4話
ネックレスのことを思い出すと、胸の奥がじくじくと痛んだ。
十年前の、あの青い石。
その光を、いつも嬉しそうに胸元で揺らしていた、瑞希の笑顔。
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「ねえ誠、ちょっと来て」
放課後、教室の片隅で、瑞希が手招きしていた。
「なに?」
「これ、見てよ」
差し出されたのは、小さなメモ帳。
そこには、クラスメイトたちの好きな食べ物がびっしり書かれていた。
「……なにこれ?」
「文化祭の模擬店、何やるかで揉める前にね、先回りして意見集めてみた」
誠は呆れたように笑った。
「それ、お前がやる必要ある?」
「だって、まとめ役の子、大変そうだったし」
「……ほんと、変わらないな」
瑞希は、いたずらっぽく笑った。
「何が?」
「……まあ、いいや。ありがとな」
「えっ、今の感謝? 聞いた? 私、今の録音しとけばよかった!」
「ちょ、やめろって」
からかい混じりの笑顔が、ふっと浮かんでは消えていく。
思い出すたびに、胸がぎゅっと締めつけられた。
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瑞希は、すごく目立つ子じゃなかった。
でも、いないと困る子だった。
空気を軽くする。
人を見ている。
相手の弱いところに、自然と手を差し出せる。
けれど――
そんな彼女だからこそ、自分の弱さには、誰も気づかなかったのかもしれない。
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「ねえ誠、もし私がさ……」
ある日の帰り道。瑞希が急に立ち止まった。
「もし私がいなくなったら、どうする?」
ふざけた調子で言った言葉。
誠は笑い飛ばした。
「なにそれ、そういうのやめろって」
「ふふ、だよね」
瑞希は少し寂しそうに笑った。
それが、最後の“予兆”だったのかもしれない。
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あの日の言葉。
笑って聞き流さなければ、何か変わっていただろうか。
(いや……そんなの、わからない)
頭ではわかっていても、心が許さなかった。
許せなかったのだ、過去の自分を。
あの頃の瑞希は、さりげない優しさのかたまりだった。
特別なことは何もしていない。
でも、彼女がそばにいるだけで、少しだけ周りが救われていた。
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「あー! 消しゴム落としたー……」
クラスの隅で、泣きそうな声を上げたのは、まゆかという女の子だった。
瑞希はすぐにそばに行った。
「机の下だよ、ここ。ほら」
しゃがんで拾い上げて、優しく手渡す。
まゆかが恥ずかしそうに「ありがとう……」と呟くと、
瑞希はにっこり笑って、
「いいのいいの、みんな一日一回は物落とすって!」
と、笑い飛ばした。
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周りが見落とす小さなことに、瑞希は自然と気づいていた。
でも、彼女自身が困っているとき、助けを求める姿はほとんど見たことがなかった。
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「誠、今日のノート貸してくれない?」
「どうした、サボったか?」
「違うよ、ちょっと用事で途中抜けてただけ」
「……まあ、いいけど」
ノートを渡すと、瑞希は嬉しそうに笑った。
「ありがとう! さっすが誠、頼りになる」
「……お前、ちゃんと返せよな」
「うんうん、明日きれいに書き写して返すよ!」
その笑顔の裏に、何を抱えていたのか――
当時の誠は、気づくことさえできなかった。
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ふとした瞬間、瑞希の背中はとても遠かった気がする。
クラスの輪の中にいて、みんなを笑わせ、場を和ませる彼女。
でも、自分の弱さを話せる相手が、果たしていたのだろうか。
誠は、胸を詰まらせながら思った。
(……瑞希、なんであのとき、何も言わなかったんだよ)




