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見参!おにざくら  作者: eXciter
第一幕:桜の樹の下で
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第七話

疲れた頭にはキング・ダイアモンドの歌声がキく


 軽くゆすられた初音は1つ呼吸をすると、顔を上げてさくらの目を見る。

目が合った。桜色の瞳…髪と同じ色の瞳に見つめられ、僅かに安堵する初音。

優しい目だった。

初音は再びうつむき、さくらの横を通り抜けて歩き出した。慌ててついていく茶太郎。


 「大丈夫…です。茶太郎、行こう」

 「わふっ」


 初音はさくらを無視した。だが、その表情や背中に漂う不安を…

否、恐怖をさくらとコロ左衛門は見逃さなかった。


 「初音」

 「フニ~」


 何かがある、とさくらは悟った。

初音のそっけなく冷たい態度の原因が、先ほどの自分の説明の中にある。

しかし、今の初音に問いただしても聞けまい…頑なに自身の事を明かさぬ初音に疑いを持ちつつ、さくらは後についていった。


 そしてしばし歩き、きのめから聞かされていた文房具店の場所までやって来た一行。

だがきのめが言っていた文房具屋はそこに無かった。呆気にとられ、初音は目の前の建物を見上げる。

そこには幾つかの古い建物と共に、文房具店や駄菓子屋があった…ような気がしていた。

幼い頃に何度か見ただけの、おぼろげな記憶だ。だが目の前にあるのは。


 「これが…おばあ殿が言っていた、文具の店、か?」

 「……たぶん、違う…」


 白い壁、自動ドア、全国に展開している店名。

引っ越し前の町でも見かけた、コンビニエンスストアだった。

店内を少しだけ覗くと、文房具も確かに置いてある。

田舎町のコンビニ特有の、どこか「商店」の雰囲気が抜けない、少し古そうな店内の雰囲気。

店にいるのはあか抜けない青年で、だるそうに来客に対応していた。

きのめが言った文具店の関係者ではなさそうだ。

どうするのかと見上げる茶太郎。犬を伴う入店は禁止とのステッカーがドアに貼られていた。


 「わふ?」

 「……ここで買っていくしかないかな…」


 普段茶太郎と共にいる初音には、店先に茶太郎をつないでおくことに抵抗があった。

しかし連れて入れぬ以上、諦めるしかない。

が、そこにさくらが助け舟を出した。


 「初音、茶太郎ならわらわ達が一緒にいてやる。気兼ねせず、買い物をしてくるがよい」

 「フニ~」

 「え…」


 コロ左衛門も前足を上げて自己主張した。快く引き受けてくれるらしい。

初音はしばし逡巡する。が、当の茶太郎がさくらの発言に賛成の意思を見せていた。


 「わふわふっ」

 「茶太郎も良いと言うておる。わらわ達に任せろ」

 「フニ~」


 初音はさくらとコロ左衛門を、そして茶太郎を何度か見比べ、やがて諦めてリードをさくらに手渡した。


 「…お願いします」


 実質的に初対面の相手に、親友を預けるという行為…今の初音には許容できることではない。

だがさくらの言葉には嘘を感じられない。彼女の実直さは、初対面でもわかるほどに顔に出ている。

そんなことがわかるものかと、内心で問う初音…だが同時に、理屈で説明できるものでもないとも理解した。


 「心得た!」

 「わふ!」

 「フニ~」


 1人と2匹に見送られ、初音はコンビニエンスストアの自動ドアをくぐった。

入店を知らせるチャイムと店員のけだるげな声が聞こえた。

さくらは店の前に座り込み、茶太郎とコロ左衛門の頭を撫でる。

茶太郎は何かを懇願するようにさくらを見上げていた。

先刻、黒い雲の話をした時からずっとだ。


 「わかっておる」

 「わふっ」


 茶太郎の頭をもふもふ撫でるさくら。

美少女が小さな犬猫を愛でる姿に、通行人が振り向き、感嘆の声を上げる。

勿論さくらはそんな声も視線も気にせず、ふかふかの2匹を撫でまわしている。


 「お主の友は苦しんでおるな…話を聞かねばならぬ。

  わらわとも大いに関係があるはずじゃ」

 「わふ…」

 「フニ~」

 「軽々しく話せることではあるまい。難しいのう…」


 さくらは軽くため息を吐いた。いかに鬼とはいえ、人の心の機微まですべて理解しているわけでは無い。

茶太郎も似た表情でうなだれている。両者を見上げるコロ左衛門だけが呑気な顔だ。


 2匹を撫でつつ、さくらは夕暮れの空を見上げた。

逢魔が時――午後6時前後。夕方と夜の曖昧な境目。ただのススキさえ、恐怖によって怪異と化してしまう時間。

おぼろな闇に紛れて怪しき存在が現世に這い出し、恐怖に震える人間を脅かす時間。

異界の者を脅かすのは、本来なら出会うべからざる者同士故、互いに遭遇を忘れていつもの日々に戻るための行為だ。

だが、稀に人の命を喰らいに来る物の怪も存在する。

初音が反応を見せたのは、さくらがそんな話をした時だった。


 「わふっ」


 考え事をするさくらに、茶太郎が一声鳴いて初音の帰りを教えた。

初音は紙袋を両手に持って戻ってきた。購入したのは筆記用具とノート数冊。


 「おう、お帰り。買い物が終わったのなら帰ろうかの」

 「……」


 さくらは初音に茶太郎のリードを手渡した。

礼も言わずに初音は受け取り、茶太郎を連れて歩き出す。

その後についてさくらとコロ左衛門も歩き出した。


 夕焼けの住宅街に、カコンカコンと下駄の音が響く。

先刻と異なるルートで家に帰る一行。初音が茶太郎に散歩のコースの選定を任せているのだ。

行きと違うルートではあるが、茶太郎は間違いなく新しい家に向かっていた。賢い仔犬である。

住宅街を歩き、小さな公園の前を通り過ぎ、行きと同じ川沿いの道路に出たところで、さくらは初音に声をかける。


 「初音。聞いておきたいことがあるのじゃ」

 「……」


 初音は返事をせず、軽く背後に視線を送るだけだった。

構わずにさくらは話し続けるが、初音は無視する。


 「お主、先ほどのわらわの言葉で何か気になったことがあるのであろ。

  黒い雲と赤い稲光――心当たりがあるのではないか?」


 無視する初音――だが、リードを握る手に少しだけ力が籠ったのを、さくらは見逃さなかった。


 「…もしや見たのか? 赤い稲光を」

 「………」

 「それが真実(まこと)なら聞かせてくれぬか。わらわにも、そしてこの地にも大事なことじゃ。

  噓などとは思わぬ。わらわは幾度も見て、この世に出でた化物どもを葬ってきたのじゃ」


 初音の足がついに止まった。噛みしめた唇が震えている。足元で気づかわし気に茶太郎が見上げる。

1つ深呼吸し、初音が振り向く。先刻までの無表情とも異なる、すがるような…それでいてどこか虚ろな瞳だ。

やはり何かあると、さくらは自分の推測が的中したことを悟る。

足元では茶太郎がさくらに駆け寄って脚に縋った。助けを求めているのだ。


 「では、すこし休もうかの。まだ逢魔が時まで時間はある。

  親御殿には話せぬことであろ?」

 「………はい」


 初音は初めてさくらの言葉に明確に返答した。

河川敷の公園に降り、古びたベンチに2人で座る。

茶太郎が初音の膝に、コロ左衛門がさくらの隣に座った。



読んでいただきありがとうございます。

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