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10 堕界 -Fallen World-

「うんま〜!」

「ねえ、一口食べさせて。」

「いいよ、私にも一口ちょうだい。」


飛猫と蛇遣いが話している近くでは、観光客がハーバルアイスを頬張っていた。


「皆、やっぱり最初は王道から攻めるんだな。」

少し周りを見ただけでも、白色のミルクフレーバーの割合が大半を占めていた。


「アイス、食べたい?」

「……俺は、いいかな。ボスは?」

「……私も、大丈夫かな。」


ふたりは顔を見合わせて、苦い笑いを浮かべた。


(晩飯までクレープだったもんな……。)


このふたりは昨晩、隠れ家でレディが焼きすぎたクレープ生地の消費に付き合ったがためにしばらく、甘い物を受け付けない身体になっていた。


「マスター。今日の夜は何か、さっぱりしたメニューにしよう。」

「俺も同じこと思ってたよ、ボス。」


デッキの手すりすぐ(そば)で完全に気を抜いていた、ふたり。


風船を持った子供が、手すり近くを歩いている。


最悪の条件が重なった時、そこで事故は起こってしまった。


「あっ!!私の風船!」


上にふわりと浮いた風船を掴もうと、少女が手すりを支えにジャンプした。


「カァ!」


蛇遣いの肩から勢いよく飛び立ったハトメが、飛んでいく少女の風船の持ち手を咥えた。


「ナイスだ!」


蛇遣いの声の直後に、今度は飛猫が手すりの外に飛び出した。


バランスを崩した少女が、手すりの外に落ちたのだ。


手すりから防護壁までは、まだ距離があった。


ヒトが落ちた時のことも考えて、デッキ周辺から防護壁にかけては余裕のある設計になっていた。


しかし──デッキ設計の問題から、手すりの下は斜面になっている。


体重の軽い少女は、転がっていく。


(……間に合ってくれ。)


少女を追いかけ、斜面を滑る飛猫。


自らの尻尾を操り少女の身体に巻きつけると、少女を手すりより高くに放り投げた。


「誰か……!受け止めて!」


手すりの近くに居た大人達は、アワアワしながらもどうにか少女の身体を受け止めた。


「ボス──!」


傾斜を滑り落ちた勢いも相まって、少女を投げた飛猫の身体は防護壁の方へ吹き飛んだ。


蛇遣いは飛猫をこちらへ引き戻すために、躊躇なく手すりを越えた。



(防護壁を越えたとしても最悪、ボスは飛べる。)


蛇遣いは半分まで傾斜を滑ると、防護壁を越えそうな飛猫へ手を伸ばしながら大きく飛んだ。


巡影の防護壁は外側からの攻撃には強い耐性を持つが、内側からの衝撃のことまでは考えられていなかった。


スルッと、飛猫の身体が防護壁を通過する。


(……まずい!!!)


「マキシ!!起きろ!!」


蛇遣いの叫びと共に彼の腕輪が光り、蛇遣いの伸ばした腕が大蛇に変わった。

蛇の宿る腕輪、酩酊輪(めいていりん)の力である。


大蛇の身体の長さで伸びた腕によりリーチを詰めた蛇遣いは、防護壁を越えたところで飛猫の腕に巻きついた。



「ボ……ス……!」

(飛んで!)


言い終わる前に、ふたりは巡影の外へと堕ちていった。


「キャー!!」


「ヒトが!ヒトが外に堕ちたぞー!!」


「おい……!誰か!騎士団かピューマに連絡しろ!」



現場は大パニックだ。


(なんだか騒がしいわね……。)


接客していたお姉さんは、順番を待つお客さんに「ちょっとすみません」と断ると、ワゴンカーの裏口から外へ出た。

お姉さんは、ヒトが群がる手すりの方へ小走りで向かった。


外を指差しながら慌てふためくヒトたち。騒ぎ立てるオトナに感化され、泣きじゃくる小さな子供。


「何があったんですか!?」


お姉さんは、その場に居たひとりの男性に状況を伺う。


「堕ちたんだよ、ヒトがこの外に。この高さじゃ、きっと助からない。」


表情を歪める男性。


「そんな、誰が──」


「……飛猫様と、マスターのあんちゃんだよ。」


「嘘……!!」


(どうしてあのふたりが──??)


お姉さんは、サーっと自分の身体の血の気が引いていくのを感じた。


「ふざけていたわけでも、本人たちの不注意でもない。手すりから落っこったガキを助けて、そのまま。」


「ヒトを助けてって……そんな……。」


「若くして勇敢なヒトほど最期はこう、あっけない。悔しい話だよな、まったく。」


「……なんで死んだって決めつけるんですか!!」


「わ、悪い。」


「あ、いえ、すみません……。」


お姉さんは、自分から情報を聞いたにも関わらず男性を責めてしまった。

気が動転していたのだ。

(嫌よ……お願いだから、マスターさんも飛猫さんも無事でいて──)


騒然としたデッキには観光を楽しもうとする観光客も、ベーグルやアイスクリームの列に並ぶ客もいつの間にかいなくなっていた。


お姉さんや他のヒトが立ち尽くすデッキの真上では、風船を咥えたハトメが羽ばたいていた。


ハトメは、シアンの管理下であれば自在に身体の大きさを変えることができる。

しかし、そのシアン(司令塔)も今はいない──。


この小さな身体で、ふたりを助けることは不可能だった。


それにハトメは、シアンから「俺に無断で防護壁の外に出るな」と口酸っぱく言われていた。


小さな頭で懸命に判断したハトメは、助けたくても助けることができなかったのである。


ハトメは、咥えていた風船を離すと素早く、シアンの元へ飛んで行った。

早く、隠れ家(インカーポッド)に異常を知らせるために。



──デッキの一番、端の席。

テーブルの上には水滴の垂れたまだ飲みかけのアイスコーヒー。

長椅子には、果物がぎっしりと詰まった紙袋が置かれていた。



「ハーバルアイス〜♪ 優しく朗らかなハーバルのメグミ〜♪ モ〜止まらない豊かな味わい〜♪ 」



アイスクリームの販売台車から聞こえる軽快な音楽が、沈んだ空気に響き渡る。


巡影のヒトが聞き慣れた"ハーバルアイスの歌"。


この瞬間に聴くそのメロディは、絶望に花を添える奇想曲(カプリチオ)のような重苦しささえあった。



上空都市・巡影帝国、飛猫の空中遊泳実施日。




少し肌寒い、秋の午前──。




蛇遣いそして、飛猫改め猫好きAは"堕界"を経験することとなった。





飛猫の中身は、"猫好きA"。


飛猫は、案内人の猫好きAを表す愛称でした。


それにしても、堕界してしまったふたりは無事なのだろうか──。

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