表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第3話 夢見る少女と堕ちた天才(2)


 真っ暗な視聴覚教室。

 昼食後の一番眠気を誘う時間。


 スクリーンに映っているのはアニメーション映画。

 縦横無尽に空を飛ぶ戦闘機。

 機関銃の音と、登場人物の叫び声。緊迫感のある音楽とともに、二艘(にそう)の飛行機は空で交差する。戦いはいよいよ最終局面をむかえ、片方の飛行機が煙を吐いて落ちていく。豚の顔をした人物が、キザな決め台詞を吐いてみせた。

 ツバサは、教室の一番後ろの席で、目立たないよう静かに座っていた。


 やがて終業のチャイムが鳴り、パチリと教室が明るくなる。

 いきなりの光に目がくらみながら、彼女は教壇に人が立つのを待つ。

 鈴原先生に紹介された人物。

 魔術(アーツ)の指導をお願いするため、ツバサは「彼」の授業に参加した。


 しかし、その教師は一向に姿を見せない。

 一人また一人と、ともに授業を受けた生徒たちは次々と教室から出ていく。

 途中で止まった映像を映したスクリーンも、窓を覆った暗幕もそのまま。

 そしてついに、彼女以外、教室に誰一人いなくなった。 


 ツバサはしばらくしてようやく気づいた。

 授業を受け持つはずの教師が、最初からいなかったということに……。


 問題児教師は、自らの授業をサボったのであった。




 魔術(アーツ)の博士号を持つ教授たちに与えられる研究室。

 ツバサがアカデミーの『研究棟』に足を踏み入れたのはこれが初めてだった。

 鈴原に描いてもらった地図をたよりに、紹介された教師の部屋を見つける。


 途中、彼女は何度か道を見失いかけた。

 ガラス越しに行われている実験に目を奪われ、大人や学生たちの話している魔術の話が彼女の興味を惹いた。

 同じ学校の中であるはずなのに、見知らぬ会社のオフィスに来ているように感じた。


 ツバサは扉の前に立ち、何度も部屋のネームプレートを確認する。

 研究棟の最奥、人気の少ない静謐な場所。


 『大空研究室』。


 鏡のような鋼に黒字のプレート。そのすぐ横に、室内に部屋の(あるじ)がいることを示すグリーンのランプが点灯している。

 ツバサは自分の胸に手を当て、ごくりとノドをならす。


 ――絶対に協力してもらえるようにお願いする――。


 息を落ち着かせ、はっきりと分かるようにドアをノックする。

 軽い音が廊下に響く。

 辺りはしんと静まり返っている。

 しばらくたって、ツバサはもういちど扉をたたいた。

 しかし、扉はうんともすんとも言わず、反応は無い。


 ――部屋に戻っていないのかな。でも、授業は無いって確認したし……もしかして帰ってしまったのかも――。


 彼女は不安になって後ろをちらりと振り返る。

 物音ひとつしないのは、やっぱり中に誰もいないからかもしれない。けれど、在室のランプが点灯している……。


 ツバサは恐る恐る手をのばし、冷たい扉の取っ手を指で触れた。

 そして、胸がどきどきしているのを自覚しながら、好奇心に負けて指先に力を込める。

 はたして扉は難なく横へスライドし、空いたすき間から室内が覗けた。


 その部屋は空っぽに思えるほど閑散としていた。

 研究室と呼ぶにはあまりに物がなく、彼女が想像していた研究機材や資料の束が山のように積みあがっているイメージと異なる。整理整頓されているとも違い、とりあえず部屋に最小限の物だけを残し、すべて片づけた後のような印象を受けた。


「失礼、します……」


 ツバサは少しだけためらったが、おずおずと部屋の中へ踏み入る。

 開け放たれた窓と、そこから入ってくる風にカーテンが揺れる。


 最初に抱いた印象と変わらず、研究室はやっぱり殺風景だった。

 正面の机の上にはタブレットが一台置かれているだけであり、厚めのファイルが数冊、まとめて立てかけられている。すぐ左手の壁際にはステンレス製の収納棚が無機質に並んでおり、右手には背の高いパーテーションで仕切られていた。


 ツバサは部屋のなかを見回しながら、そろりそろりと進んでいく。部屋は彼女が思っていたよりも広く、中に入って初めて、部屋の右手に奥行きがあることに気づく。

 そしてそのとき、窓から吹き込んだ涼しい風が頬と髪を撫で、彼女はとっさに目をつむる。

 

 ふたたび目を見開いたとき、仕切りの影からふっと丸いモノが姿を見せる。

 それは、色鮮やかな紙風船。


 バレーボールよりも一回り小さく、大人が片手の五指を広げた大きさの五色の球体。

 その球が次々とツバサの目の前を漂ってくる。

 けれど、不思議なことにそのどれもが、磁石の狂った羅針盤のように方向を失っていた。

 くるりくるりと右に回転していたものが逆方向へ回りだすかと思えば、上へ下へ、はたまた斜めの方向へと無軌道な動きを見せる。

 

 ――シャボン玉みたい――。


 ツバサは風船に見惚れ、無意識に追いかけるように手を伸ばす。

 しかし、紙風船は水の中を泳ぐ魚みたいに逃げていく。

 彼女はさらに一歩。

 部屋の奥へと足を踏み入れ――部屋の奥にいる一人の若い男を見つけた。


 大空ギンガ――彼女の探していた教師。

 常識から外れ、型破りな思考を持ち、変人と呼ばれる男。


 そして、現代魔術の世界で、もっとも『魔術師(ウィザード)』に近いと言われる才人(てんさい)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ