11 オブジェの光翼 -Light Wings of the Object-
髪と服を大きくはためかせながら、蛇遣いは何やら苦しそうに顔を歪めている。
──ここは、空中。
綺麗に澄み渡る青い空──そんな広大な青の中に小さな点が、二つ。
「ボス!!飛んで!上に戻らないと!」
「……。」
叫ぶ点・蛇遣いと、黙る点・猫好きA。
ふたりは、その青い空を堕ちている真っ最中だった。
防護壁をすり抜け、堕界してしまった蛇遣いと猫好きA。
猫好きAの腕を掴んだまま堕ちる蛇遣いは、必死に遊泳の力を使うように叫んでいた。
「おい!このままじゃ俺ら死ぬって!ボス!!」
「……飛べない。」
真っ逆さまに堕ちる虚ろな目の猫好きAは、やっと口を開いた。
「え──?」
「飛べないんだ。リヒターの力が、使えない。」
「力が使えないって……え?」
「まさか〜」と言いたげな表情を浮かべる蛇遣いに猫好きAはムッとした。
「だから。導きの力が使えないんだよ。使おうとしても、抑え込まれてしまう──。」
普通に出国する際は「出国申請」が必要な、巡影帝国。
事故だとしても、無断出国は規則違反で罪に値する。
防護壁を出たふたりには、制限がかかってしまったのだ。
猫好きAが案内人・飛猫として空中遊泳を実施できていたのは、この"リヒター"の力があってのことだった。
制限の影響を受けた今、リヒターの力で空を飛ぶことはできなくなってしまった。
蛇遣いは、頭を抱えた。
(ボスが飛べるのをいいことに俺は……)
猫好きAならきっとどうにかできるだろう、そう思い込んでいた自分の甘さを痛感する。
"身体能力に絶対はない。"
宿り蛇マキシの口癖だ。彼は蛇遣いの師のひとり(というより、一匹)であった。
この言葉の本当の意味が今、分かった気がする。
いくら天空から力を授けられようと、そこに絶対的な発動条件は約束されていなかった。
この事故は"力に頼りすぎるな"という天空からのお告げのような気さえしてきた。
(それにしても、酷くないか?ヒトを助けた代償がこれって……。)
巡影には制限をかけられ。
その制限によって、力は発動できず──。
「ヒトの命が懸かっても、国と力は味方してくれないんだな。」
蛇遣いは、哀しそうに嘆いた。
「……こればかりは仕方ない。不運の連鎖と思うしかないだろうね。」
猫好きAはただ、落下に身を任せている。
どうにかしようと必死に動く蛇遣いの胸元からはネクタイがシュルリと解け、宙に舞っていった。
"リヒター"──それは、天空から力を授かりし"裁きの者"。
そして。このふたりはその"リヒター"であった。
リヒターには、それぞれの役割に応じて違う力が与えられている。
猫好きAは、"導き"のリヒター。
蛇遣いは、"記憶"のリヒター。
猫好きAに関しては猫のモデル、導きのリヒター、そして時衛官になるために必要な光属性。
この三つを兼ね備えた「トリプルコンボの男」だった。
蛇遣いもリヒターの力とは別に、宿り蛇の力が込められた酩酊輪を持つ実力者であった。
ただ、この能力者のふたりを待ってしても、この状況を解決することは難しかった。
多様な力を持つ猫好きAはさておき、蛇遣いの記憶の能力は何一つ役に立たない状況だ。
「え、もしかして俺らって──詰み?」
「……詰みだとしても、詰ませない。」
猫好きAは、諦めたようで諦めていなかった。堕ちた後で頭では必死に打開策を練っていたのだ。
「マスター、私の胸に掴まって。」
「よし、分かった……!」
蛇遣いは宿り蛇・マキシの力を解除すると勢いよく猫好きAの胸へ飛び込んだ。
(導きの力も使えない、空中では猫の力も意味なし。と、なると──)
猫好きAは、蛇遣いを抱え込んだ。
「しっかり捕まっててよ。」
「ああ。」
猫好きAが瞳を閉じると、猫のモデルの力がすうっと解けていく。
ドクン、ドクン──。
猫好きAの心臓が、今までよりも大きく脈を打つ。
蛇遣いは、この一瞬で猫好きAの体温が突発的に上がるのを感じた。
スゥー─
大きく息を吸い込むと、猫好きAは光属性の力を解き放った。
「展開!!!」
そう叫ぶと同時に、猫好きAの背中には大きな光翼が現れた。
巡影最上で国を照らす彼らの象徴、あの光る翼である。
しかし、具現した猫好きAの翼は開かなかった。
(頼むよ……開いてくれ……)
「展開!」
「展ッ!!開ッ!!」
(これもダメか……)
力に制限のかかった猫好きAの身体では、光翼を開くことはできそうにない。
「ボス……?」
猫好きAに頭を抱えられた蛇遣いが声を出した。
「すまないね。成す術はないみたいだ。」
「そ、そんな……。」
こうしている間にも巡影は遠ざかり、どんどん下の方へと堕ちていく。
(──仕方ない、覚悟を決めよう)
「マスター。もうここは潔く運に縋ろうじゃないか。私たち、生きて逢えるといいね。」
「あまりにだろ、こんな最期……」
「大丈夫、天はいつだって私たちを見ている。こんなところで、死にはしないさ。」
そう言うと猫好きAは蛇遣いを抱き締め、機能を失った光翼で自分ごと包み込んだ。
───どれくらい堕ちたのだろうか。もう、腕の中の蛇遣いは話さなくなっていた。
猫好きAの視界も、段々とボヤけてきた。
(ダメだ……意識が──)
気を失ったふたりは、そのまま真っ逆さまに堕ちていった。




