1 夢見の青年 -Dreamer-
リヒターズガーディアン、書き始めました。
まずは、青春後夜編。お楽しみください。
とある夜、僕は夢を見ていた。
誰かに連れられて夜の空を飛ぶ夢。
飛ぶというよりも空中歩行のような、空を歩っているような不思議な体験。
僕達の真下には夜景が広がっている。何色にも輝く人工的なネオンの点が暗がりによく映えていた。
──冷たい夜の空を、僕らは駆けていく。
僕を引く手はしなやかで、大きい。きっと男性の手だろう。
顔は、はっきりとは見えない。
そして僕の背中を押す影が、もうひとつ。
「リヒト、もう疲れちまったのか?」
「しょうがない人だね、まったく。」
ふたりの声が僕に向く。
(やっぱりふたりは男の人。それにしても聞いたことのない声。一体誰だ……?)
僕は尋ねたかった。あなたたちは誰で、僕とどういう関係なのか。
こんなに親しそうなんだ、きっと僕と何か関係があるに違いない。
僕に良くしてくれる人なんてそう居ないのが現実なのだから──。
口を開き、問いかけようとしたその時。
ディロンロロン、ディロンロロン──
「はっ。」
心地よいとは言えないアラーム音で目が覚めた。
夢の中で開きかけた彼の口は現実で中途半端に開いていた。発声を遮られた口の形を虚しくお持ち帰りしたのである。
「ん。」
梨人は静かに口を噤んだ。
誰かに見られた訳ではないのに、無性に恥ずかしかった。
僕の手を引いていた大きくて細い線の手、僕の背中を思い切り押す元気な男性──
(とうとう夢の中で友達を作り始めたのか、僕は)
僕には幼い頃、心の友達が居た時期があった。
一緒に大きな泥団子をペタペタと作ってくれた優しい友達。
ブランコで僕の背中をえいっと押してくれた、同い歳くらいの男の子。
誰にも内緒の、僕にしか見えない「その子」。その子の小さな影を目で追った毎日。
僕の創り出した「心の友達」は、サラサラとした少し長めの髪を靡かせながらよく走り、よく跳ねる活発な男の子だった。僕とは正反対のタイプだ。何故なのか名前は無く、ただそこに居るだけの友達だった。
保育園年中さんだった僕はある夜、テレビ番組の「奇妙な体験特集」で「心の友達」という存在を初めて知った。
「きっと寂しかったんだね、その子は。」
テレビから聞こえたコメンテーターのセリフが頭から離れなかった。
「寂しい子」
自分のことをそう言われた気持ちになった。
「その子」が「心の友達」と気づいてからというもの、その子は姿を現さなくなった。
僕は「寂しい子」ではない。だから梨人は考えることに、空想に蓋をした。
今思えば、それが正解だったように思う。
このことが知られてしまえば僕はまた、誰かの中で「おかしい子」「不思議な子」というレッテルを貼られることになる。
ただ僕としては、自分がおかしくても不思議でも大いに良かった。
更には、何かしら秘密があった方が人間は魅力的だろうとまで考えていた。
人と違う考え方、自分だけが見ることのできる景色。僕は、決して自分が嫌いではなかった。
しかし──自分を愛することはまだ難しかった。
誰かに手を引いてもらいたい。まだそんな子供じみたことを思う高校生だった。
夢は複雑で、偽物で、それでいて時に忠実だ。
きっと、今朝の夢だって僕の願望が故に創り出した虚像だったのだろう。
ディロンロロン、ディロンロロン──
アラームの音に意識を現実へと引き戻される。
(いけない、物思いに耽っていた)
「うーん。」
梨人は寝転んだ姿勢のまま大きく伸びをした。
ディロンロロン、ディロンロロン。
アラームが鳴り続ける。
まだ半分も開いていない目のまま手探りでスマートフォンを手繰り寄せると、顔の真ん前まで画面を持ってくる。画面とキスしそうな勢いだ。
梨人は、目がとても悪かった。
スワイプして大元のアラームを解除する。
実を言うと、彼のアラームは5分刻みに何重にも設定されている。
寝過ごしてしまう人の対策としてありがちな「追い討ちの目覚まし計画」である。
梨人は細かく設定されたアラームも素早くタップして解除すると、ポイっとスマートフォンを布団の上に放った。
「ふぅ。」
既存のアラーム設定音には何故、中途半端な音しかないのだろう。
最近このアラーム音が妙に気がかりで仕方ない。
良い一日は、良い目覚めから。良い目覚めは、良い音から。
アラーム音の質にこだわるには充分な理由だろう。
(少しでも、良い一日にしたいもんな。)
梨人は、ハザード感満載な音で毎朝目覚める母が未だに信じられないでいる。
あの音は心臓に悪すぎる。
もしかしたら、次は自衛隊かの如くラッパの音を設定し出したりして……と思ったりもしている。
彼は手を伸ばして布団の上からスマートフォンを取り上げると、もう一度画面に目を凝らした。
長方形の画面に青い波模様のシンプルな待受画像、白い文字で6時06分が刻まれている。
「……起きなきゃ。」
モゾモゾとパジャマとシーツを擦らせながら動き出す。
彼のパジャマは第二ボタンまで空いている。
冬であろうとリラックスしたい時に首の詰まった服は好きじゃない。締め付けから解放され、息苦しさとは無縁の状態で眠りにつく。それが彼のスタイルだ。
本当は服を脱ぎたいのだけれど──実家で暮らしているうちは、きっちりとしたい。
梨人は高校に上がると同時に眠りのプロへの道に足を踏み入れていた。
全ては、良い一日のため。
起きあがろうと突いた右手がコツンと何かに触れる。彼の横で無造作に転がったタブレット端末だった。
「あ……昨日、そのまま寝ちゃったんだ。」
うんしょと、頭上から眼鏡を取って掛けるとタブレット端末の画面に触れた。
サーッという清涼感のある音にピュイピュイと鳥のさえずりのハーモニーが流れる。
止めてあったウィンドウの再生ボタンが押されたのだ。
ピュイピュイ、ピチチチ──
「可愛いな。」
この音の正体は、昨晩検索していた「川のせせらぎfeat鳥ピヨ〜アルプスの向こうから〜」という少し変わったタイトルの自然環境音BGMで、なんとリアルタイムの音を24時間中継しているという。
「この音をアラームにするのも良さそう。」
臨場感が売りのBGMを彼は気に入ったようだ。
「アルプス……ここよりも田舎か。緑がたくさんで人は少なくて──。きっとここよりは綺麗なんだろうな。」
はぁ、と両手を布団に突いて天井を見上げた。
縮こまった体が伸ばされパキパキと背骨が鳴る。
梨人がこのBGMを気に入った理由は他にもありそうだった。
「──人が居る限り、どこへ行ったって同じか。」
そんなことをポツリと呟いてゆっくりと立ち上がると布団と毛布を部屋の隅に畳み、猫の抱き枕を手に取る。
この抱き枕は妹とデザイン違いだ。
僕は一番賢そうなこいつを選び、妹の紘は可愛いウサギを選んだ。
こいつは我が家で「ふて猫」呼びされている。目が座っていてふてぶてしいからだとか。
(このなんとも言えない表情がいいんじゃないか)
だれがなんと言おうと、こいつは僕のベッドの守護猫だ。毎晩、この守護猫が僕の疲れを緩和してくれるのだ。
(僕が、勝手にそう思っているだけだけど。)
畳んだ布団の上にふて猫をそっと置くと、部屋のカーテンを開けて日差しを浴びた。
父親譲りの茶色い瞳が黄色い朝の日光を受けて、より淡い色に透ける。
窓際には小さなペケダモンのマスコットフィギュアが置かれていた。
もう何年も前のもので、梨人が父と劇場版ペケダモンを観に行った時の特典だ。
そのマスコットは2匹のペケダモンが寄り添っているデザイン。
「ペケダモンでさえ、親友がいるのに。」
(何を考えているんだ。ペケダモンはペケダモン、僕は僕だ。)
朝からネガティブは良くないと顔をプルプルと振るうと、ドアノブにかけたヘアバンドをサッと取りペタペタと裸足で階段を下りていった。
朝の日差しに薄く照らされた梨人の部屋、畳まれた布団の上、そこに横たわる「守護猫」改め「ふて猫」。
板付きのかまぼこをひっくり返したような綺麗な半月目。
部屋に残されたふて猫は今日も今日とて、ご機嫌ななめな顔つきだが気のせいかどこか心配そうに見えた。
睡眠ソムリエの卵、スマホとタブレットのダブルパンチ。




