16 ルースと円 -Ruth and Yen-
「ほら、少年。これを開けてみるのダ。」
白蛇は尻尾を器用に使い、梨人に白い巾着を差し出した。
梨人は巾着の紐を解き、中身を確認した。
「これ……お金じゃなくてコインゲームのメダル──?」
中には日本の小銭とは違う、何か模様の刻まれた金貨が入っていた。
「メダルではナイ、金だ。よく見てくれ、札も入っているだろう。」
よく見れば、金貨の下に札らしきものがあった。しかし、そういう問題ではない。
これは──日本で使われているものではない。
この蛇はこれを"金"だと言い張るが、梨人の住む日本では金としての価値を持たないものであった。
(僕を揶揄っているわけではなさそうだけど……。)
梨人は巾着の手前に入っていたメダルを一枚適当に掴むと、白蛇に尋ねた。
正確に言えば、梨人は試す気でいた。
言葉でも、なんでもいい。何かこの、自分の中の違和感に対する確証が欲しかった。
「これは……何円玉?」
「エンダマ?それは"エンダマ"ではない。100ルースコインだ。」
(ルースコイン?聞いたこともない。)
梨人がこのふたりから感じた奇妙さと違和感は、たちまち確信へと変わった。
彼らは、梨人が知る世界の人では無かった。
彼らは、どこからやってきたのだろう──。
ただでさえ、喋る蛇に翻弄されていたというのに。
梨人は得体の知れないふたりの存在を目の前にまた、困惑していた。
(待て待て、考えるのは後だ。今は、ここから動かないと。)
気持ちを切り替えた梨人は、地面に放ってある通学カバンからガサゴソと財布を取り出した。
「確か、コンビニではYUKOKAで払ったから……五千円札があるはず。」
そこそこお金を持っていると思い込んだ梨人は、手持ち額を確認してがっくりとした。
中には五千円札ではなく千円札一枚と、少しの小銭しかなかった。
この無けなしの手持ち金を使ったところで、できることは知れている。
(あ〜そうだった……天傘書店で本と文房具、現金で買ったの忘れてた。)
梨人は、最近散財したことをスコンと忘れていた。
さっきまで普通に話していた白い蛇も体力に限界が来たのか、横たわるふたりの横で眠り始めてしまった。
成人男性ふたりに、蛇が一匹。
蛇はともかく、見て分かるふたりの身長の高さ。
痩せている自覚のある梨人は、すぐに状況が理解できた。
(僕一人じゃ、これは無理だな。)
非力な高校生一人で成人男性ふたりを移動させるのは至難の業だ。
「もう、しょうがない。蛇さんごめん。家族は許してくれよ。」
考えを固めた梨人は、スマートフォンで誰かに電話をかけた。
相手は梨人の父、美雪だ。
──プルルル、プルルル……
何コールか見送った後、美雪が電話に出た。
「はいはい梨人、どうした?塾、終わったか?」
「うん、今帰りなんだけど……父さん。急で悪いんだけど、相談があって。」
「どうしたんだよ、改まって。それは今、聞いた方がいいか?」
「今。至急。」
「分かった。聞いてるから。」
梨人は、順を追って話した。
塾の帰りに通りがかった裏路地で、ふたりが倒れていること。
助けてくれと言われたこと。
そして──何か訳がありそうだということ。
喋る蛇の話は急ぐことではないため、話さなかった。
「それで、父さん。いや、家族皆に頼みがあって。このふたりが元気になるまでうちに置いてくれないかな…?
無理なお願いなのは自分でも分かってるんだけど、でも……。」
梨人は言葉に詰まってしまった。
見ず知らずの相手を家にあげるなど、反対されるのは分かっていたからだ。
数秒の沈黙の後、受話器越しの美雪が口を開いた。
「梨人、お前のお願いは分かった。とりあえず、父さんはお前の話を信じて受け入れよう。
今、車を出すからそこで待ってなさい。詳しい話は家でしよう。」
「父さん……!ありがとう!」
梨人は美雪に、塾の前のラーメン屋付近だと居場所を伝え、電話を切った。
(これで皆、大丈夫だな。よかった。)
正確に情報を聞き出したうえで梨人に賛同し、短時間ですぐに行動へと移した美雪。
やはり、父という存在は偉大であった。
安心した梨人はスマートフォンをズボンのポケットにしまうと、財布を持って近くの自販機でミネラルウォーターを3本買った。
目を覚ましたふたりと一匹が、すぐに喉を潤せるように──。
梨人は、路地裏に戻るとカバンを抱え座り込んだ。
すぐ横のふたりの胸が、呼吸のリズムに合わせて緩やかに波を打つ。
(早く、目を覚ましてくれないかな。)
梨人はただ、寝息を立てて眠るふたりと静かな一匹を見つめていた。
日本の円にあたる、上空の通貨単位は"ルース"。硬貨は『ルースコイン』、紙幣は『ルースビル』になります。




