第八十九話
本エピソードより、最終回まで毎日更新となります。
肌色注意(文字だけど)
脱衣所で揃って服を脱ぐ2人。
一緒に入浴するのはいつものことだが、今となっては急に互いのことを意識してしまう。
愛する者が一糸まとわぬ姿となる…となれば、緊張もやむを得ない。
横目で互いをちらちらと見ては、恥じらいに脱ごうとする手を止める2人。
ふと見えるさくらの褐色の肌艶に、初音はたちまち顔を赤くしてしまう。
一方のさくらもまた、初音の背中や腿にふと目を向けてはすぐに逸らす。
無論、いやらしい目で見ているわけではない。
さくらが以前平気だったのは、初音があくまで庇護の対象であったからだ。
そして初音はといえば、さくらへの恋を自覚したことで、さくらの美しさや色っぽさに、より鋭敏になっている。
何しろ今では互いに愛を告白した仲であり、花嫁となる関係である。
愛する者の生まれたままの姿に恥じらっているだけである…と、初音は思っている。
「………あの、さ…今更だけどさ…」
互いに頬を染め、目を逸らしながら初音が問う。
「うん…?」
「お母さん、先に入っちゃえって言ってたけど…
別に、その、一緒に入らなくても、よかったんじゃないかな~なんて…」
「………」
さくらもまた、今更になって気づいたようだ。
成子が言ったのは、あくまで風呂に入れということだけであり、一緒に入れとは一言も言っていない。
疲れていたことと、いつも一緒に入浴していることを思い出し、2人揃って冷静な思考を失ってしまったのだ。
さりとて既に服は一部脱いでしまっており、汗に濡れた服を今更着るわけにもいかない。
服を脱ぎかけの状態のまま、2人はしばし迷っていたが。
「…さ、先に入っておるぞっ」
さくらがババッと急いで脱ぎ去り、先に浴室に入ってしまった。
一瞬だけ安心したが、結局は一緒に入浴することに変わりないのだと、初音も覚悟を決めて服を脱ぐ。
その後一つ呼吸をして心を落ち着かせ、力を抜いてタオルを掴み、そっと浴室のドアを開けて入る。
ちなみにノブはまだ取れたままで、中からつっかえ棒でドアを閉じるようにしていた。
そしてさくらはすっかり湯沸かし器やシャワーの操作に慣れたらしく、シャワーの温度を手のひらで確かめている。
室内は湯気で覆われていた。
「…」
背を向けているさくらの美しい後ろ姿に、初音は思わず目を逸らした。
露わになった褐色の肌は相変わらず艶やかで、強靭な鬼の肉体や桜色の髪と合わせ、健康的な美しさを醸し出している。
胸が高鳴っている――頬も熱い。きっと、すでに気づかれているだろう。
よく見るとさくらの耳も真っ赤だ。振り向けず、背を向けて誤魔化しているのかもしれない、
「初音」
さくらが呼ぶ声に、初音はビクリと肩を震わせた。
「は、ひゃいっ」
「座るが良いぞ。今日はわらわが背を流してやる」
腰掛を指し示すさくらに従い、初音は座って背を向ける。
背後からシャワーの音にまぎれて、さくらの息遣いが聞こえる。
緊張しているのか、深呼吸を何度も繰り返していた。
「…さくらちゃん?」
「す、済まぬ。まず髪を洗うぞ。目を閉じるのだ」
さくらに言われて目を閉じた初音の髪に、シャワーの湯がかかる。
温かな湯が額から顔を流れ、頬を伝い、唇や顎からしたたる。
その最中、そっと髪の間にさくらの指先が入り込むと、初音は最初に驚き、次いで心地よさに浸る。
濡れた髪の間をさくらの指が滑り、時折耳や首筋に触れては、初音はくすぐったさと心地よさで肩を震わせた。
時折吐息が漏れると、さくらの手はわずかに止まる。
「…初音の髪は綺麗じゃの」
さくらの指が愛おし気に初音の髪…桜色となった初音の髪を梳いていく。
突然の優しく甘い声に、初音の心臓は跳び出しそうなほどに高鳴った。
「そ、そう…?」
「うむ。不思議じゃの…お主と出会ったばかりの時は、そうは思わなんだのだが。
今はしかと判るぞ。鬼となる前も、今も。お主は綺麗じゃ」
「っ……」
のぼせてしまうかと思う程、初音の頬は熱くなった。
顔は見えないが、さくらも似たような表情なのではないか。
肩に置かれたさくらの手は、それだけで初音への愛おしさを示すように、優しくあたたかかった。
続けて、さくらは泡立てたシャンプーを手に取り、初音の髪を洗い始める。
くすぐったさには慣れたが、さくらに己の髪を委ねていると、初音はどこか落ち着かない。
お互い一糸まとわぬ姿だからであろうか…
それでもさくらの指の動きの丁寧さと優しさに、初音は陶然とし始める。
やがてさくらの声がかかり、初音は我に返った。
「流すぞ」
「うん」
シャワーの湯がかかり、泡が桜色の髪を流れていく。
全て流したところでさくらは初音の髪を拭き、タオルを巻いて髪をまとめた。
「背中も流してやろう。…前は、済まぬが自分で洗っておくれ」
以前、自分が言ったのと全く同じ言葉だと、初音は当時の事を思い出した。
初音が少しだけ振り向くと、さくらはボディーソープをスポンジに垂らし、絞って泡立てていた。
初音の姿を見てしまわぬためか、下を向いている。下がる前髪の間から見えた頬は赤い。
目が合わぬよう、初音はすぐに正面を向き直した。
その背にスポンジが触れ、押し付けられて滑らかな動きで上下する。
が、背筋に突然の感触が走った。
「ぴゃっ!」
スポンジの上下と合わせ、突然さくらの指先で背筋をなぞられたようだ。
くすぐったさに初音の体は小さく体が跳ねる。
「す、すまぬ…痛いか?」
「ううん、くすぐったいだけ…くすぐったいだけだから」
「なら、良いのだが…痛かったら素直に言うのだぞ…」
「うん…」
初音の返答の後、さくらは何度か深呼吸し、慎重にスポンジを動かした。
丁寧に丁寧に。肌を傷つけぬよう、さくらは初音の背を洗う。
頬だけではなく、背中も熱い…今しがた触れた指から、熱が伝わっただろうか…初音は様々なことを考えてしまう。
触れられることへの期待ではなく、あくまでも半分パニックになっているが故である。
洗い終わったさくらからスポンジを受け取る初音。
力を籠めれば圧縮してしまうであろうそれを、握りつぶさぬよう力を抜いて握り、体をこする。
一方、背後ではさくらが自分で髪を洗っている。
何度か初音に洗ってもらううち、自分で洗う方法も憶えたようだった。
時折2人の肌が触れ合い、互いに驚いては謝る。
そのたびに髪の間から覗く頬が赤いことに、互いに気付く。
初音は体を洗い終え、替わって体を洗い始めたさくらからシャワーを受け取り、体に湯をかける。
迂闊に引っ張ればホース部分を引きちぎってしまいかねないので、慎重に。
その際、床に座ったさくらの姿が見えた――肩からなだらかに続く背中のラインに、そしてその体躯の小ささに、初音はドキリとする。
こんなにも細く小さく、そして美しい姿のさくらが、魔妖夷と闘い続け、先ほど自分と共にスクナを斃した。
少しだけ信じられない思いになり、初音はもう一度振り向く。
「…どうかしたか、初音――」
目が合った。すぐさま初音は前に向き直る。
先刻と同様、さくらの頬や耳も赤くなっていたのが見えた。
褐色の肌を伝い、シャワーの湯の雫が足から床へと流れていくのが、やけにはっきりと目に焼き付く。
「…ううん、何でもない……」
「そ、そうか…」
交わしたのはその一言二言だけ。初音はすぐに体の泡を洗い流した。
タオルで髪をまとめ、湯船に浸かろうと、初音はバスタブに手をかける。
プラスチック製のバスタブは、いつもなら頑丈で弾力があるのだが、今はやけに柔らかく感じた。
力の入れ方を間違えたらひしゃげさせてしまう…落ち着き直し、1つ呼吸して心を落ち着かせ、そっと縁に手を掛けて湯船に浸かった。
さくらが体を洗うのを横目に、初音はあごのあたりまで湯船に浸かり、体を温めた。
魔妖夷、それもスクナを相手にした初めての闘いということもあり、疲れた体にお湯の温かさがしみ込む。
はふ、と大きく息を吐き、浴槽の縁に寄りかかる初音。
さくらも全身の泡を流すと、シャワーの湯を止めてタオルで髪をまとめ、湯船に浸かった。
上気してほんのり赤く染まる肌が、以前よりも色っぽさを感じさせ、初音は目を背ける。
湯船の中で脚と足が触れ合い、互いに気づいて思わず身を縮こませた。
子供2人が入るには広くはない浴槽の中、殆ど密着するような位置で二人は並んでいる。
今のようにいつ体が触れ合うか。気が緩んだ状態だけに読めず、初音はぎりぎりまでさくらから離れようとする。
もちろん触れるのが嫌なのではなく、美しいさくらに触れるのが恥ずかしいだけだ。
が――目を逸らした瞬間、細腕に引き寄せられる。
さくらに抱きしめられたと気づいたのは、細い両手が両肩に回ってからだった。
頬と頬が触れ合い、肩にはさくらの胸元が当たる。
突然のことに初音の顔は…そして抱きしめたさくら自身の顔も、真っ赤になった。
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