表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
86/95

第八十六話


 彼女の背にしがみつくコロ左衛門の頭の毛が、数本だけ立っている。

まだ魔妖夷…スクナが生きているようだ。

しかしそれにしては危機感が無いように感じられ、初音は首をかしげた。


 「どうしたの? …まだ生きてるの?」

 「わふ?」

 「うむ…」


 茶太郎を胸に抱え直し、さくらと並んで歩きだす初音。

何歩か歩いて立ち止まったさくらが、地面を見下ろしてため息をついていた。

つられて見下ろした初音と茶太郎も、心底嫌そうなため息に納得した。

さくらの足元には、がさがさに乾き切った肉片――否、スクナの2つあった頭部の片方が転がっていた。

残された全ての邪気をどうにかこちらの…2つあるうちどちらであったか、初音は憶えていない…の頭に移し、生き延びようとしたのだろう。

その甲斐なく地面に転がる生首は、すでに人間の赤子ほどの大きさに縮み、挙句少しずつ乾いた肉が零れ落ちていた。

なるほど、さくらにしても危機と思えるものでは無い。


 「…しつっこい奴じゃ」

 「フニ~」


 抵抗するように、スクナの首の口元が動く。ふがふがと不明瞭な声の後、うめき声が聞こえた。

既に口が1つしかないため、声は1人分しか発することができない。


 『うヴ…うえぇぇ…己は…己は、父母の…恨み…恨みをぉぉ』

 「まだ言うておるのか、こやつは…」


 愚痴をこぼすさくらの横顔を見ながら、ふと初音はスクナの言う『両親の恨み』のことが気になった。

それは本当に、日本潰滅を狙う程の恨みなのか。それとも…


 「さくらちゃんは、スクナの恨みが何なのか、知ってる?」

 「うむ…事細かに全てを知っているわけではないがの。

  こやつがもともと邪教に作られた呪いの道具、というのは話したな?」

 「うん。その、邪教が関係あるの?」

 「スクナが現れる前の頃に聞いたのだがの。

  当時の検非違使(けびいし)が言うに、こやつの親がその邪教の徒であったらしい」


 検非違使(天暦の時代の治安維持機構)の話では、捕らえた邪教の信徒の一人の女が、刑罰を受けた末に双子を獄中で生んだという。

実際の所は、出産ではなく己の手で腹を裂き、他の信徒たちに生まれる前の胎児を引きずり出させたのである。

そして胎児がいつの間にか牢から消えた後、父親にあたる男が自ら首を斬りつけ、命を絶っていた。

その2人の子らがスクナとなった…という話である。


 「そ奴らは日本の各地で畑や井戸水に毒を撒き、多数の人間の命を奪った。

  その罪で捕らえられ、厳しい刑罰の末にみな獄中で死んだらしい。

  いわばその邪教全体、まるごとただの暴徒ども、大罪人の集団と言うわけじゃ」


 検非違使によれば、腐った大地を邪神に捧げてどうたらこうたらと、教祖は言っていたらしい。

そして教祖の言う邪神とやらは、教祖自身が妄想で生み出しただけのものであった。

現代で言えば、カルト教団にしてテロリストという所である。


 「悪い人達が捕まって、その恨みを…つまりただの逆恨みかもって?」

 「左様じゃ。そして、その呪物に邪気が宿ったのがこやつじゃ。

  元が逆恨みとは言え、こやつの力はあまりにも悍ましかった。

  ゆえに鬼と人が同盟を結び、現世(うつしよ)を護らんとしたのじゃ…」

 「フニ~」


 逆恨みと言えば軽々しい感情にも聞こえる。

しかしそれが育ち続けた末、人類を絶滅させかけたのである。

怨嗟と邪気が強く結びついた結果であろう。


 が、ここでまた一つ、初音には気になったことがあった。

元となった呪物を生み出した人間の怨嗟と、その呪物を魔妖夷と化した邪気の関係だ。

親から子へ受け継がれた怨嗟から魔妖夷へとなったと思ったが、両者の関係を示すものが無い。

さくらにも、そして魔妖夷討取(まよいうちとり)改方(あらためかた)にも判らなかったようだ。


 もしや、と思って初音はかがみこむ。

さくらが止めようとするが、視線で大丈夫と答える。


 「……スクナ」

 『あああ…うぬぁ、はなざぎのごぉ…

  うぬが、うぬぅがぁああ』


 スクナは返事をしたが、よくわからぬことを言うだけであった。

最早何を言いたいのか、スクナ自身も判ってはいまい。

それに構わず、初音が問う――ある意味、あまりに残酷な質問だった。


 「お父さんとお母さんのこと、あなたは憶えてる?

  抱っこしてもらったこととか、ある?」


 質問に対し、しばし残された頭でスクナは考え事をしていた…

が、突然カッと目を見開き、荒い息を吐き出した。

頭だけが玩具の仕掛けの如く震え出す。

己の推測に間違いが無かったことを初音は確信した。


 『ぢぢ…は゛は゛、うらみ…あ、あれ…な……なん…





  なん(・・)だっげ(・・・)…ぞれ゛………?』


 父と母のことを幾度も口にしていたはずのスクナの口調が、突然幼い子供のそれになった。

憶えていないというより、その言葉自体を理解できないような言い方だ。

スクナは父母やその恨みの事を、言葉でしか知らないのではないか…というのが、初音の推測だった。

心の底から両親と愛し合った初音は、スクナの言う『両親の怨み』なる言葉に、得体の知れない空虚さを感じていたのである。


 ただのテロリストに過ぎぬ邪教の信者が、逆恨みであるとしても、恨みを託すほどに己の子を愛するものなのか。

『父』も『母』もその恨みも、胎児だった頃におぼろに記憶した言葉でしかないのではないか。

(はら)から引きずり出され、死骸をただの呪いの道具とされたというスクナ自身の出自が、その推測を裏付ける。

愛も無く、道具として扱われただけ。親に抱かれるわけもなく、その意味すら理解することも無く。

結果は初音が推し量った通りだ。

 

 強烈極まる怨嗟が邪気を生み出したのであろうか、確かに異常な事態ではあったようだ。

しかし魔妖夷と化したのは、その即身仏(むくろ)に偶発的に邪気がたまり、怨嗟と結びつき、頭の中に残されたおぼろげな記憶が肥大化した結果だ。

父母というものの意味もその愛も知らず、その恨みの原因も、自身で考えることは無かった。

肉体と知能が育っただけで、何も知らず学ばぬまま、笑いながら『ちちとははのうらみ』とやらを振りかざしていただけだ。


 強大極まる邪気によって力だけは持つも、押し付けられた怨嗟の本質を千年も顧みず、殺戮の享楽に(ふけ)り続けた、空っぽの――ただの怪物。

『子供』になれることさえなかった。それがスクナの本質だ。

今際の際(いまわのきわ)になって、己の『恨み』が空っぽであることに、スクナはやっと気づかされたのである。


 『ああああ、あああああ…』


 虚ろな呻き声が響く。

もう何も言うことは無いと、初音は憐れみの籠った視線でスクナを見下ろしつつ、立ち上がった。

あとは任せるとさくらに視線を送る。うなずき、さくらは金棒を一振りして進み出た。

スクナは虚ろな目でさくらを見上げた。呻き声を上げつつ、首を振るかのように蠢く。

だがさくらはその拒絶を無視し、鬼仁鋼を振り上げた。


 「これ以上の申し開きはあるまいな。

  まさか己が親に捨てられた哀れな子だからと、助かりたいなどとは思っておるまいな?

  長きにわたり、幾つもの命を奪い続けたその罪。

  魔妖夷討取(まよいうちとり)改方(あらためかた)筆頭与力として、赦すわけにいかぬ」

 『や、やだ、やだ、やめえええ』

 「…………ふぅ…――

  …これで、仕舞いじゃっ!!」


 振り下ろされた鬼仁鋼は、容赦なくスクナの頭を叩き潰した。

砂の如く乾いた肉の破片が飛び散り、初音たちの鬼力に触れて消滅した。

断末魔の悲鳴は一言も無かった。遺言さえ残させることなく、さくらはその命を完全に断った。

千年もの間、虚ろな怨嗟で鬼と人を苦しめ続けた人造の奇形児――スクナは、この瞬間に完全に消滅したのであった。



 さくらの手の中で鬼仁鋼が光り、輝く球体となって、初音の胸に飛び込む。

同時に鬼力の発現が解け、2人の角は縮み、前髪の下の額に収まった。

最後の闘いが終わり、町は幽世から少しずつ現世へと戻っていく。

現世の方でも雨はやみ、空には星が見えていた。


 ふと視線を感じ、初音はさくらの方を見た。

先ほども見せた物悲し気な視線が、初音の淡い桜色の瞳をじっと見ていた。

茶太郎とコロ左衛門が、それぞれ初音とさくらから離れ、地面に降りた。

さくらが手を差し出す。初音がそっと握ると、さくらにぐいと引き寄せられ、抱きしめられた。

突然のことに驚く初音…だが、さくらの吐息を聞き、すぐに背中に手を回してやった。

初音が鬼に変じたことへの複雑で切ない想いが、己の桜色の髪を撫でる手、そしてさくらの抱擁から伝わってくる。


 愛する者と一生を共にする幸福感。愛する者があまりに重い決断を下したことへの哀しみ。

2つの想いは、どちらも初音を愛しているがゆえのものだった。

初音もまた、抱擁で答える。

共にいられることが嬉しいのだと。これが自分の決断だと。

頬に触れる髪が揺れ、さくらがうなずくのがわかった。



読んでいただきありがとうございます。

よろしければ評価、いいね、ブックマーク等お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ