第六十七話
そして男子たちが揃ったところで、鬼煌院夫妻は全員に向き直った。
2人とも鬼ゆえに体が大きく、家の中で一番大きな座布団も小さく見える。
最初に切り出したのは、巌十郎であった。
「…では改めて。
わしは鬼煌院 巌十郎、魔妖夷討取改方の長じゃ。
隣にいるのは我が妻、イト。さくらはわしらの娘じゃ」
ここまでは全員が聞いている話しであったが、改めて聞くことで、彼らがさくらの両親であることを全員が実感する。
さくらは鬼煌院夫妻によく似ていた。顔立ちもだが、その雰囲気、小さな命を想う優しさが。
さくらを想う初音、両親を救われた寧々子は、特にそう感じている。
「…さくらからは、わたくし達がスクナの封印から離れられぬと、お聞きかと存じます」
「はい。――じゃあ、お二人がここにいらっしゃるということは…!」
「うむ」
イトの言葉に驚愕する実。
続けて巌十郎が重々しくうなずいた時、その場にいる全員が、今何が起こっているか理解した。
「スクナが目を覚ました」
目覚めてはならぬ邪悪の顕現、そしてさくらを焼いた黒い傷の正体。
さくらから聞かされ、そして子供達は博物館の展示で姿を見た、魔妖夷の長。
産まれる前に胎から引きずり出され、邪教の手で呪物と化した双子の赤子の木乃伊。
国土滅亡の呪いを籠めて作り出された、千年前の人造の奇形児。
両面宿儺もどき…スクナがよみがえったという。
「奴は我らが封じておる間も、いかにしてか邪気を蓄え続けておった。
今しがた明かりが消えかかったであろう。あれも奴の邪気によるものだ」
「本来ならば身も心も封ぜられ、あ奴の邪気は衰えていったはずなのです。
ですが、あ奴は何故か邪気を高めていました…」
「さくらちゃんからもそう聞いてはいますが、あなた達でも抑えきれない程ですか?」
「うむ…」
悔恨に沈む夫妻に成子が問うと、重々しく巌十郎がうなずいた。
その邪気の強さは、照明、そしておそらく学校の電話…
傷口の炎が、周辺の通電にまで影響を及ぼすほどだ。
彼が言う通り、異常な強さの邪気であった。
彼らにとって、この事態は全くの想定外であったらしい。
しかし封印から離れることなどできるわけもなく、結果として強化を赦してしまったのである。
もし魔妖夷討取改方が万全であれば、敢えて封印を解き総出で斃しにかかる手段も採れた。
だが改方の大人の鬼たちは、最期の闘いで半分以上が死亡。
生き残った者も全員闘えないほどに負傷した。巌十郎らを見れば明らかだ。
そして現在動ける鬼たちは全て子供。しかも日本全国で魔妖夷と闘っている。
現状を理解した初音の顔が青ざめた。
「そんなに力が強いのに、今動ける鬼は、さくらちゃんしかいないんですか…!?」
「うむ……だが一つ言えることは、奴はこの町からすぐには出ぬということだ。
初音殿、そなたがいる。奴はそなたの魂を狙っておる」
「私? 私の魂…」
そう言えばと、初音はスクナが襲ったのが、他の鬼ではなくさくらであることに気付いた。
活動できる中では筆頭与力のさくらが最強なのだろうが、宣戦布告するなら他の鬼でも良かったはずだ。
他の鬼ではななく、さくら――つまり初音と共にいる鬼の排除を狙ったのではないか?
というのが、巌十郎らの推測だ。
そして初音がスクナに狙われる理由。巌十郎たちはそちらにも見当を付けているという。
「どうして私…花咲の家の子が狙われてるんですか?」
「魔妖夷が人の恐怖を探り、現世を幽世に変えて現れることはご存知ですね」
イトの確認に初音はうなずく。実際、自分も級友たちも経験済みだ。
恐怖を振り払うことで、魔妖夷の出現を防ぐことも可能ではある。
だが、初音を追い詰めた鎌鼬、さくらが相対した濡れ女、この両者は突然出現した。
彼ら自身が幽世を作り出したわけではないのだ。
この時すでにスクナは復活しかけていたのだろう。
まだ拭い去れぬ初音の恐怖の感情を探知し、2体を送り込んだのだ。
しかして、殺してしまえばその恐怖の源泉たる初音自身も消えるはずなのだが。
初音のそんな疑問に対し、イトが説明する。
「奴の狙いはその恐怖を呑み込み、己の物とすることです。
恐怖を己の内に飼い、探り、常に顕現し続けること。
そして花咲の子の魂は、人の中でも特に恐怖に染まりやすいのです」
「常に魔妖夷との戦の傍にあったゆえであろう。
鬼との交わりが何代にも続いた弊害だ…」
「しかも今の世の花咲の家系では、あなた様が最も若い。むしろ幼い。
恐怖に対して鋭く、弱い。頼る者を喪った時には特に」
――つまり。スクナは常に現世から幽世への変転を起こす道具として、初音の魂を奪おうとしている。
例えるならば、恒久的な動力源にしようとしていたのである。
そもそもが恐怖に染まりやすい花咲の家の子供の中で、初音はもっとも幼く、そして多感な年齢ゆえに恐怖に対して鋭敏。
スクナが狙っているのは、そんな初音の魂から生まれる、絶大な恐怖の感情だ。
肉体の防御を喪った魂を体内に引きずり込み、純然かつ絶対的な恐怖を、常に自らの内側に感知できる状態にする。
いかなる時でも現世を幽世へ変転できるように。やがては、幽世を経ずして現世に現れるために。
「だから、あんな魔妖夷を…」
「わふっ」
鎌鼬の目的がまさにそれであった。
初音の心を恐怖の底の底に落とすため、敢えて初音自身は殺さず、迷宮で追い回し、茶太郎を虫の息にした。
濡れ女にさくらを殺させようとしたのもそれだろうと、巌十郎は推測した。
助けに来るはずのさくらが、あずかり知らぬ場所で、力を出せぬまま蹂躙される。
会えぬ間の不安、そして全身を傷つけられたさくらとコロ左衛門の姿に、初音は確かに絶望しかかった。
このように特に凶悪な魔妖夷が出現したのは、スクナが目的を確実に達成するためだったのである。
無論、初音の恐怖を感知させ、スクナ自身を呼び出すためでもあった。
――あくまでも巌十郎達の推測混じりではあるが。
日本潰滅を狙うスクナは、初音の魂を恐怖の底に落とし、自らのものにしようとしている。
そして初音の魂を確実に手に入れるため、さくらを…更には鬼を排除しようとしている。
これが今、初音を狙うスクナの真意であろう、ということだ。
「すまぬ…全て我らの不手際じゃ」
「まこと申し訳ございません、皆様…」
巌十郎とイトが深く頭を下げる。だが、それを初音がなだめた。
「…悪いのはスクナですから。お願いですから、謝らないでください」
「しかし、初音殿」
「さくらちゃんも、自分が悪くなんかないのに、いつも謝ってるんです」
初音が苦笑しながらそう言うと、鬼煌院夫妻は意表をつかれたように口をつぐむ。
「私が怖い目に遭ってるのは自分のせいだって。
いつも謝るんです…さくらちゃんのせいなんかじゃ、ないのに。
むしろ私の方が、さくらちゃんの足を引っ張ってるのに」
「……そうか…我らに似たのだな。やはり我らの娘だ」
決して初音自身が悲観的になっていないのをその言葉から悟ると、巌十郎は顔を上げた。
さくらが倒れ、しかも自分を狙うスクナが目覚めたことで、恐怖と絶望で間違いなく初音は焦燥している。
泣いていた初音は、それでも泣いていられないと、己の運命に立ち向かおうとしていた。
娘のさくらがどのように初音と接しているか、その表情と言葉で、巌十郎達にも理解できた。
そして真意を確かめるため、巌十郎は敢えて問う。
「初音殿。まことに恨んではおらぬか、己が運命を。
あるいはそなたを引きずり込んでしまった我ら、鬼を」
正面から問われ、初音は緩やかに首を振る。
先刻成子に告げたのと同じことを、初音は答えた。
「全然。さくらちゃんはいつも私を護ってくれますし…
それに魔妖夷が出たのも、鬼の皆さんのせいじゃないですから」
「わふ!」
「…左様か」
となりにいる茶太郎も、初音に同意とばかりに前足を上げ、自己主張した。
そして答えた初音の視線は、布団で眠るさくらに向けられる。
きっと目を覚ますという信頼、大切な人という愛情が籠められた視線。
初音の返答と視線で真意を悟り、巌十郎とイトは互いにうなずき合った。
「これなれば、さくらのことはお任せできそうですね」
「うむ」
「どこかにいらっしゃるんですか? さくらちゃんといてくれるのでは…」
身を乗り出して問う実に、鬼煌院夫妻は頷いて答えた。
「奴はしばしの間幽世に身を隠し、目覚めを盤石なものとするであろう。
それまでにさくらの傷を治し、そしてこの町を護る備えを整えねばならぬ」
「ゆえに、まず桜ヶ守神社に行かねばなりませぬ。
あそこはこの町の護りの要。何かあれば、そちらで花咲の皆様をかくまいます」
つまり、巌十郎とイトはこの町の防護の任を一手に引き受けようと言うのだ。
現時点でこの場にいて鬼仁鋼を持つ鬼は、さくらだけである。
彼らは今、自分達の武具は持っていないようだ。かつての闘いで破壊されたのだろう。
「さくらちゃんと話しては行かないんですか?」
成子が問うも、鬼煌院夫妻は揃って首を振った。
「少なくとも、備えが整うまではできぬ。
しかし――そうだの。目が覚める頃には一度会えるであろう」
「それなら仕方がないですね…」
実と成子はその返答に納得した。が、初音だけは少しだけ落胆していた。
およそ200年ぶりに親子が会う機会ができ、しかしさくらは傷を負って倒れた。
そんな娘を看病できず、彼らはこの町を護る支度をしなくてはいけない。
両親との仲直りを経た初音には、それが残念でならない。
周りを見ると、きのめと千歳はやむを得ぬと納得していたが、6-1の子供達は初音と同じく残念に思っているようだ。
仕方がない事なのかと、もう一度初音が訊こうとした時、巌十郎が身を乗り出した。
「初音殿。そなたにはわが娘のことを頼む」
「――私が?」
「うむ。そなたはさくらの良き友と見た。
故に我らはそなたを信じ、わが娘を託す」
「託す…」
託す――つまり、自分達の大切な娘を預けるに足る、絶対に信じられる人物だと、彼らは初音を見ている。
たださくらに護られるだけでなく、共に恐るべき運命を乗り越える、2人で1つと呼ぶにふさわしい存在だと。
巌十郎とイトの目は真剣であった。
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