪に駆け寄った。
「はぁ、父さん。ありがとう、来てくれて。」
「それはいいんだ。で、そのふたりは?」
「こっち。」
梨人に連れられて、美雪が駆け足で路地裏へと向かうとそこには綺麗な服に身を包んだ男性ふたりが倒れていた。
「大丈夫……なんだよな?」
「うん、多分ね。ちゃんと息はしているし、今は眠っているだけみたい。金髪の人は、一回起きたんだけどまた寝ちゃった。」
「そうか。」
念のため、美雪はふたりの身体を確認した。
特に外傷はなく今はただ、眠っているようだ。
「梨人。父さんが車へ運ぶから、お前は後ろの席のドアを開けてきてくれ。」
「わかった。」
梨人は車へと走ると自分の荷物を助手席へ放り投げ、後部座席のドアを開けた。
後からは金髪の彼を背負った美雪が歩いてくる。
彼を後部座席へ乗せると、美雪は梨人に指示を出した。
「梨人は真ん中に乗って。家に着くまでふたりの様子を見ていてくれ。」
「うん、わかった。」
梨人が逆側のドアから真ん中に座ると美雪が黒髪スーツの彼を運び、梨人の隣に乗せた。
(苦しそうだな……。)
美雪の視線の先、スーツの彼の白い首はきっちりと衣服で隠れている。
美雪は彼が着ているワイシャツのボタンを一つ外し首元を緩めると、運転席に着いた。
「あれ、父さん。蛇がいない。」
梨人は、喋る白蛇のことを思い出した。
「──蛇?」
「うん、さっきまでこのふたりの近くに居たんだけど……。」
「ごめん、ちょっと待ってて」そう美雪に伝えると梨人は車を降り、念のため路地裏を確認した。
(やっぱり居ない……。)
路地裏に、あの白蛇らしき姿は見当たらなかった。
急いで車へと戻った梨人に、美雪は話を聞いた。
「梨人、本当に蛇が居たのか?」
「うん。野生じゃないよ、ちゃんとした蛇。」
(──ちゃんとした蛇ってなんだよ。)
心の中で自分にツッコんだ。
流石に喋る蛇とは言えないため、よく分からない表現になってしまった。
「まあこの時間は暗いから。ヒモか縄が蛇に見えたんじゃないかと、父さんは思うけど。梨人が心配なら、また探しにくればいい。」
「うん。そうだね。そうするよ。」
「じゃ、出るよ。」
「うん。」
梨人、美雪、そして眠るふたりを乗せた車は待夜家へと出発した。
(大丈夫かな……。)
梨人は、遠ざかるラーメン屋の方を見ていた。
白蛇は懐き具合からして、金髪の彼のペットに違いない。
そう考えた梨人は、彼の目が覚めたところで行方を聞くことにした。
「いやあ、でも。梨人から電話もらった時は父さん、驚いたよ。今日に限ってまだ酒を飲んでなくてさ。良かった〜って思ったよね。」
偶然にも、自宅にて仕事のメールを受け取っていた美雪。
これくらいは、いつもなら酒を飲んでいる時間だった。
「本当だよ。父さんのおかげで助かった。」
「梨人も、よく人を助けようと思ったもんだ。父さんは立派に思う。母さんだって、きっと分かってくれると思うよ。」
「うん……。」
"ふたりを助けたことは、間違っちゃいない" そう、言われたような気がした。
ハンドルを切りながら、美雪は話を続ける。
「それにしても、やけに派手な服だよな。近くでコスプレイベントでもあったのか……?」
「うーん、どうだろう。」
(多分異世界の人、だなんて言えないし。)
梨人は曖昧に返事をした。
「何のキャラクターかは分からんが、とにかくよく作り込まれてる。」
美雪は、初めて見るふたりの服を絶賛していた。
しばらく、窓の外をぼーっと眺めていた梨人。
人家から漏れ出す光が所々に浮かぶ、のどかな街並みが途切れ、梨人たちを乗せた車はトンネルへと入った。
窓越しにはオレンジ色のライトが流れ、車内窓際で眠るスーツの彼の鼻筋となだらかな頬に光の模様を落としていた。
いつの間にか、車内では失恋ソングがかかっている。
「さーようなら〜バッグミラーの中に〜♪ あの時の〜君を探して走るよ〜♪ 」
浜名省吾の声と歌詞を口ずさむ美雪の声が、車内に生まれた間を彩る。
浜名省吾、来松たかお、村上孝蔵──。
父・美雪の影響で、梨人は代表曲であれば歌詞を見ずとも歌えるようになっていた。
まだ、高校生の梨人にはよく分からないアダルト要素の歌詞が多かったが……。
それでも、昭和歌謡が好きな梨人は自分の部屋でだったり、入浴中によく口ずさんでいた。
──トン。
車に揺られた金髪の彼の頭が、梨人の肩に落ちてきた。
外の光を反射して、彼の真っ赤なピアスがキラリと光る。
彼の耳元に添えられたそれは、白蛇の瞳によく似ていた。
梨人は倒れてきた彼の肩を支えた。
彼の肩は、ガッチリとしている。
それに──香水だろうか。微かにマリン系の香りがする。
海を感じさせるような、爽やかな香り。
(大人の男の人って、お洒落なんだ。)
一番身近な美雪も身なりには気を遣う方であったが、梨人はこのふたりからはまた違う雰囲気を感じていた。
自分もいつか、良い香りを身に纏うような大人になるのだろうか──。
そんなことを考えながら、梨人は後ろに流れていく外灯と夜の街を、微睡む目に映した。
トヨシマの車種や、歌手の名前が出てきました。
現代で言うところの"何"を指しているのか、"誰"を指しているのか。
分かる人いたら、すごい。歌手は、比較的分かりやすいかもしれません。




