13 星5の目撃 -A sighting of the finest-
「やめなよ!!」
3組の教室前を通りすがった一人の女子生徒はあまりな光景に、咄嗟に声を上げた。
教室には梨人の頭を踏み付ける真ニと、抵抗もせず無言でそれに耐える梨人の姿があった。
(止めなきゃ……!)
彼女はスカートのポケットから何かを取り出す動作をする。
「いじめの証拠、私が残そうか?」
スマートフォンで撮影されると思ったのか、真ニは梨人の頭から足を退けた。
「チッ。女が調子乗ってんじゃねェ。」
そう文句を吐き捨てると、自分の席からリュックサックを持ち出し足早に教室を去って行った。
「待夜くん、大丈夫??」
実箏は梨人に駆け寄った。
彼女は、矢城実箏。特進クラスである1組の生徒だ。
「矢城さん、ありがとう。」
梨人は崩れた体勢のまま、実箏を見上げた。
「頭は?踏まれてたでしょ……?」
「平気だよ。」
真ニに踏まれた頭を、制服の袖で擦う。
(塾終わったら速攻、シャワー浴びよう。)
実箏は、尻をついた姿勢から立ち上がった梨人を目線で追った。
「なにがあったの?あの人──えっと、石田?くん?」
「ああ、岩倉だよ。」
「岩倉くん。凄かったね……いつもあんな?人の頭を踏みつけるなんて。酷すぎる!」
「まあ……大丈夫だよ。ありがとね、間に入ってくれて。でも次からはいいよ、矢城さん怪我したら大変だし。」
「でも、心配だよ。3組はあまり良い噂聞かないし……。あ、悪口じゃないよ?悪口じゃないからね。」
「はは、分かってるよ。大丈夫。」
この二人には、ちょっとした接点があった。
図書委員の二人は曜日の重なった図書当番や委員会活動で度々、顔を合わせていたのだ。
(待夜くん、クラスに馴染めていないのかなとは思っていたけど。やっぱりいじめが原因だったんだ……。)
図書室で見かける梨人は、いつも暗かった。
廊下ですれ違う梨人も、いつも冴えない表情をしていた。
(──このままじゃいけない。)
実箏は梨人に思い切って声をかけた。
「待夜くん、何かあったら私に言って。誰かに相談するだけでも、大分変わると思う。」
「相談?相談事なんて、ないよ。」
「うーん。」
(確かに、女子に相談は嫌だよね……。)
実箏は顎に手を添えて、考えた。
「えっと……あー、でもなぁ……。」
実箏は、考え、考え、考えた。
「えっと……矢城さんごめん。机、戻してもいいかな。早く終わらせないといけないんだよね。」
「あ、本当だ。私も手伝うよ。」
梨人と実箏は二人で残りの机と椅子を全て元通りに整えた。
「ふう、終わった!」
教室を見渡す実箏に、梨人が話しかける。
「矢城さん、さっき言いかけてたことなんだけど──」
「あ〜、えっとね……」
実箏は目線を逸らしながら小さな声で梨人に伝えた。
「……もし良かったら、私と連絡先交換しない?MINEか、Earthgram。」
「え、僕?急にどうして──」
「ほら、委員会も一緒だし……?それにほら、友達だし。」
「友達……。」
(あまり話したことないのに。友達のカウントだったのか、僕。)
実箏の取ってつけた感のある理由に怪しさを覚えた梨人だったが、友達と言われたことは少し嬉しく思っていた。
(私たち委員会でも話してたし──友達は、友達でしょ?別に、何もおかしくないよね。)
黙り込んでしまった梨人の様子を見て、実箏は再び話を切り出した。
「私とまあ…なんでもいいから話、しない?本当に、なんでもいい!」
「……なんでもいいの?」
「うん、なんでも。」
梨人は少し悩んでいたが、やがてズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。
「Earthgramはやってないから、MINEでいい?」
「もちろん。あ、私がコード読み取るね。コード出せる?」
「あ、うん。」
実箏はMINEのアプリを立ち上げると梨人の方のコードをスキャンした。
「あ、でも……」
今度は梨人から話し始めた。
「うん?」
「……連絡先交換するのはいいけど多分僕、大した話はできないよ?つまらなくない?」
「いいのいいの!私も同じだから。気軽に話そうよ。」
実箏は読み取った梨人のアカウントを追加した。
(アイコン、猫ちゃんなんだ。)
梨人のMINEのアイコンには、ふて猫の顔がどアップで収まっていた。
「矢城さんのアイコン、なんだかゴッホの向日葵みたいだね。」
梨人の画面に表示されていたのは、オレンジ色の背景に向日葵が描いてあるアイコンだった。
「ああ、それは私が趣味で描いたものなの。完全に自己満足なんだけど、気に入ってて。」
「僕はこの絵、凄く上手だと思う。絵心があるなんて羨ましいよ。」
「ありがとう。でもそれなら、待夜くんだって。得意なこととかあるんじゃない?」
「はは、僕はダメだよ本ばっかりで。特に、いいところもないよ。」
「そんなことないと思うけど……?」
(いいところ、私は知ってるのにな。)
実箏は、梨人をよく見ていた。
(よく本を読む、博識なところ。好奇心が強いところ。貸出カードを見た時、色んな本を借りていたから。
性格は乱暴じゃないし、落ち着きがある。それになにより、儚げなのが良いんだよね──。)
彼女は、梨人の魅力に気づきつつあった。
人を惹きつける魅力の種類は、様々だ。
儚いのも、地味なのも。
彼女が魅力と思うのであればそれはもう、"魅力"なのである。
しかし、その魅力とは別に実箏は"透けて消えそうな「危うさ」"を梨人に感じることがあった。
息を吹き掛ければフッ…と消える蝋燭の小さな炎のような、不安定に積み重ねられた、バランスタワーのような。
何か一つの出来事が引き金となって、梨人は居なくなってしまうのではないか──。
この不安な気持ちから、実箏は梨人を心配するようになっていったのだ。
「心配」それはどんな関係の上にも動く、思いやり。
思いやりというものは、愛情なしに動きはしない。
実箏の愛情は恋愛的なものか、人間的なものか──
どちらにせよ。実箏はまだ、自分の中に生まれた梨人への愛情に気づいていなかった。
「あ。僕、そろそろ支度しないと。」
「あ、ごめん急いでた?引き止めちゃった。」
「全然。今日、塾の日ってなだけで。」
授業が始まるまで自習室で勉強をする予定だった梨人だが、時間が中途半端なため塾にはゆっくりと向かうことにした。
梨人は自分の席で帰る支度をしている。
「その席、黒板見にくくない?現国の時、戸川先生の字見える?」
梨人たちの高校で現代国語を担当している戸川先生の板書は、字が小さく読みにくいことで知られていた。
「まあ、どうにか頑張ってるよ。」
(戸川先生の板書はテキストの要点読むのとあまり変わらないんだよな……。)
梨人はあまり、戸川先生の授業ではノートをとっていなかった。
「私も一番後ろの席なんだけど、何書いてあるか全然見えないの。視力落ちたのかなぁ。」
「それは、先生の字が小さすぎるだけだよ。」
梨人はクスっと笑った。
(待夜くんって……優しい顔で笑うんだ。)
一瞬の笑顔だったが、実箏は初めて梨人の明るい表情を見た。
「矢城さん、今日部活はないの?」
帰る支度をし終えた梨人は、教室の窓を閉めている。
「あれ、知らなかった?私、帰宅部だよ。勉強と両立できるほど器用じゃないから。」
「なら、僕と同じだ。すぐ家に帰りたくて。」
「分かるなあ、私もどちらかというと──」
言い終わらないうちに、実箏は窓の外に目を奪われた。
窓を閉め終えた梨人が不思議そうに実箏を見る。
「……どうしたの?」
「いや……インドアだからって話なんだけど、そうじゃなくて── 」
実箏が窓の方を指差した。
「今、黄色い光が空からヒュッて。なに?流れ星?隕石?スーパーマン?あんなの見たことないよ、ニュースになるかも。」
驚いている実箏の様子から、梨人はその異様な光景が気になって仕方がなかった。
「そんなに凄かったんだ?見たかったな。」
梨人の問い掛けに、興奮した様子の実箏は真っ直ぐに向き合った。
「──現実ガチャで星5キャラ引いたような光景だった。私、近いうちにいいことあるかも。」
この瞬間、梨人は悟った。
実箏はこちら側の人間であるということを。
この世界ではMINEとEarthgramです。




