15 出遇い -A match made in heaven-
「お疲れ様〜。」
明晰ゼミナールの入り口では、一人の講師が授業を終えた生徒たちを見送っていた。
「外、暗いので階段、ちゃんと足元見て降りるように!」
ギリギリ、明かりが行き届いていない階段。
過去に不注意で怪我をした生徒でもいたのだろうか。
講師の女性は、階段を降りる生徒へ声がけを行っていた。
「ありがとうございました。」
「はい、さようなら〜。またね〜。」
講師と挨拶を交わした梨人は、しっかりと手すりを掴みながら階段を降りた。
(おお、いい匂い。)
向かい側のラーメン屋・青二才から中華の良い香りが漂ってくる。
ラーメンの中では、醤油が好きな梨人。
まだ入ったことのない『青二才』のラーメンに、前から興味があった。
(……なんだろう?ラーメン屋の列──にしては違うな。)
なにやら、ラーメン屋の近くに人が集まり始めている。
野次馬は良くないと思いながらも、気になった梨人は集団に近づいた。
「……ねえ、大丈夫なのかな。」
「さあ。見た感じ酔っ払いが倒れてるだけろう。俺らはもう行こう。」
路地裏を覗いていたカップルが、その場を離れた。
(倒れてるって?大丈夫なのか……?)
梨人はもう少し、路地裏の方へと足を進めた。
周りでは、何人かの大人が立ち尽くしている。
「おい、坊主。危ねえぞ。」
一人の男性に声をかけられた。
「その蛇のせいで近づけないのよ。さっきから、凄い勢いで威嚇してきて──」
近くにいた女性が状況を説明してくれた。
梨人が見ると、倒れた二人を庇うように小さな白い蛇が体を起こして警戒していた。
幼い頃から、動物に好かれることが多かった梨人。
蛇をこんなにも間近で見るのは初めてで些か緊張していたが、横たわるふたりの状態を確認しなければという一心で行動に出た。
「大丈夫、怖くないよ。」
梨人は少し離れたところにしゃがみ、蛇と視線を同じにした。
少し落ち着いたのか、白蛇は体勢を低くすると倒れ込む褐色肌の男性の足元へと身を隠した。
「すみませーん。触りまーす。」
梨人は、暗がりをスマートフォンのライトで照らしてふたりを確認した。
──呼吸はある。
特に、アルコールの臭いもない。酔っ払いではないみたいだ。
(意識がないから、下手に動かすわけにはいかないし……。)
やはり、救急車を呼ぶべきなのだろうか。
しかし──何かが引っかかる。
梨人は、ふたりに奇妙さを感じていた。
彼らはどこか、この地の人間とは違う。
くっきりとした顔立ちから、日本人ではなさそうだ。
一人は褐色肌に、限りなく白に近い金髪。
まるで、空想の世界を生きる"富豪"のような身なり。
もう一人の男性も、スーツのようだが──スーツにしては手の込んだ装飾が目立つ。
ふたりは、まるでハロウィンのコスプレのような外見をしていた。
「何か、あったの?」
「人が倒れてるっぽい。」
状況を気にかける人の声が聞こえてくる。
こうしている間にも、ラーメン屋の近くには人が増えていく一方だ。
ふと後ろを振り向くと、さっきまで居たはずの女性と男性が居なくなっている。
路地裏には、倒れているふたりと梨人そして、白い蛇が1匹残されていた。
ふたりを介抱しようと路地裏に入っていた先の男性と、女性。
二人は梨人の登場をいいことに、まだ未熟な高校生にその場を押し付けたのである。
それぞれには、それぞれの暮らしというものがある。
厄介ごとを回避するためには、致し方ない判断だったのかもしれない。
しかし──梨人はまだ、未成年。
子供の勇気を利用するなど、大人の行動にしてはあまりにも倫理観が欠けていた。
(無責任な……。)
またここにも、見て見ぬフリをする大人。
僕を無視する、教室でのアイツらの姿と重なる。
どこもかしこも。我関せずのオンパレードだ。
「そうだ、僕が救急車を呼ばなきゃ。」
躊躇っている暇はない。
梨人がダイヤルしようと電話機能のキーパッドを開いた、その時。
片足に、白い蛇が巻きついた。
「……!!」
びっくりした梨人はスマートフォンを落とし、そのまま尻餅をついた。
「な、なんだよ…っ!」
(怖い怖い怖い怖い!)
大人しくしていたはずの白蛇の急な動きに、梨人は怯えていた。
噛まれるかもしれない─その直感が身体を強張らせたのである。
「怖がるナ。」
「── へ?」
「……怖がるでナイ。我は、お主を傷つけはしナイ。」
(蛇が、喋ったのか……?)
とうとう、創作の読み過ぎで頭がおかしくなってしまったのだろうか。
梨人は今、目の前で起きたことが信じられなかった。
「……っ。」
視界の淵でもぞりと動いた何かが、梨人の腕に触れた。
「うわぁぁぁぁあ!!!」
今度は褐色金髪の男性の大きな手が、腰を抜かす梨人の細い腕を掴んでいた。
白蛇の声に、男は意識を取り戻したみたいだ。
それにしても、目はほとんど開いていない。
「いいか……何も、騒ぐな……。」
「は、ハイ……。」
「いいか……よく聞け……。」
「は、はい……。」
「……たすけてくれ。」
そう梨人に呟くと、彼はまた意識を失い地面へと倒れ込んだ。
「少年。」
梨人の足を解放した白蛇が、話し始めた。
「はい……。」
「このふたりには、チョットした事情がある。またお主にはちゃんと説明するが、今は私たちを助けてはくれないか?目立つわけにはいかないのダ。」
白蛇の潤んだつぶらな瞳が、梨人をじっと見つめた。
まるで燃え盛るルビーのような、真っ赤な瞳。
情に弱い青年は、真剣な頼みを断れるはずもなく──。
「……分かった。少し待ってて。」
そう言い残すと、梨人はまだラーメン屋の前でこちらの様子を伺う人達に一言、声を掛けた。
「すみません、お騒がせして。酒に酔った知り合いがそこで寝てしまったみたいです。本当、すみません。」
何が正解なのか分からないまま、梨人はとりあえずよくありそうな理由で誤魔化した。
とりあえず、人避けをしなければならなかった。
「よかった、大丈夫そう。」
「なんだよ、人騒がせだな。」
「気をつけてな。」
一言梨人に声をかけてくれる者、文句を吐き捨てその場を離れる者。
人間性の違いは、ふとした場面にはっきりと見えてしまうものだった。
ふたりと1匹のもとに戻った梨人は、一人悩んだ。
──きっと、ふたりの命に別状は無い。
白蛇の言葉から察するにふたりは訳ありで、公にできない理由がある。
(どうするべきか……。)
ふと下を見ると、先の喋る白蛇が地面にトグロを巻き、目を瞑っている。心なしか、ぐったりしていた。
「ねえ、だいじょうぶ?」
梨人の声に反応した白蛇は、目を開いた。
「心配するナ。少し、疲れただけダ。寝れば治る。」
「そう……。」
(とりあえず、休息が必要だよね。)
梨人は白蛇の身体に、人差し指でツンツンと触れた。
「……どうした。」
「ねえ、お金って持ってる?」
(僕の手持ちは少ないけど、お金があれば……。)
周辺には、カラオケや漫画喫茶がある。
ホテルは無理でも、身体を休めるには充分だ。
「コルクの財布を見てみよう。」
白蛇は金髪の彼の服を探った。
「──あった。」
白蛇は、彼のズボンのポケットから白い巾着を取り出した。
続いて、白蛇はスーツの彼の方も、あらゆるポケットを確認したがスマートフォンと個包装のコーヒー飴2粒しか出てこなかった。
(見たことのない銘柄だな。)
梨人は白蛇が取り出したコーヒー飴をまじまじと見つめた。
パッケージには小さく「snails coffee」と書かれていた。
「……たぶんだが、コイツはこの中に金がある。」
白蛇は尻尾の先端で、地面に置いたスマートフォンを指した。
財布を持ってないスーツの彼は、電子決済派のようだった。




