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見参!おにざくら  作者: eXciter
第一幕:桜の樹の下で
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第六話


 さくらは不思議な人物だった。

遠慮なく人の家の居間に座り込み、人の心の奥底を覗こうとするが、何故か花咲家の誰もが図々しさ、ふてぶてしさを感じていない。

これは出会って1時間も経つか経たないかにもかかわらず、初音も同じであった。

昔からこの家に住む守り神か何かのような、理由の無い安心感がある。

古い時代からこの家に住む鬼などと戯言だと、初音は半ば冗談に思っている。

だがもう半分。その言葉を信じてもいいのでは、と思ってもいる。

だからこそ、初音はさくらを追い出さなかったのだ。


 夕方近くになり、一家そろっての引っ越し作業も掃除も終えて、初音は茶太郎と共に公園の近くを歩いていた。

文房具を揃えるための買い物で、家からしばらく歩いたところに古い文具店があるという。

きのめ曰く、店先であれば犬を連れていても買い物はできるらしい。

教えてもらった道のりを歩きつつ、買い物ついでに茶太郎の散歩のコースも選んでいた。

基本的には茶太郎が望むように歩かせて、子犬が歩くには危険すぎるコースと判れば変えさせる。

時間は初音が小学校から帰る頃。今の時間、午後の4時過ぎくらいだ。

これは引っ越しの前から決めていたことである。


 結局初音は昼食を採らず、しかし掃除はしっかりと行った。

自分の部屋、居間、前庭の物置、玄関、トイレ、浴室…落ち込んだ気持ちと空腹を紛らわすように、初音は働いた。

その後、成子から定期的に貰っている小遣いで文房具の買い物に出た。

茶太郎のハーネスに取り付けたリードは初音が持っている。茶太郎は常に初音の隣から離れず歩いていた。


 そしてその茶太郎の隣を歩くのは、コロ左衛門を連れたさくらである。

カコンカコンと甲高い足音がするのは、さくらが下駄をはいているからだ。

ごく普通の女子小学生が着ているような私服に下駄という、なかなか珍妙な組み合わせだった。

粉々に崩壊した蔵の瓦礫の中に埋もれていた、さくらの持ち物の1つだ。

曰く、武具(・・)とのことである。


 「この辺もだいぶ変わったのう」

 「フニ~」


 河川敷の公園を見下ろし、さくらとコロ左衛門が感慨深げにつぶやく。


 「明治の20年ころか。ここには私塾があってのう、童子(わらし)どもがよく遊んでおったものじゃ」

 「フニ~」

 「川の向こうには工場(こうば)があったのう。今は――あれは御屋敷かえ?」


 対岸にあるのは、さくらが言う屋敷ではなくアパートで、隣には大学がある。学生寮のようだ。

初音もこの近辺を歩くのは初めてなので、詳しく知っているわけではない。

ただ、初音が答えないのはそれだけではない。さくらがついてきたことに半分呆れ、半分苛立ちを感じているからだ。

夕方4時を知らせる音楽が街に鳴り響く。役場が防災無線を利用して流しているものだ。

河沿いの道路に並ぶ桜の木は満開で、夕焼けの光を浴びて不思議な色に染まっている。


 「夕焼けの桜も風流じゃ。やはり、春は良いのう」

 「わふっ!」

 「お主もそう思うか。そうじゃろう、そうじゃ」

 「あの」


 さくらがかがんで茶太郎を撫でようとしたところで、初音がリードを引き寄せてそれを阻む。

茶太郎が少し残念そうに見上げるが、初音はそれを無視した。


 「何で来たんですか」


 顔を見せないようにして問う初音に、桜は鷹揚に笑って答えた。


 「この地を守る者として、近場は見ておきたいからの」

 「じゃあ1人で見てきてください」

 「そうもいかぬ。お主は花咲の娘じゃからな、無事に家まで送り届けねば」


 どうやら彼女にとって花咲家は何か特別な関係のようだ。

が、初音にその意味は分からない。要するに護衛ということなのだろうか。

夕方という時間…確かに夜まで歩いていては危険だが、文房具を買いに行くだけだ。

特に恐ろしいことも無いだろう。


 「…茶太郎がいれば大丈夫なので」

 「わふっ!」


 初音が言うと、茶太郎は自慢げにさくらを見上げ、一声鳴いた。

通り過ぎる近隣の住民たちが、彼女達や茶太郎、コロ左衛門を見てカワイイカワイイと言う。

特にさくらの美少女ぶりは目を引くようで、何人もが彼女を見て振り向いた。


 「であれば、良いのだがの」


 そんな視線にさらされていることを知ってか知らずか、さくらは僅かに不安そうに言った。


 「暮れ六つ、酉の刻、日が沈まんとする(とき)。すなわち逢魔(おうま)とき

  現世(うつしよ)幽世(かくりよ)の境が薄れ、物の怪が現世に現る時を言う。

  お主も聞いたことくらいはあろう」


 さくらが問いかけるが、初音は無視した。その表情が僅かにこわばった。

気付かれたかと、初音は視線だけで桜の方を見る。

暮れ六つ、つまり午後6時。初音はスマートフォンを取り出し、時刻を表示した。

午後の4時過ぎ…あと2時間近くある。文具を買い、家に帰るには充分だ。

――その行為が自身の不安を現わすことに、すなわちさくらの発言に恐怖したことに、初音自身が気づいたかどうか。

その胸の内にあの日(・・・)の記憶がよみがえったことを、初音は気づいたかどうか。


 「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』恐れた物の怪が、実はススキなどの草でしかなかったとの諺じゃな。

  だがの初音、恐れる心があればただの草も物の怪になってしまうのじゃ。特に逢魔が時こそ」

 「フニ~」

 「……中には悍ましい輩もおる。二つの世の境を自ら食い破り、現世に牙をむくやつがな。

  特に黒い雲がにわかに湧きだし赤い稲光が光ったら、その時は――」


 黒い雲、赤い稲光という言葉に初音は目を見開き、足を止めた。茶太郎も同じく、初音の脚にしがみつく。

少し遅れて立ち止まったさくらとコロ左衛門が、不思議そうな顔で振り向く。


 「……どうしたのじゃ?」

 「………黒い…雲…」

 「わふっ…!」

 「初音? 茶太郎?」


 震える初音に歩み寄るさくら。同じく何かを恐れる茶太郎を、コロ左衛門が撫でる。


 「フニ~」

 「初音……」


 声をかけて伸ばされたさくらの手が、初音の肩に触れた。



読んでいただきありがとうございます。

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