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見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
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第七十九話


 「ちがぁぁうっ!!」


 絶叫し、さくらは髪をかきむしった。

初音を喪うことへの恐れが。すなわち、初音への想いが。

再び初音と抱き合った瞬間に気付いた、己の初音への恋が。

再会した父と母にさえひた隠しにした密かな恋が。

即ちその裏にある、初音との別れ、初音を鬼へと変えてしまうことへの――恐怖(・・)が。

スクナを完全に目覚めさせてしまったのだ。


 鬼たちがいくら封じようとも、その想いがある限り、スクナはいくらでも目覚める。

今しがた結界による封印を退けたのも、さくらの抱いた恐怖を感知し、すぐさま目覚めたからである。


 「ちがう、ちがうっ!

  そんな恐れなど、わらわはそんなこと、そんなことしてない!!

  わらわは、わらわは、恐れてなど――恐れてなど――!!」


 どれだけ否定の言葉を並べようと、スクナの説明、そして魔妖夷の生態、それらすべてが事実であった。

さくらは初音に恋をし、そして生まれた恐怖を無理やりねじ伏せようとした。

自身と別れ、人の世界で大人になっていくことこそ、初音の幸せだからと。

己の心に無理やり蓋をして、迷いは無いと心にきめたつもりでいた。


 だがそれは目を逸らしていただけなのだ。己の心に生まれた、初音との別離への恐怖から。

そして守ろうとしているにもかかわらず、初音を鬼へと変えてしまうことにも、さくらは恐怖した。

巌十郎らがスクナを封じたはずの強力な結界をやぶるほど、恐怖は肥大化していた…。

げらげらと高笑いするスクナの声が、さくらの否定の言葉をかき消していく。


 『『かはははは!! ほぅれ、素直にならぬかあ!!

  どれだけわめこうが、うぬの恐れが(おれ)を呼んだのだと!!

  花咲の餓鬼を恐怖の底に叩き落したのは、うぬだとなあ!!』』

 「やめろおおおおおお!!」


 耳をふさぎ、さくらは血だまりの中に伏せた。

愛する初音を恐怖させてきた原因が、ほかならぬ自分自身などと、認めてはならない。

ならないのに、否定することができなかった。


 さくらは子供だ。

生きた時間こそ千年を超え、子供としては精神年齢も高いが、鬼としてはまだ幼い。

人間で言えば12か13歳。初音と同程度の年齢である。

残酷な現実とそれについていけぬ己の心に、まだ折り合いをつけられる年ではない。

それでいてスクナの事や大人たちが動けぬ状況ゆえ、彼女は大人びた振る舞いを身に着けた。

結果、彼女は己の心から目を逸らすことに、慣れてしまった。


 自身も子供であり心身を深く傷つけられながらも、闘えぬ者や鬼の子供達を束ねなくてはならないことに。

両親と別れ、1人きりで長い時を眠り、誰とも知れぬ人間と会わねばならぬことに。

スクナが現れれば、1人で闘わねばならぬことに。

そして初音への叶えてはならぬ恋に。

あらゆる状況に心をかき乱されたまま、さくらはスクナと闘わねばならなくなってしまった。


 故に全てを…初音を護ろうという使命感だけが先走った。

己の想い全てに蓋をして、目を逸らして、盲目的に使命だけを果たそうとした結果であった。

さくら自身が己の想いに向き合えていれば、何かが変わったのかもしれない。

だが、今そう思ったところで、詮無い事である。

さらに嘲笑うかのごとく、スクナがさくらの頭上でささやいた。


 『『ほぉお。恐れておらぬのか? 何もか?』』

 「そ、そうじゃっ…わらわはっ…恐れなど…っ!!」

 『『ならば頭の回らぬたわけ者だのお、うぬは。

  花咲の餓鬼を鬼にしてしまえば、2人でこの(おれ)を討てたであろうに。

  餓鬼ひとりが鬼になる事など、恐れてなどおらぬのであろ? あ?』』


 引き裂かれんとする心に、スクナの挑発がぬるりと滑り込む。

ぎりぎりとさくらは歯を食いしばり、挑発に耐えようとした。


 初音を鬼と化して共に闘えるものなら、スクナを討てるかもしれない。

どころか、今からでも可能であった。

初音の体内で今、鬼仁鋼は修復されている。それが完了すれば、また闘うことができる。


 鬼仁鋼の6度目の召喚で鬼となった初音と共に、スクナを討てるかもしれない。

だがもし初音が鬼になってしまえば、二度と人には戻れない。

鬼から人へと戻る方法も、戻す技術も、鬼は持っていない。

だが他に打つ手がない――その事実に、さくらの心が更に乱される。


 「いやじゃっ…いやじゃ、そんなの、いやじゃっ…!!」


 己の考えを拒絶しようと、さくらは伏せたまま首を振り続けた。

さりとて、今自分が立たねば、スクナは初音の命を奪いに行く。

初音の絶対的な恐怖を己の中に取り込み、常に目覚めたままでいるために。

そして世界を、全人類を滅ぼすために。

残る武具と技はたすき、鉄下駄、2本の針、そして髪を動かす鬼貫針(おにかんばり)のみ。

あきらかにスクナを討つには足りない。それでも立ち向かうのだと、さくらは起き上がろうとする。


 ――すべてはさくらの心を砕くための、スクナの挑発である。

踏みにじられつつある幼い心は、そんな単純なことにさえ気付けなかった。

興味を喪ったように、スクナの口調が抑揚のないものに変化した。


 『『2人で(おれ)に手向かうのは嫌か?

  なら詫びろ。敵いもせぬのに刃向かうて悪かったと。

  己はうぬらなど気にかけておらぬ。が、厄介ではあるからの。

  誓え、二度と手向かいせぬと。そして里に帰り、子々孫々に恐怖を語り継げ』』


 初音を、人間を捨て、そして帰れと、スクナは言う。

初音の命も未来も全て諦め、子供を産み育て、スクナの恐怖を後代に語り継ぎ怯えながら、惨めに引きこもっていろと。

それもできぬとさくらは拒絶する。


 「いやじゃ、いやじゃあっ!」

 『『あくまで詫びぬか、強情な餓鬼よのお。

  詫びたら褒美に花咲の娘の首くらい、くれてやろうと思うたが』』

 「それもっ…それ、もっ、いやじゃ、いやじゃあああ!!

  うあああああああああ!!」


 さくらの絶叫は、半ば泣き声と化していた。

スクナを討たねばならぬ使命。初音への想い。立ち向かう術を全て失った現実。

なにより、己の恋が初音を恐怖の底に叩き落そうとした事実への、絶望。

心が引き裂かれそうになる現実に、さくらは抗おうと懸命に叫び続けた。

そんな乱れた心を無理やり押さえ込み、傷ついた体を無理やり動かし、立ち上がろうとする。


 「うう、ううううううう! ああああああっ!!」


 細腕で地面を叩き、さくらが立ち上がろうとする。

腹の傷の激痛も、焦燥と怒りの余りに今だけは忘れていた。

だが、それはただの自棄(やけ)であった。


 「貴様は、わらわが、わらわが、ここでぇぇ――!」

 『『ほれ』』


 立ち上がろうとしたさくらに向け、スクナが唾液の針を吐き出した。

2本の針はそれぞれ、1本ずつ両手首を串刺しにし、地面にまで突き刺さる。

小さな両手が濡れた地面に磔にされた。そして突き刺さった場所がどす黒い火を噴く。

眼前で起こったことを理解できず、一瞬さくらは呆然とした。

骨をも蝕む激痛が両腕に走ったのは、その直後であった。


 「ぐぁああああ――っ!!」


 傷口が焼ける。先日さくらの命を奪わんとした黒い炎が、今は両手を内側から焼いている。

骨を、筋肉を、神経を焼き、しかし貫かれたのみで、それ以外骨にはひびの1つも入らず、筋肉や神経が焼き切れることも無い。

ただただ痛みを与えるための、スクナによる拷問であった。


 「あ゛っ、あ゛、あああああ!!」

 『『うぬが頭をさげぬからこうなる。素直に詫びを入れぬか、餓鬼が』』

 「いやっ…じゃあああっ……!!

  き、貴様はっ、わらわが、ここで…ここでぇっ…!!」

 『『どうするのだ。言うてみい、あ?』』


 スクナの声とともに激痛が増し、白目を剥きかけながらもさくらは拒絶する。

たとえ両腕が引きちぎれようと、スクナを討ってみせると…

内心で思いながら、しかし激痛に耐えるのが精いっぱいであった。

痛み以上に、滅茶苦茶に乱された自身の心と怨敵に敵わぬ現実が、決意を削ぎ落そうとする。

最後の一線――初音への恋心だけがよすがだった。


 (初音…初音…初音……はつね…っ…!)


 「ぎゃああああっ!! あああああああっ!!」


 幼い絶叫が豪雨と雷鳴を引き裂き、幽世に響く。

その声は桜ヶ守神社にまで届いていた。



 神社にまで響くさくらの絶叫に、初音は愕然とし、座り込んでただ聞き入っていた。

今まで幾度も痛みに叫んだことはあれど、ここまで絶叫することはなかった。

永劫の痛みの只中にいるかの如く、愛しい少女が叫び続けている…

幾度も魔妖夷を倒し続けてきたさくらでも、スクナには敵わないのか。

今は生かされている。だが苦しめられているということは――

生かした目的が果たされなければ、スクナは確実にさくらを殺すであろう。


 実、成子、きのめ、千歳、6-1の子供達、その保護者…

さくらが勝つことを信じていた者達が、一様に絶望に青ざめていた。

同じく応接間にいるイトさえ、呆然として唇が震えていた。


 「そんな…さくら……」


 外で雨に濡れながら結界を張る巌十郎と辰丸も、恐らく同じ表情をしているだろう。

さくらが敵わなかったのみならず、幾度でもスクナがよみがえる可能性がある。

鬼である鬼煌院夫妻を愕然とさせたのはその事実、そして己の所業が無為に終わってしまったが故だ。

もし初音らがいなければ、すぐにでもさくらの許へ駆けつけたに違いない。


 スクナがさくらに吹き込んだ言葉は、神社までは当然聞こえなかった。

だが何かがさくらに起こったのではないかと、皆が思っていた。


 「わふ……」

 「フニ~」


 茶太郎とコロ左衛門が初音の膝にすがりつく。

最早なすすべは無いのかと、2匹もうなだれていた。


 初音は、己の胸の内に戻った鬼仁鋼が、今や完璧に修復されたのを感じた。

この鬼仁鋼を届ければ、さくらは再び戦える。

だが――それは己が鬼になることを意味する。

さくらが赦さぬと拒絶したことを、初音が自ら行う。

何より、鬼になること…家族との愛情や級友たちとの交流、そして大人になること。

現世での幸福や未来、全てを捨ててしまうことを、初音は恐れている。


 恐れている。鬼と化すことを、初音は今なお恐れている。

茶太郎を絞め殺し、家族や級友らの肉体…どころか、命さえ容易く砕くであろう膂力。

何十年経とうと子供の姿のまま、家族や友人たちの死を看取らねばならぬであろう、長い長い命。

さくらが語った『ひとでなし』そのものである。

死からよみがえったばかりで家族との絆を取り戻し、新たな友を得た初音には、あまりにも大きな代償だ。

まして初音は12歳。

これからたくさんの人たちと出会い共に過ごし、育ち、そして巣立っていくはずの、ごく普通の少女だったのだ。


 しかしその恐れ以上の感情、さくらを求めてやまぬ想いが、初音の胸の内には確かにある。

さくらを見送った瞬間に初めて気づいた、さくらへの恋。

実から以前聞いた言葉を初音は思い出す。

どれだけ後悔しても、あの日の選択が間違っていなかったと、胸を張って言えるように。

初音自身の名前と同じく、あの時の気持ちを信じて良かったと、胸を張って言えるように――



読んでいただきありがとうございます。

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