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見参!おにざくら  作者: eXciter
最終幕:胸に桜を、この手に君を
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第七十四話


 だが玄関を出た途端、すさまじい豪雨に全員が足を止めた。

数メートル先も見通せぬほどの豪雨で、一歩でも踏み出せばたちまち水浸しになるほどだ。

庭先から正面入り口を通って雨水が流れ出て、道路へと川のように流れていく。

老齢のきのめなど、数歩歩けば体が冷え、動けなくなってしまうかもしれない。

かといって、自家用車では視界不良のまま走ることになり、傘を差せば手がふさがってしまう。

どちらにしても徒歩より危険だ。止むをえまいと、実が徒歩の移動を提案する。


 「仕方ない、歩いて――」

 「いや、待て!」


 さくらが上空を見上げながら叫ぶと、そこに辰丸が降りてきた。背に乗っているのは巌十郎ひとりだ。

彼らも全身が濡れているが、屈強な体は震えていなかった。


 「バルルル!」

 「さくら、皆の者、迎えに参ったぞ!」

 「父上、辰丸! 助かりました…!」


 駆け寄ってきたさくらにウムとうなずくと、巌十郎が降り、実たちを促した。


 「ご両親ときのめ殿は辰丸に乗れ。

  初音殿と茶太郎殿はさくらが抱えていけ。良いな」

 「かしこまりました、父上。

  初音、しっかりしがみついておれよ」

 「うん…!」


 馬上に乗った夫妻ときのめを抱え込むように、巌十郎が辰丸の手綱を握った。

そしてさくらはバッグから鬼幇襷(おにだすき)を取り出し、自身と初音の体を強固に結びつける。

初音が胸に抱える茶太郎とコロ左衛門も、落ちないようにたすきで結び付けた。

支度を整えたさくらは、辰丸の鞍にある取っ手を右手で、括り付けた初音を左手で抱き寄せた。

そしてさくらが初音を自分にくくりつけた時点で、どうやって移動するか、全員が悟った。


 「行くぞ、さくら、辰丸!」

 「はい、父上!」

 「バルッ!」


 一声いなないた直後、辰丸が高く跳んだ。

凄まじい雨を全身に浴びつつ、一跳びで屋根をいくつも越え、まっすぐに神社へと向かっていく。

実たちは悲鳴を上げるが、初音はさくらに抱えられて跳んだ経験があるため、慣れたものであった。


 硬く重い蹄の音を立て、辰丸が神社の参道に着地する。

巌十郎に促され、さくらと初音、実たちが社務所に駆けこむ。

宮司である寧々子の祖父がすぐに入口の戸を開け、花咲家とさくら達を迎えた。


 屋内は薄暗い。幽世では電気が通っておらず、持ち寄った非常用ランタンを使っているためだ。

玄関先で初音が茶太郎とコロ左衛門を下ろし、全員がレインウェアを脱いで、バッグにしまい込む。

初音は茶太郎とコロ左衛門のハーネスも解いて、足裏を拭いて床に下ろしてやった。

寧々子が持ってきたタオルで体を拭き、社務所兼自宅に上がる花咲家。


 「みんな集まってる。初音ちゃん達も早く」

 「う、うん」


 寧々子に促され、花咲家は揃って応接間に入った。

室内の状況は、いくつかのランタンに照らされ、初音にもある程度確認できた。

既に桜ヶ守小学校6年1組とその家族、担任の千歳が集まっていた。

人数が人数だけに手狭だが、今はここが臨時の避難所、そして初音を護る砦となっている。

子供たちは自主的に初音のために、そして保護者達は子供だけにするわけにもいかないからと、それぞれの家族が総出で集まったのである。

初音たちの姿を認めると、6-1の子供達が集まってきた。


 「花咲ケガは無いな!? 変な化け物に襲われてないよな!」

 「うん、大丈夫」

 「茶太郎くんと、コロ左衛門くんも、無事…よかった……」

 「わふっ」

 「フニ~」


 真っ先に駆け寄った理一が初音の無事を、その隣の真登が茶太郎とコロ左衛門の無事を確かめる。

続いて渚と寿司が駆け寄り、さくらの健康状態を確かめた。


 「怪我は治りましたわね、さくら様」

 「一時はどうなるものかと思いましたヨ…」

 「うむ、初音のおかげじゃ。のお初音」

 「えっと…その、うん、まあ」


 さくらの無事を確かめ、安堵の息を吐く二人に、さくらは軽く笑って見せた。

横では理一が若干不服そうな顔だが、それに気づいたのは寿司と渚だけだった。

千歳は保護者相手に状況を聞き取り、今後の方針を話し合っているようだ。

この雨――幽世(かくりよ)への変転に、子供達のみならず保護者まで巻き込まれた今、普通の避難マニュアルは役に立たない。

運び込まれた寧々子の両親と祖父、そして巌十郎とイトも交え、万が一さくらが斃される可能性も含めて方針を考えていた。


 真夜中の空に赤い稲光が閃くたび、渚と寧々子が悲鳴を上げる。

そして家族や友がそばにいて尚、初音の小さな肩はまだ恐怖に震えている。

それを悟った理一が、初音の肩に手を置こうとするが。


 「花咲――」

 「だ、だめ…今は…」


 拒んだ初音の手が理一の手を掴み、押し返す。

途端、初音は自分の手に異様な力が籠ったのを感じた。

硬い物体を捻じ曲げるような手ごたえに、初音は慌てて手を離す。


 「いっいでぇっ!」


 激痛に手を押さえ、押し返された理一が寿司に支えられる。

初音は理一の手の骨を砕いてしまったかと恐怖した――幸い、理一の手は無事であった。

しかし愕然とした子供たちと目が合い、初音はうつむいた。


 「ご…ご、ごめんなさい…原木君、手…」

 「――大丈夫! ケガなんかしてねえからさ、気にすんなよ!」


 我に帰り謝罪する初音を、理一は大丈夫だと制した。

だが理一は笑いつつ、額から脂汗を流し、痛みに耐えていた。

初音の肉体が本格的に鬼に近付いていることを、子供達もここでついに悟った。


 鬼へと近付いた今、恐ろしい時にすがり着けるものも無く、初音の恐怖はいや増す。

力を籠めて抱いて絞め殺してしまわぬよう、今は足元に茶太郎を控えさせていた。

無論、両親やクラスメイト達にもしがみつけない。その握力で腕を折ってしまいかねないからだ。


 「わふ…」


 そばにいることしかできぬ茶太郎も、残念そうに一声鳴いた。

やがて保護者達の話し合いが終わった。子供達は家族の許に集まり、千歳からの話を聞く。

巌十郎がイトを抱え、初音とさくらの前までやってきた。


 さくらはいつの間にか赤い着物に着換え、両袖を鬼幇襷で結わえていた。

懐には針の小箱を入れてある。

既に戦闘の準備を整えていた…つまり、スクナとの闘いが目の前に迫っている。


 「奴の力を少しでも抑えるため、これより我らは町の桜の樹に鬼力を送る。

  わしと辰丸は外に、イトは皆のおるこの社務所に」

 「さくら、皆様の護りはわたくし達に任せなさい。

  心おきなくスクナを討つのです。任せましたよ」


 状況の理解、そして2人の言葉で、ついにさくらがスクナとの闘いに赴くのだと、初音も悟った。

そしてさくらは両親の言葉に表情を引き締めた。

空気が変わり、実と成子、6-1の面々も、中心にいるさくらと初音に注目する。


 勇ましいさくらの横顔を見て、初音の胸は不穏に高鳴る。

たった10年で人類の社会を滅ぼしかけた恐るべき邪悪を相手に、ただ一人でさくらは闘わなくてはいけない。

スクナを討てば、その後は別れの時。

そして瀬戸際になって、初音の脳裏を不安がよぎる。

――もし討てなければ。


 「はい。皆をお願いします、父上、母上。

  ――コロ左衛門、お主はここに残れ。皆を、初音を護るのだ」

 「フニ~」


 同行しようとしていたのであろうが、申し出る前に断られ、コロ左衛門は項垂れた。

初音のためでもあろうし、スクナ相手に小さな妖怪では歯が立たぬのも明白だ。

コロ左衛門をなだめたさくらは、初音の方に向き直る。

さくらの目を見られず、初音は視線を逸らした。


 「…初音。鬼仁鋼を」

 「……」

 「これが最後じゃ、約束する。必ず奴を討ち、戻って来る。

  だから頼む、初音」


 さくらに促され、初音は目を閉じて胸で拳を握る。

絶望的な闘いに向かうさくらを見送らねばならない…

そして意を決し、さくらを真正面から見つめた。

うなずき、さくらと連れだって一度外に出る。


 社務所の前で雨に濡れながら2人が向き合うと、初音の胸で鮮烈な光が閃いた。

胸の「鬼桜(きざくら)の紋」の輝きだ。花びらの形の5枚目…これで、鬼桜の紋の桜の形は完成した。

初音が人間でいられる最後の召喚。あと一度召喚すれば、鬼と化す…

2人の間に閃光が走り、周囲に輝く桜の花びらが舞う。

これまで見る機会のなかった美しい光景に、実たち家族や級友たちは感嘆し、見とれる。


 渦を巻いた光の花びらが、初音とさくらの間に集まり、一本の大きな棒の形を作った。

角柱に見えたそれは実際に太く、しかし片側の末端が極端に細い。

ほぼ全体に棘があり、長さはさくらの身長の2倍ほど、太さは腿より一回りか二回りある。

現れたのは、柄の付いて黒光りする金棒。表面には梵字が並んでいる。


 「これが鬼仁鋼…」

 「ほんとうに、初音の体の中にあったのね…」


 信じがたいと言いたげに、実と成子がこの光景を見つめながらつぶやいた。


 「うむ。鬼と人が魔妖夷を討つべくともに鍛え上げた、清めの金棒じゃ。

  他にも様々な型のものがあるが、さくらのこれは正に鬼の得物…金棒じゃ」


 後ろに立っていた巌十郎の説明に、鬼仁(・・)鋼の意味を実と成子は知った。

さくらは出現した金棒を手に取り、水平に掲げる。

そこへ巌十郎が歩み寄ると、彼と抱えられたイトが2人で金棒に触れた。

鬼仁鋼全体に桜色の光が伝わり、梵字が輝く。


 「母上、これは?」

 「鬼仁鋼にわたくし達の分、鬼力を上乗せしました。

  お前が自身の鬼力を発すれば、力も増します」

 「我らが力もお前と共にある。さくら、任せたからの」

 「かたじけのうございます、父上、母上…」


 鬼煌院夫妻が離れたところで、初音はさくらを正面から見つめた。

さくらの表情は、あくまでも勇ましい。対して初音の瞳は泣きだしそうに潤んでいる。


 「…では初音、行ってくるぞ。もし危うくなったら、宮司殿に頼んで本殿に――」


 籠れ、と言いかけたのであろう。

だが初音は言わせまいとばかりに踏み出し、さくらの体を抱きしめた。

突然のことに驚きつつ、さくらの空いた左手が初音の濡れた黒髪を撫でる。

恐怖や不安からの行動と思ったのであろうか、さくらは初音を優しくなだめた。


 「これ、どうしたのだ初音。わらわは約束したであろ、かならず奴を討つと」


 だが初音は、ちがうと首を横にふる。

さくらのことは信じている。

だが、初音の足を踏み出させたのは、もっと別の想いからだった。


 「行っちゃやだ……」

 「初音?」

 「お別れなんていや…私、ずっと、さくらちゃんと一緒にいたい…!」


 初音は叫ぶ。離すまいと、両腕に力を籠めてさくらを抱きしめながら。

さくらを困らせてしまっている自覚はあった。

それでも、初音は叫ばずにはいられなかった。

さくらと共に生きたい。異る世界に住んでいようと、ともに過ごしたい。

初音の偽らざる願いである。


 さくらの表情は――

さくらの泣きそうな顔は、さくらを抱きしめた体勢ゆえ、初音からは見えなかった。

一つ深呼吸すると、さくらは優しく体を離し、正面から見つめ合った。


 「さくらちゃん…」


 流れる初音の涙を、さくらの細い指が拭った。

そしてさくらは。


 「…行ってくるぞ、初音」


 答えることなく、初音に背を向けて走り出した。

初音はさくらを追いかけようとしたが、小さな肩を実と成子が掴み、止める。

その瞬間。初音は再び胸の中に熱を感じた。


 胸のうちの花が、再び熱を上げながら大きく艶やかに咲いた。


 ドッと心臓が高鳴る。さくらへの想いが溢れる。

さくらの隣にいたい。さくらとともに命尽きるまで。



 ――愛しい。



 「さくらちゃんっ!!」


 さくらへの恋を自覚した初音の叫びは、しかし、さくらには届かなかった。

鉄下駄の足音を響かせ、真っ赤な着物の小さな背中が遠のき、夜の闇へと消えていった。



読んでいただきありがとうございます。

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