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見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
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第九十話

肌色注意(文字だけど)


 さくらの濡れた髪が一筋、初音の頬に張り付く。

高鳴る鼓動が互いに伝わる。耳元で聞こえるさくらの息遣い。


 「初音」


 さくらの囁きが耳元で聞こえた。どこか悲し気な声だった。


 「さくらちゃん…?」

 「……初音。お主が鬼になった時、哀しかったのは、まことだぞ」


 さくらの言葉にぎゅっと胸が詰まる思いがして、初音は再び目を逸らした。

だが、初音を責めているわけではないのは、次の言葉ですぐに判った。


 「…だがの、お主を…好きになって、胸に花が咲いたのも、まことなのだぞ」

 「胸に…花…」

 「うむ。お主と同じじゃ…」


 胸に花が咲く感覚。初音がさくらに恋した瞬間のそれが、さくらにもあったという。

初音は体の向きを変え、正面からさくらと相対する。

さくらの美しい姿、物悲し気だが愛情に満ちた瞳に、初音の胸はまた高鳴る。


 「前にお主、わらわが大事と言うてくれたであろ。

  あの時、確かにわらわの胸にも花が咲いたのじゃ。

  わらわを真っ直ぐ見つめる目に、大事と思うてくれるお主にの」

 「さくらちゃん…あっ」


 さくらが初音の手を取り、自らの胸に触れさせる。

鼓動が伝わる――これまでにない程、大きく強い鼓動だ。

千年以上生きた少女の初めての恋が、自分に向けられていた。

僅かな動揺、さらなる胸の高鳴り。互いの鼓動が耳に聞こえる程、大きくなっていると錯覚する。


 「好きじゃ、初音…」


 改めての告白――初音もさくらに身を寄せた。額と額が触れあう。


 「私も…私も、好き…さくらちゃん」

 「初音…」


 湯船の下で、二人の手が重なった。

と、さくらの視線が僅かに下に向けられた。初音の胸の鬼桜の紋を見ている。

つられて初音も胸元を見下ろした…花びらの形の紋様が5つ、桜の花の形に並んでいる。

湯船の中でも淡く光るのが見えた。鬼力を発現させなくとも、常時光り続けているらしい。


 「…さくらちゃんがこれをくれたおかげだよ。

  さくらちゃんと会えて、こうしてお互い好きって言える…」

 「うむ。色々あったが…お主を助けて良かった」


 僅かにためらったのち、さくらが指先で鬼桜の紋に触れる。

恐るべき運命に巻き込んでしまったことを謝罪していたさくらが、今では出会いを喜んでいた。

互いが愛情で結ばれていることを確かにする一言だった。

そして目の前のさくらと、再び目線が合う。

見たことも無い程に幸福そうな微笑みに、初音もまた幸せな気持ちになるのであった。


 …が。2人の額や頬を、だらだらと汗が流れていく。

湯船の温度に加え、目の前に愛する者がいるという状況のせいである。

2人きりの時間に夢中になっている間、すっかり体温が上がってしまっていた。

さくらが壁にかけてあったタオルを手に取り、自分と、次いで初音の汗を拭く。

もちろん体温が上がっているので、拭いた程度でおさまるわけがなかった。

甘い言葉をささやき合ってのこの汗で、なんとも締まらない状況である。


 「のぼせちゃったね…」

 「うむ。早よう上がろうかの」


 そろって浴槽から出ると、さくらがシャワーの温度を下げて水を出し、タオルを濡らして初音の額や頬に、次いで自分の顔に軽く当てて冷ます。

その後浴室から出て体を拭き、パジャマを着て脱衣所から出た。

赤くなった頬で、揃ってはふぅと息を吐き出す。

居間に戻ると成子が苦笑しながら迎え、窓を開けた。


 「随分と長風呂だったじゃない。もう、2人そろってすっかりのぼせちゃって」

 「うん…ちょっとその、暑かったから」


 何となくぼやかすような初音の答えに、成子と実が顔を合わせて笑った。


 「寝るなら少し体を冷ましてからの方が良いぞ、2人とも」

 「そのまま寝たら、汗かいちゃいますからね。はい、どうぞ」

 「かたじけない、おばあ殿…」


 きのめから冷たい麦茶の入ったコップを2つ手渡され、さくらが受け取って片方を初音に手渡した。

力を入れぬ様にそっと受け取る初音。ガラスなので、特に注意が必要だ。

幸いヒビが入る音などは聞こえなかった。僅かながらも練習したおかげである。

初音とさくらは麦茶を一口のみ、またも大きく息を吐いた。

冷たい麦茶と涼しい夜風で体が少しずつ冷えていく。

そこに、きのめに続いて茶太郎とコロ左衛門がやってきた。

2匹とも全身を洗ってもらい、毛並みがふかふかだ。


 「わふっ!」

 「フニ~」


 早速初音に寄り添う茶太郎、さくらの膝に座るコロ左衛門。

茶太郎の尻尾の付け根には、初音の鬼桜の紋と同じ色と形の痣があった。

こちらは光ってはいないものの、後ろから見ると目立つ。

とはいえ、尻尾の付け根の花模様ということで、すっかり新しいチャームポイントとなっている。

初音はそんな茶太郎の痣を眺めつつ、背中を撫でてやった。


 「よしよし。茶太郎も頑張ったね」

 「わふ~」


 心地よさに茶太郎の頬もゆるむ。

対するコロ左衛門は、すっかりさくらの膝の上でだらけていた。

もふもふと撫でまわすさくらの手に身を委ね、心地よさそうであった。


 「大儀であったぞ、コロ左衛門。…おいていったのは、済まなかったのう」

 「フニ~」

 「まあまあ。こうして共に生きて帰ったのじゃ、赦せ」

 「フニ~」


 相棒の手でモフッとひと撫でされ、結局コロ左衛門は宥められてしまったのだった。

少しだけ拗ねたような、しかしいつもと同じ眠たげな顔のコロ左衛門の姿に、花咲家の面々は小さく笑った。



 家族がかわるがわる入浴を済ませ、すっかり夜も更けた。日付が変わるかという時間。

麦茶と夜風で初音とさくらの体の熱もおさまった。

うつらうつらとし始めた初音が、眠りかけてさくらの肩に寄りかかった。

触れ合った感覚ですぐに目を覚まし、初音は謝るが、さくらは鷹揚に初音の桜色の髪を撫でてやった。


 「あ、ご、ごめん…」

 「良い良い。疲れたであろうし、もう寝るが良い」

 「ん………でも…」


 素直に就寝しようとしない初音に、どうしたのかとさくらが首をかしげる。

目をこすりつつ初音は答える。


 「もっと、さくらちゃんと一緒にいたい…

  朝になる頃には帰っちゃうんでしょ…? だから、もっと…」


 その先は続かなかった。答える代わりであろう、さくらに優しく抱き寄せられる。

温かさと細腕の優しさに胸が高鳴る…その一方で、疲労から来る眠気からは逃れられない。

コップをちゃぶ台に置くと、初音はさくらに寄りかかり、自身の肩に置かれた手を優しく握る。

もっと起きて、さくらと話して、触れ合いたいのに。

逃れられない疲労と眠気が、そんな小さな望みを妨げる。

優しく、あやすように撫でるさくらの手が、その眠気を助長した。


 「…初音、今宵はもう眠るが良い。

  帰るまではわらわが一緒にいてやる」

 「やだ……」

 「これ。それでは明日寝坊して、昼を過ぎても学び舎に行けぬぞ」

 「んー…」


 それは嫌だとばかりに首を振り、初音はどうにかして目を覚ました。

良い子だとさくらは初音に肩を貸してやり、揃って立ち上がると洗面所へ向かう。

茶太郎とコロ左衛門も、2人についていく。


 「ではおやすみ、皆の者」

 「おやすみなさい。明日は何時ごろに出るの?」


 朝食を作るために早起きするのであろう成子が、出発の時間を問う。

さくらは時計を見て答えた。


 「うむ…明け六つ(午前6時)か少し前くらいかの」

 「朝ご飯はどうするの? よかったら食べていく?」

 「うむ…では、お願いしようかの。

  ――おとう殿、おかあ殿、おばあ殿。おやすみ」


 就寝の挨拶。だが今夜のさくらのそれは、事実上の別れの挨拶でもある。

初音を迎えるために再び現世(うつしよ)に現れることはあっても、その後はそのままかくれ里へと帰るのだ。

再び花咲家の大人たちがさくらに会えるのは、その時だけである。

巌十郎が言うには次の春。年が明け、恐らく3月ごろ。日付は定まっていない。

一か月にもならぬ短い間だったが、実たちもさくらのことを大切な娘のように思っていた。

しかしさくら自身から、改めて別れの挨拶を切り出されると、やはり別世界の存在だと実感する。

それをあえて口に出さず、実は同じく就寝の挨拶で答えた。


 「うん。おやすみ」


 そう言うと、さくらの目元がすこし悲し気にゆがんだ。

だが何も言わずにさくらは背を向け、初音と一緒に洗面所に行き、歯を磨いた。



読んでいただきありがとうございます。

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