第九十四話
桜ヶ守小学校6年1組の子供達は、卒業式を終え、教室の窓辺に集まって談笑していた。
入学から初音以外の5人は同じクラスで、同じ時間を共有してきた仲間だ。
桜ヶ守小学校の最後の児童として、大好きな学校に別れを告げ、これから共に中学校へと進学する。
学校は彼らが作った絵本と過去の記録の中にだけ残る。
初音は最後の1年だけを彼らと共に過ごした――そして、ここで彼らとも別れる。
皆が談笑する中、初音は1人窓から外を眺めていた。
「予感がする」と、学校に行く前に、初音は家族に話していた。
さくらは卒業式が近い頃に来ると約束してくれた。
具体的な日付については、かくれ里に戻ってから両親らと決めると。
なので、初音には伝わっていない。しかし初音には不思議な確信があった。
今日、卒業式の後。さくらが来る。
だいぶ暖かくなった風が窓から吹き込み、初音の桜色の髪をなびかせる。
と、ふと教室が静かになったことに気付いた。初音は振り向き、級友たちがどこか緊張している…
というより、理一が妙に力んでいて、寿司と真登がそれを見守り、渚は呆れ、寧々子は我関せずとニヤニヤしている。
卒業式の後ということを差し引いても、明らかにいつもと違う様子だ。
「みんなどうしたの?」
と初音が尋ねると、理一が急に姿勢を正した。ガタッと音が聞こえたほどだ。
ギコギコに緊張し、左右の手足を同時に動かして初音の前まで歩いてくる。
緊張と言うか興奮というか、鼻息荒く眼がカッと開き、とにかく凄まじい表情で顔は真っ赤だ。
つられて緊張し、初音も居住まいを正す。と、理一が口を開いた。
「は、はなさき、はつねさん!!」
突然丁寧語で呼ばれ、驚愕する初音。
「はいっ!?」
「おおおお俺、はなさきさんのこと、好きだったんです!」
「えっと…は、はいっ」
「つつつつつつきあってくらさいっ!」
理一の一世一代の告白……なのであろうかと、初音は理解できず、級友たちに無言で助けを求める。
が、誰も答えなかった。先刻と同様、見守る寿司と真登、呆れている渚、楽しそうな寧々子。
そして当の初音自身は、すぐには言葉の意味が理解できず、これまた混乱していた。
恋の告白だということを理解したのは、少し考えてからだ。
思い返せば、それらしい挙動があったような気はする。
手を差し出す理一。
彼も初音とさくらのことは知っているはずで、断られることは理解しているだろう。
だが周囲が冗談めかす中でも、彼が真剣であることは判った。
さくらに恋を告白した自分もまた、真剣であったからだ。
勇気を振り絞ったのだ――その勇気に敬意を表し、初音は丁重に断った。
「さくらちゃんのお嫁さんになるので、できません。ごめんなさい!」
「だよなぁ~~!」
ぺこっと頭を下げる初音の前で、理一は膝から崩れ落ちた。
渚が深いため息を吐き、寧々子は楽しそうにけらけら笑う。
「いや~バッサリだったね! 真っ二つだ! ワハハ」
「ホントですわ。だからやめておけとあれほど…」
恐らく、事前に初音以外には相談していたのだろう。
が、渚の理性的な制止も振り切り、理一は告白を決行したのであった。
その結果が玉砕。
悲惨と言えば悲惨だが、何も言えず恋心を燻ぶらせるよりはむしろ良いくらいだ。
「…理一君は……勇気ある人…」
褒めたたえる真登に、寿司もうなずく。
「まさしくです。玉砕を知りながらも告白する蛮勇の極み、さすがボクらの理一クン!」
「うるせえよ! まったく褒めてないよなそれェ!?」
級友たちがからかっているのか褒めたたえているのか最早わからないが、理一も理一で立ち直りは意外に速かった。
結局、理一は玉砕から数十秒で立ち直り、初音にもう一度礼をして、寿司の隣へと帰った。
理一自身がこの玉砕を引きずる様子は無さそうである。初音は安堵した。
初音はもう一度、窓の外を眺める。
校庭に並ぶ桜の樹の枝には、既にいくつか花が咲いていた。
さくらが言っていた、桜の花が咲く頃――今まさにその時だ。
だが、学校に来る気配は無い。家で待っていた方がいいのだろうか、と初音は考える。
そこに千歳がやってきた。全員が自席に戻り、彼女を注視する。
卒業生たちの前で穏やかに笑う千歳もまた、今日で桜ヶ守小学校の職員を終える。
子供達を無事に卒業させることができ、彼女も満足そうだ。
廊下からは保護者達の声が聞こえる。初音の式を見に来たのは実と成子だ。
彼らは最後のホームルームが終わるのを待っているのだろう。
「皆さんとは、今日でお別れね。入学からずっと、色々なことがあったけど。
皆さんのクラス担任になれて、私はとても幸せでした。
初音さんも。去年の春に転校してきたばかりだけど、皆と同じで私の大事な生徒です」
「先生……」
「先生は、これからどうするの? またどこかの学校で先生になるの? また会える?」
寧々子が問うと、千歳は少しだけ哀しそうに笑った。
「他の県の児童センターで働くことになったの。先生の生まれ故郷よ。
会えなくはないけど、すぐ会えるわけではないわね」
「そんなぁ…」
落ち込む理一。
理一だけではない、初音以外の子供達は、ずっと千歳と一緒に勉強を続けてきたのだ。
寂しがり、うなだれる面々。初音もまた、千歳と彼らが会えなくなるのを、寂しいと思っていた。
卒業アルバムには彼女との授業の写真もある。
だが、中学生となった所で、会いたいからと会いに行けるわけでもない。
さりとて、故郷に戻るという彼女を止められる権限など、子供達にあるわけもない。
学校のみならず、大好きな担任教師とも会い難くなると知って、子供達も涙を流した。
「でも、皆ならきっと大丈夫。あんなに怖い事だって乗り越えたんだもの」
そう言う千歳の目も涙ぐんでいた。大事な生徒との別れは、彼女にとってもつらいのだ。
そして千歳は、次の仕事場でも子供達を導くのであろう。
――卒業とは、別れである。
愛し続けたものと別れ、新たな旅立ちの時を迎える日。
二度と戻らぬ愛おしい瞬間の思い出は、旅立つ者達を支えていく。
最後のホームルームを終え、皆教室から出た。
校門の前に出たところで、6-1の面々は千歳を中心として、写真を撮影した。
その場でSNSグループを通じ、全員のスマートフォンに転送される。思い出がまた一つできた。
桜の花びらが舞う中、写真の中でも大好きな先生が共にいる。子供達は笑顔であった。
そして子供達は保護者と共に家に帰る――はずだが。
帰宅の直前、寧々子が初音に尋ねた。
「さくらちゃん、いつ来るの?」
今の所、まだ来る気配は無かった。
明確な日付を約束されたわけではないが、それでももうすぐ来るという予感が、初音にはあった。
「多分、そろそろ。でもどこに来るか…」
その時、初音の脳裏にいつかの光景が浮かんだ。
さくらが『かくれ里』へと帰った日の早朝。家の桜の樹の根元に、下駄と蹄の跡があった。
かくれ里へ通じる扉のようなものがあるのではないかと、その瞬間は思ったが。
恐らくは――
「…うちに…帰ろう。お父さん、お母さん、お願い」
さくらが現れる場所の見当がついた初音は、両親の袖を引く。
初音が急いでいることを知り、実も成子も自家用車に急ごうと歩き出すが。
「ええ」
「わかった。少し急ごうか」
「あ、あの! おじさん、おばさん!」
そこで理一たちが初音たちに追いすがった。
「ボク達も行っていいですか?」
「さくら様にはお世話になりましたし、初音さんのことも、お見送りしたいですわ」
「……おねがい、します…」
理一に続き、寿司、渚、真登も同行しようとする。
さくらが来るのだと、そして初音がさくらと共にかくれ里へ渡るのだと、彼らも勘付いたのだ。
驚きつつ、実と成子はうなずいた。
「わかったわ。ちゃんとご家族に伝えていらっしゃい」
「子供達は私が送ります。花咲さん達はお急ぎください」
「はい!」
千歳に促され、初音たちは自家用車に乗り、自宅に急いだ。
続いて子供達が保護者に了承を取ると、千歳の車で後についてくる。
花咲家に到着、先に初音が降りると、玄関まで茶太郎ときのめが迎えに出た。
家には2人以外がいる気配は無い。裏庭も覗くが、誰もいない…
予感が外れたかと、初音は落ち込む。
実と成子、6-1の子供たちと千歳も降りてきて、まだ迎えが来ないことを悟った。
「お祖母ちゃん、さくらちゃんは!?」
「わふ?」
「お帰りなさい。まださくらちゃんは来てないけど…あら、皆さんお揃いで」
大人数の来訪にきのめは驚く。が、すぐに笑顔になって全員を迎えた。
初音が急いでいた理由も、級友たちが来た理由も、彼女は判っているようだ。
「せっかくだから、皆さんお茶でもどうぞ」
「そうだね。どうぞ、みんな上がって」
きのめと実に促され、子供達と千歳がお邪魔しますと言いながら上がる。
その光景を横目に、初音は裏庭の桜の樹に近付いた。
この桜の樹の下で出会った日を思い出す。
さくらが眠ったまま200年、この場所には蔵が封印されていた。
出てきた途端にさくらが自らの手で粉砕してしまい、その後は必要な物だけを取り出して、家族総出で後片付けをした。
もう破片の一つも残っていない。
「来るって思ったんだけど…外れちゃったかな…」
頭上を見上げると、桜の花は満開だった。
朝の天気予報で言っていたが、今年は桜の開花が例年より少しだけ早いらしい。
しかし、さくらの来訪とは何も関係ないようだ。
開花と共にさくらが訪れて…というロマンティックな光景は、期待できそうもない。
「わふっ」
足元で茶太郎が一声鳴いた。初音の様子を心配してついてきたようだ。
皆と一緒に待とう、と言っている。初音は茶太郎を抱き上げ、頭を撫でてやる。
「そうだね。待ってれば、きっと来るよね」
「わふ!」
茶太郎の声にうなずき、初音は玄関から居間に上がった。
初音の荷物は既にすべてまとめ、段ボール箱に入れて居間においてあった。
級友たちはそれを見て初音が旅立つことを実感したのか、どこか悲しげだ。
初音と茶太郎は窓の傍に座った。
さくらが来たらすぐ判るよう、居間の窓は開いている。
「さくらちゃん、何時ごろに来るとか言ってたのか?」
初音に尋ねたのは理一だ。先刻初音に振られたはずだが、やはり既に立ち直っていた。
寿司らも何も言わないあたり、理一と同じくさくらが来ることを疑ってはいないらしい。
「桜の花が咲く頃、卒業式の頃くらいに来るって…
それだけ言われたの。時間とかは全然」
「じゃあ来るって判ったのは、何なんです?」
「うん、何て言うか…予感がしたから」
「予感…予知能力…第六感…それともそれ以外の…」
寿司の質問にも疑いなく初音は答えた。
問答の最中、真登が初音の回答を聞いて考え込む。
「それにね、さくらちゃんが約束してくれたんだもの。
さくらちゃんは、とってもまじめで…優しくて、約束を守ってくれる。
だから、今日来ると思うの」
「鬼になって、わかるようになったんですの?」
「ううん、多分――さくらちゃんだから」
鬼力とも関係のない予感らしい。それはもう、愛と言うしかなかった。
なるほど理一が敵うわけが無いと、理一自身も含め、子供達も内心で納得していた。
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次回、最終回。




