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見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
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第八十二話


 これは花咲 初音という少女の『旅立ち』の物語。

彼女の胸に咲く熱き花は、決意の証しである――



 (初音…)


 暗くよどんだ思考の中、さくらは初音の名を呼んだ。

絶望の末に壊れかけた心に沈みながら、せめて初音の存在だけは確かめようとして…

無論答える声は無い。

その代わりなのか、何故か両手が温かかった。


 (はつね……すまぬ…すまぬ…

  わらわは、お主も、現世(うつしよ)も、護れなんだ…)


 心の中で初音に謝罪するさくら。

悔恨と悲しみばかりが脳裏をよぎる。

己の恋をごまかし、初音の望みを拒み、鬼と人は共に暮らせぬという事実に固執した末の敗北。

自身がスクナを討てなかっただけではなく、何より守らなくてはいけない初音まで。

父と母の、花咲家の、仲間の鬼たちからの期待を一身に受けていながら…

全てを喪ったさくらは、動く気力さえ持てず、ただただ倒れていた。


 (わらわがお主を好いてしもうて…離れるのも、お主が鬼になるのも、怖くて…

  スクナを呼び寄せてしもうた…わらわのせいじゃ…わらわ、駄目な鬼じゃ…)


 何度も、何度も謝罪を繰り返す。現世の人間たちに。花咲家に。父に、母に。仲間の鬼たちに。

そして誰より、愛する初音に…

答える声など無いことを知りながら、さくらは謝り続けていた。


 「さくらちゃん――」


 否、答える声があった。

初音の声が聞こえた。求め続けた初音の声が。

スクナのどす黒い刃で命を絶たれたはずの初音の声が、聞こえた。


 (ああ、初音…初音……これ、ここは危ないぞ。

  おとう殿達が待っておる。ほれ、早う帰らぬか…)

 「さくらちゃん…さくらちゃんっ…

  あと少しだから…頑張って、さくらちゃん…」

 (これ初音、わらわの言う事を…いや…

  初音は、もう…もう…  はつね…ああ…あああ…)


 初音が目の前にいるという僅かな期待は、しかし眼前で起こったことを思い出したことで、虚しく消えた。

最早涙さえ流れず、ただ虚ろに物を思うことしかできなかった。

自分のせいで初音は殺されたのだ。

そのくせ自分はスクナに見逃してもらい、のうのうと生き延びようとしている。

罪悪感と後悔と絶望がぐるぐると綯い交ぜになり、さくら自身の思考を奪っていく。



 「……できたっ…!」



 再び初音の声が聞こえた。

幻聴だ、もう初音はいないのだと、さくらは自身に言い聞かせ――

ようとして、思いとどまる。

幻聴にしては明朗に聞こえたその声は、どこか今までと異なる声色であった。

本当に幻聴なのか。初音が今生きて、目の前にいるのではないのか。

ならば、スクナの刀を逃れたのか。どうやって。


 「できた、***のおすそ分け…

  …さくらちゃん。もう、大丈夫だよ」


 初音を求め、さくらの意識が少しずつ覚醒へと向かう。

少しずつ視界が明るさ、色彩、姿かたちを取り戻す。

降っていた筈の豪雨の音も聞こえなかった。聴覚も確かだ。

今の初音の声は、幻聴ではないのかもしれない…

何が起こったのかはわからないが、希望はあるのかもしれない。

初音が生きている可能性を悟り、さくらの意識が完全に覚醒した。


 (できた(・・・)?)


 だが、さくらの脳裏に疑問が浮かんだ。

初音に何ができたのか。何が出来て、さくらが大丈夫なのか。


 (何と言うた。何ができたのだ、初音…)


 さくらはゆっくり顔を上げる。

目の前には確かに初音がいた。初音…の筈だった。


 (初音……?)


 そして。

そして、目の前の愛しい少女…愛しい少女であった筈の姿に――

さくらの両目は、今度こそ絶望で見開かれた。



 周囲には輝く桜の花びらが舞い、渦を巻いていた。

そして街中の桜の樹も輝きを放っている。

初めてさくらの闘いを見届けた日と同じ現象に、初音は懐かしさすら感じた。


 自分の行いがさくらにどう思われるのか、初音にははっきりとわかっていた。

それでも止められない。止められなかった。

目の前で絶望に打ち震えるさくらを見て、初音の胸は締め付けられるように痛む。

だからこそ。だからこそ、自分の想いを伝えねばならないのだ。

己の意思で選択したことなのだと。

自分はさくらへの恋を、さくらと添い遂げることを選んだのだと。


 「ああ…あああ、あああああ…

  そんな、初音、はつね、はつねっ…!」


 さくらの目が正面から初音を見つめる。視線が合っているのだ。

手が髪に触れた。つやめく黒――ではなくなった髪に。


 「そ、その、目は…髪は…」


 目については、当たり前だが自分ではわからない…

だがさくらの目には、いつもと違う自身の瞳が見えているのだ、と初音は悟った。

髪の方は見えた。風になびき、時折視界に入って来る。


 さくらの手が頬を経て額に触れる。

否、額より少し上に。初音もそこに触れられたのが判った。感覚があった。

つい今しがたまでは全く感覚が存在しなかった場所…器官(・・)すら無かった場所だ。

さくらを最も絶望させている、初音の新たな器官。

今までは存在しなかった器官。


 「その…その――

  その――――角は………――!」


 角。人間にはあり得ないもの。

目の前のさくらが鬼力を発現した時、生えてくるものと同じ。

それが今、初音の額にはある。


 淡い桜色の瞳。同じ色の髪。額から生えた小さな角。

さくらの目の前に居るのは、彼女が愛する初音でありながら、彼女が知る初音ではなかった。

周囲には輝く花弁の桜吹雪。

さくらと共に添い遂げることを決意した、その姿は――


 「あああ…初音、初音、初音、はつね…!!

  そんな…そんな…あんなにゆるさぬと、言ったのに…あんなに…!

  何故っ…なんでっ…そんなの…  初音、初音、なんで、





  なんで、












  鬼に……!!」





 ――さくらの目の前には、鬼となった初音がいた。

かつて黒く豊かに艶めいていた髪は、さくらと揃いの桜色に。瞳も同じ色だ。

前髪をかき分けて生えた角は、さくらよりやや短いが、やはり2本。


 さくらの両手、腹、全ての傷が完治していた。

「おすそ分け」という言葉は、かつてさくら自身が使ったものだ。

鬼仁鋼召喚の時と同じ。鬼力のおすそ分け。

幾度も初音の傷を癒し、さくらが伏せっている間は、微弱ながらも初音自身がそれを利用し、さくらを癒した。

今、初音は自らの意思で、重傷がすべて完治する程にさくらに施した。


 そして、服越しにすら輝きも形も判る、胸の桜の紋章。

初音が鬼仁鋼を呼び出す度、桜の花を形作っていった、鬼桜(きざくら)の紋。

完成した桜の花の形の紋章は、今までにない程輝いていた。

間違いなく、初音は鬼になっていた。


 「あ、あああっ…ぁあっあああ、なんで、なんで!!

  なんで、初音! 初音ぇぇ!!」


 さくらの両目から、とうとう絶望の涙が流れた。



 いかな法力や薬を以てしても、鬼となった人を元に戻す術など無い。

それらの技術が生み出されなかったのは、前例の少なさ故ではなかった。

知識が足りないのでもない。まして、あり得ぬ事態だからと捨て置かれたわけでもない。

命への冒涜につなげぬため、鬼は高い倫理観から、敢えてその技術を生み出さなかったのである。

人を鬼へと変化させるということは、あらゆる命を鬼の勝手で道具にしてしまえる可能性を意味するからだ。


 人々に邪悪を討つためとうそぶき、愛する者を殺しうる、ひとでなしの怪物にしてしまう…

しかも技術が発達すれば、鬼の手で異形と化した肉体を鬼自身が元に戻し、戻れたのだからよかろうと、全て無かったことにさえできてしまうのだ。

護らねばならぬはずの命を、化物兵器(ばけものへいき)すなわち道具へと変え、その尊厳を踏みにじる行い。

即ちスクナと同等、あるいはそれ以上の邪悪の極致である。


 命への冒涜。命を護る鬼達が絶対にしてはならない、皮肉な言葉だが――鬼畜の行いだ。


 小さき命の幸せ、命の営みを奪ってはならぬ。

鬼は現世を蝕む邪悪を祓うのみ、今ある命はありのままでなくてはならぬ。

命を護り愛するが故、変化させる術も元に戻す術も、鬼は禁じたのである。

非道なる所業を合理と称して正当化するなど、絶対にあってはならないのだと。


 それはさくらにとって、愛する初音の未来、尊厳、あらゆる全てを奪う行い。

最も恐れていたことであった。

しかして今、初音が自ら鬼へと変化したのを、さくらは目の当たりにした。

愛しい人に全てを捨てさせてしまった悔恨に、護れなかった無力感と絶望に、さくらは泣き出した。


 「やだ、やだ、やだああ、やだあああああ!!

  やだああ! やだあああ、ああああ!!」


 子供のようにわめくさくら。本来の年齢以上に幼い姿に、初音の胸が痛む。

判っていた筈だった。だが初音が思っていた以上に、初音を護るというさくらの意志は強かった。

それが跡形もなく砕け散ってしまった。

どれだけさくらが絶望しているか…手に取るように初音には判った。


 守ろうとした全てを喪い、愛する初音をひとでなしの、人殺しの化物にしてしまった――

さくらの心は壊れようとしていた。



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