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見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
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第八十一話


 悍ましい雷鳴、凍えるような豪雨。さらにスクナの邪気に煽られたか、暴風まで吹き始めた。

幽世(かくりよ)の嵐が、初音たちを阻もうとする。

全身が瞬く間に冷たい雨に濡れる。それでも初音は立ち止まらなかった。


 「巌十郎さん、辰丸さん、ごめんなさい! ――茶太郎お願い!」

 「わふ!」


 茶太郎が一声鳴くと、初音らの眼前に黒い穴が現れた。

初音が鬼仁鋼を召喚できるようになってから身に着けた、茶太郎の空間転移の能力だ。

いつもなら、さくらがこの能力で初音の許に駆けつけている。

初音は躊躇なく黒い穴に飛び込んだ。空間の穴はまたたく間に消失し、初音たちの姿は消えた。


 「実殿…何故止めぬのだ…」


 愕然とする巌十郎の肩に手を置いて、実が請う。


 「きっとあなた達の娘…さくらちゃん達のためにもなります。今だけでなく、一生涯。

  だから、どうか何も言わないでください。何も…言わないでください……!」


 涙を流す実の手は震えていた。

よき父たる彼が、愛娘をこの状況で見送っておいて、平気でいられるはずが無い。

叶うものならば、もっと初音と暮らしていたかったはずなのだ。

それでも見送らざるを得なかったのだと、巌十郎は理解してしまった。

何も言えず、巌十郎は破壊された住宅街…打ち倒された娘が苦しむ戦いの場を、神社から見下ろした。



 地面も空も判らぬ暗い異空間に、淡く輝く桜の樹がいくつも並んでいる。

その列の中央が空き、さくらの許へ向かう初音を導くかの如く、道を形作る。

初音は黒髪をなびかせながら、桜の樹の道を走っていた。

胸には茶太郎を抱き、頭上にはふよふよとコロ左衛門が飛んでいる。

迷うことなく初音は走っていた。走り抜けた先にさくらがいると、理由もなくわかった。

茶太郎の能力を用いた空間転移中で、普段さくらはここを通って駆けつけてくれたのかと、初音は感心した。

テレポートとは少し異なる。阻むものが一切無い、一直線の最短ルートだった。


 (――ごめんなさい。お父さん、お母さん、みんな、ごめんなさい…

  さくらちゃん、ごめんね…でも、でもわたし……!)


 こぼれる涙をぬぐい、胸の内で愛する者達に謝罪する初音。

これから行うことは、さくらの想いを全て反故にしてしまうことだ。

初音を護ろうと懸命に闘ったさくらの、そして家族や級友たちの想いを、全て無にしてしまう行いだ。

それでも止められなかった。何よりも大切な想いを、捨て置くことなどできなかった。

そしてさくらが自分のために命を散らすのを、見捨てることなど絶対にできなかった。


 さくらの許へ行きたい。さくらと共にいたい。

恋した鬼の少女と、ともに命果てるまで。

為すべきはただ一つ。


 (さくらちゃん……!)


 一度目を伏せ、初音はうつむく。きっと泣かせてしまうだろうと、わかっていた。

それでも――

それでも、胸に咲く花の熱を、止められなかったのだ。


 やがて桜の木々の中に出口が開いた。

躊躇なく、初音は跳び出した。



 激痛に苦しむさくらの口から、最早悲鳴は上がらなかった。

与え続けられる痛みが耐えられる限界を超え、半ば意識を失っている。

食いしばる歯の間からは苦し気な息、そして食いしばった歯茎から血が流れ、冷たい雨の中に消えていく。

褐色の肌だった両腕は、指先から肘のあたりまで、炭化したかのようにどす黒く変色していた。

それでも、両腕が引きちぎれる気配さえ無い。

詫びを入れさせるためだけの拷問ゆえ、スクナは激痛と凄まじい熱で苦しめただけである。

その一方、腹には刀に貫かれ、引き裂かれた傷がある。いつ死んでもおかしくない傷を腹に、地獄のごとき激痛を両手に。さくらはただ、生きながら苦しめられている。

意識をわずかでも保っているのが奇跡といえた。


 「くっ…ぐひっ…ぁああぅ………ぅぅぅ…」


 そしてさくらはそれでも耐え続けていた。初音を護ること、それだけをよすがに。

半ばあきれながらスクナが見下ろし、皮肉を込めて嗤った。


 『『強情もここまでくれば大したものよ。

  さすがは鬼といったところかのお』』


 呻き、体を痙攣させるのみで、さくらは何も言わなかった。

最早悲鳴を上げる体力さえも無い。詫びの言葉など、最早期待はできない。

生かす理由は無い…そう悟り、スクナは刀を振り上げた。

が、その時。


 『『…ほお』』


 何かに気付き、さくらから目を逸らした。

視線の先には何も無い。だが、スクナの笑みは深くなった。


 『『客人じゃ。ほれ、見い』』

 「うぐ…うぅぅぅ…」


 切っ先で頬をはたかれ、さくらは顔を上げる。

激烈な痛みに耐え続け、最早生気さえ失せたその目が、スクナと同じ方向を向き――

愕然として見開かれた。


 両者の視線の先で、空間に穴が開いた。

飛び出てきたのは、スクナが狙う花咲の家の子。初音であった。

スクナから護るべく神社に置いてきたはずの初音が、茶太郎の空間転移でここに現れた。

血の気が引き、さくらは絶叫した。


 「はっ…初音ぇぇぇっ!!」

 「さくらちゃんっ!!」


 答え、愛しい名前を呼ぶ初音。

その光景にスクナが嗤うと、さくらの両手にささった針が、再び炎を上げた。

さらなる激痛がさくらを苛む。


 「ぐぅぅああああああっ!! あああああああ!!」

 「さくらちゃん! さくらちゃんっ!!」


 さくらを救うべく、初音は茶太郎とコロ左衛門を一度下ろし、駆け出した。

だがその頭上、スクナが刀をゆっくりと振り上げた。

初音が気配に気づき、上空を見上げる。

初音とスクナの目が合った――次いで、初音の視線が黒い巨大な刃を捉える。

威容に立ちすくむ初音。スクナの2つの凶貌が、満面の笑みを浮かべた。

さくらの眼前で、初音を殺そうとしている。


 『『――おなご同士が慕い合う様、けなげよのお』』

 「やめろ、やめろおおおっ!

  初音逃げろ、早く、初音ぇええっ!!」


 磔の状態から脱するべく、さくらは膝立ちになり、両腕を引いて針を引き抜こうとした。

例え針が抜けなくとも、両腕を引きちぎってでも、初音を護るべく立ち上がろうとするさくら。

だが無情にも、スクナは刀を振り下ろした。

初音の小さな体を、一刀両断にすべく、黒い刃が迫る。

極限まで高まったであろう初音の恐怖の感情を狙い、スクナの刃が迫る。


 「やめろおおおおおおっ!!」

 『『かははは――その命、もろうたああ!!』』


 動けぬ初音の眼前に刃がせまるのを、さくらは磔にされたまま、見ていることしかできなかった。

どす黒い凶刃が小さな命を刈り取る――


 「うわあああああああああああああああ!!」


 絶望にさくらの目がくらんだ。

ぶつりと幕が落ちたかの如く、さくらの視界は暗闇に閉ざされた。

その瞬間。



 桜色の輝きが閃いた。


 鋼と鋼がぶつかる、甲高い音が聞こえた。


 両手が優しい温もりに包まれた。


 そして。



 「さくらちゃん――」



 愛しい少女の声が聞こえた。



読んでいただきありがとうございます。

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