表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
80/80

第八十話


 初音は防災リュックから、1冊の本を取り出した。

愛読書の童話集だ。心の支えとして持ってきたものである。

ただ、近頃はさくらの看病もあり、読む機会が少しずつ減っていった。

改めてページをめくり、目を通す。

悪の魔法使いと闘った少年少女が。

異なる種族と暮らすことを決めた子供たちが。

異なる世界へと旅立った者たちが。

本の中には何人もいた。


 読むたびに勇気をもらい、行動力の源となった、物語の数々。

今こそ勇気が欲しい。

何も恐れぬ覚悟、胸を張れる運命の選択を。選ぶ勇気を。

誰にも何にも阻まれぬ、運命の選択を――


 「……茶太郎。コロちゃん」


 童話集をリュックにしまい込むと、初音の両目から、一筋の涙がこぼれた。

小さく微笑みながら涙をながす初音の表情に、茶太郎とコロ左衛門は全てを悟ったようだ。

茶太郎が必死になって初音の膝にしがみつく。思いとどまるようにと伝えようとしていた。

だが初音としばし目を合わせるうち、小さな体からは力が抜けていった。

諦めた…というより、初音と共に行く覚悟を決めたように、周囲からは見えた。

イトは怪訝な表情で様子を見ている。


 「わふ…!」

 「フニ~」


 コロ左衛門は初音の顔面に飛び掛かる。

その姿を見て、初音を囲んでいた実たちが、異変に気付いた。

成子が初音にしがみついたコロ左衛門をはがし、実は初音の肩に手を置いて、初音を己の方に向かせる。

成子、きのめが続けて初音の顔を覗き込む。花咲家の面々は、一様に初音の表情の変化に気付いていた。


 「初音! …何をする気なんだ、初音!」

 「答えてちょうだい、初音…おねがい」


 両親の懇願に、初音は涙を流しながら、小さく微笑んで答えた。


 「お父さん、お母さん……………

  私…


  私、さくらちゃんの所に、行くね…」


 娘の言葉を反芻し、実はしばしその意味を考える。

さくらの所に行く。今、さくらの所に行く。初音がしようとしているのは――


 「駄目だ、初音!!」


 立ち上がろうとした初音の手を、実が咄嗟に握り、阻む。

今さくらの所に行けば、スクナに殺されるか、それとも…

コロ左衛門はその意味を知り、初音の行動を阻もうとしていたのだ。

イトも気づき、コロ左衛門をけしかける。


 「コロ左衛門、初音様を止めるのです!」

 「フニ~」

 「わふーっ!」


 はがされたコロ左衛門は、ふたたび初音に飛び掛かろうとする。

その頭を茶太郎が押さえ込んだ。今までに見せなかった、真剣な表情で。

茶太郎は初音と共に行く覚悟を決めたのだ。


 そしてまだ普通の犬である茶太郎に対し、妖怪であるコロ左衛門は迂闊に力を揮えない。

それ以上に、茶太郎の腕力が予想外に強かったらしい。

下敷きにされてじたばたともがいていた。

愕然とするイトを尻目に、初音は茶太郎の頭を軽くなでてやった。


 「わふ!」

 「ありがと、茶太郎。

  ――あのね、お父さん、お母さん、私決めたの。

  私、さくらちゃんの所に行くの。…イトさんも、ごめんなさい」

 「初音様……ですが、わが娘は、さくらは…

  あなた様を護ろうと…後生でございます、おやめください!」


 抗議するイトの言葉に、初音は首を振った。


 「わかってます。さくらちゃんは、ずっと私のことを考えてくれてて…

  でも…ここにいたままじゃ、もうさくらちゃんと、会えないかも知れないから…」


 初音の意思の固さに、イトも、コロ左衛門も、抗議を止めてしまった。

初音を引き留めようとしていた実もまた、成子に視線を送り、妻の意思を知って初音の手を放してしまった。

成子は初音を止めようとしなかった。むしろ送り出そうと考えているのが、表情から実にもわかった。

そして異変に6-1の子供達も気づき、青ざめている。

その後ろ、見守る千歳だけは成子と同じ表情をしていた。

すなわち茶太郎と同じく、初音を促そうとしている。


 「花咲!」

 「駄目よ、理一君」


 初音を止めようとした理一の肩に手を置き、止める千歳。

子供達の視線が集まる。

理一ら6-1の子供達は初音を止めようとしているが、千歳はそれに首を振る。

千歳の手もまた震えていた。本音では初音を止めたいのだろう。

だが教師…すなわち人生の師として、初音の決断を尊重している。

尊重しなくてはならぬと、己に言い聞かせている。


 「駄目よ。初音さんが選んだの。みんな、止めては駄目。

  友達を後悔させては、駄目なのよ…」

 「先生…」


 すがりつく子供達に答えず、千歳はうつむいた。それで彼女は黙ってしまった。

外では巌十郎と辰丸が結界を張り続けている。

この状況に気付いていないのは彼らだけだ。

全員が押し黙ってしまった。初音の決意を、この場の全員が理解してしまった。

しばしの沈黙――そして、成子がかがみ込み、初音の肩に手を置いた。


 「この前約束したわね。

  あなたが自分で選んだ決断なら、お母さんは応援する。どんなことになっても。

  自分の一番大事な人を、自分の一番の気持ちを、ちゃんと大事にしてあげて」

 「お母さん…うん、ありがとう…」

 「…実さんもお願い。約束して、何があっても初音を応援するって」


 うつむき黙り込んでいた実は、成子の言葉に顔を上げ、再び初音の手を握った。

今度は止めるためではなかった。


 「そうだね、成子さん……初音、約束するんだ。

  お前が一番、胸を張れることをして…そして、ちゃんと胸を張って生きるんだ。

  僕もお前の決断を応援する。約束するよ、初音」

 「……うん。約束!」


 実が、成子が、そしてきのめが初音を抱きしめた。

家族の優しい抱擁に身を任せ、初音は温もりの中で涙を流す。

そして家族が離れると、初音は涙をぬぐい、茶太郎を抱き上げた。

茶太郎が初音の胸にしがみつく。床に伏せたコロ左衛門は、しばし逡巡しているが…


 「わふっ」

 「茶太郎、行こう。…コロちゃんもおいで。

  一緒にさくらちゃんの所に行こう…」

 「フニ~」


 友の名を出されては敵わぬとばかり、ふよふよ浮いて初音の肩に乗る。

一度全員の顔を見渡す初音。自身を支えてくれた人たちに何を言えばいいか。

少し迷ったように黙っていると、その肩にきのめが軽く手を置いた。

柔らかな笑顔が、ランタンの光に照らされている。


 「お行きなさい、初音ちゃん」

 「…うん。いってきます!」


 駆け出す初音。誰もが立ち止まり、初音の背を見送る。

イトが追いすがろうとするも、両脚を喪った彼女では立ち上がれない。

声を上げ、外にいる巌十郎達を呼んだ。


 「巌十郎様、辰丸、初音様をお止めください!」


 妻の声に気付き、玄関前に立った巌十郎が振り向いた。

初音が靴を履いて出てくるのを、その大きな体で阻もうとする。

だがいつの間にか実が初音を追い越し、玄関から出て巌十郎の手を掴んだ。

気を取られつつ、巌十郎と辰丸が初音に呼びかける。


 「どこへ行くのだ、初音殿! さくらは今――実殿も放しなされ!」

 「バルル!」

 「止めないでください。僕の…僕たちの大事な娘が、決めたことなんです!!」


 父が娘の危機を敢えて看過する事実に、巌十郎と辰丸は愕然とし、一瞬動きを止めてしまった。

豪雨の中に跳び出した初音の黒髪が、たちまちのうちに冷たい雨に濡れていく。

赤い稲光が一瞬だけ初音、茶太郎、コロ左衛門の影を浮かび上がらせる。



読んでいただきありがとうございます。

よろしければ評価、いいね、ブックマーク等お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ