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見参!おにざくら  作者: eXciter
第三幕:つなぐ手に命を
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第四十一話


 しばしの沈黙を破ったのは、クラスの男子リーダー格である理一だった。


 「なあさくらちゃん。そのマヨイって怪物、怖がってると出てくるんだろ?」

 「うむ…」

 「じゃさ、俺達が怖がらなくなっちゃえばいいんじゃないかな」


 全員の目が理一に向けられた。

予想通りといえば予想通りとばかり、渚が辛辣な言葉を返す。


 「あなたテキトーな事言ってませんこと? そんな簡単に怖くなくなるなんて」

 「言ってねーよ! だって、怖がってたら出てくるってんなら、逆に怖がんなかったら出てこないんだろ。

  俺達が怖くなきゃ、花咲だって、少しは怖い気持ちも減らせるんじゃないか?」


 理一の言葉の選び方は稚拙だ。それだけに、彼が彼なりに真剣に考えているのがわかる。

真っ先に賛同したのが、しばらく黙っていた真登、そして理一の相方の寿司だった。


 「…一理、ある……怖くないのが、マヨイに伝われば…逃げていくかも…」

 「仮に出たとしても、全力はふるえないかもしれませんしね」

 「だろ?」

 「だろって、私達はそのマヨイに会ったこともありませんのよ。

  どれだけ恐ろしいか判りもしないのに、そんな憶測だけでモノ言って!

  寧々子さんもホラ、何か言って差し上げて!」


 希望的観測で発言する男子たちに対し、渚はあくまでも現実的に考えている。

しかし促された寧々子は初音とさくら、そして茶太郎とコロ左衛門を見て何やら考えている。

すぐには何も言わない寧々子に渚は顔をしかめ、初音は緊張する。

神職の娘である彼女の言葉が子供達に与える影響は、この場において決して小さくない。

神社の子が言っているのだからと、男子たちは考えを変えてしまうかもしれない。


 寧々子、何より宮司がもし、この町に住まわぬよう花咲家に進言したら。

勿論、そうなれば学校に行くのをやめ、他の町に出る覚悟を初音は持っている。

だが本心では、初音は今の学校に、そしてこの町にいたいと考えている。

何よりさくらの傍にいたいと。


 この町と違って神仏の力を宿した桜の樹が無い他の町に出て、そこで魔妖夷――そして長たる『スクナ』の手にかかるしかない。

さくらが付き添うとしても、他に花咲家を助ける者がなければ、護り切ることはできない。


 「…寧々子さん」

 「わふ…」


 不安げな初音と茶太郎。その頭をさくらが優しく撫でる。

しばし熟考し、寧々子が口を開いた。


 「初音ちゃんをまたあんな恐ろしい目に遭わせてほっとくなんて、あたしはできない。

  お祖父ちゃん、そうだよね?」

 「うむ。鬼煌院様だけではなく、友達のお前達も支えてあげないとね」

 「……まー、そうですわよねぇ…」

 「………!」


 寧々子の言葉に、初音は喜びさくらの方を向く。ウムとうなずくさくら。

男子たちはそうだよなそうだよなと賛同し、渚は呆れて天を仰ぐ。

とはいえ、渚はあくまでも初音を支えることに反対しているのではなく、もっとよく考えてから決めてほしかっただけである。


 「ありがとう、皆…」

 「わふっ」

 「よかったの、初音。皆良き子じゃな」

 「うん!」


 幸福そうな初音を見て、迷っていた保護者たちは何も言えなくなってしまった。

そして初音の隣にいるさくらもまた、落ち着いてこそいるが、初音の幸福を喜んでいる。

初音を泣かせてしまうとあっては、隣にいる鬼の美少女に何をされるか分からない…

それ以上に幼子の幸福そうな表情に、同年代の子供の親たる保護者達も、彼女の顔を曇らせてはならぬと思ってしまった。

反対していた寿司の母、慎重であろうとしていた渚、どちらも苦笑する。

普通の人間である自分達が何をできるものかなどと、誰も言う気配は無かった。

そこで寧々子が話を切り替える。


 「で。初音ちゃんの方はいいとして、さくらちゃんは学校には来られない?」


 初音の傍に常に控えていれば、魔妖夷が出現してもすぐ守れるだろうとの考えからの質問だ。

これにさくらは苦々しい顔で答えた。


 「魔妖夷はいつどこに出るかわからぬからの、いつも初音のすぐそばに出るとは限らぬ。

  いつどこに出ても良いよう、花咲の家で常に番を張っておくしかないのだ。

  それに、鬼たるわらわに今の世の勉学を活かす機会もあるまい。

  居眠りでもしては邪魔であろ?」


 答えるさくらの目元に僅かに悲し気な色が差したのを、初音は見逃さなかった。

学校に来られない理由が他にあるのであろうか。

初音は訊こうとしたが、寧々子はナルホドと答えただけで、すぐに話題を切り替える。

課外授業のことだ。


 「うーん…とすると、火曜日の課外授業も無理かなあ。

  学校から離れちゃうから、その日はそばにいてあげた方がいいと思うんだけど…」


 問題はそれであった。先述したとおり、さくらは博物館の場所を知らない。

最善なのはさくら、そして彼女の相棒のコロ左衛門、さらに幽世(かくりよ)へと突入できる茶太郎の同行だ。


 「先生、さくらちゃんについてきてもらうの無理?」

 「そうねえ、見学の申し込みはもう済ませたし。

  今から1人追加となると、あちらにスケジュールの調整をお願いしないと駄目ね…」


 博物館側は千歳と6-1の人数分でスケジュールを調整している。

必要なスタッフの人数、1フロアでの見学の時間、などなど調整し直す必要が出るのだ。

学校内だけのことならともかく、外部の施設に迷惑をかけるわけにもいかない。


 だがさくらが同行できないとなれば、1日だけでも初音とほぼ完全に離れてしまう。

魔妖夷に1日もの時間を与えてしまっては、間違いなく初音が殺される。

更に場合によっては子供達も巻き込まれる可能性さえあった。

理一が先刻のように言った傍から、子供達は不安にかられる。

が、千歳はしばし考えた後、意を決した。


 「頼んでみましょう。それで駄目だったら、皆でどこか遠足にでもしましょうか」

 「良いのか、先生どの? 確かにまあ、わらわが初音の傍にいた方が良かろうが…」

 「もちろんよ。こういうのは大人に任せておきなさい。それと――」


 さくらの疑問に鷹揚に請け負う千歳は、ふと茶太郎とコロ左衛門に視線を向けた。

もしや、と初音はその意図に気付く。


 「その子達のことも頼んでみるわ。いざという時助けてくれるんでしょう?」

 「あの…先生、博物館って動物連れてっちゃダメなんじゃ…」

 「わふ?」

 「フニ~」


 美術館などの施設は、大概動物の立ち入りが禁止されている。

許可されるとすれば介助犬くらいで、他の利用者に触れず、また施設や展示物を汚損しないよう、徹底して注意した上での入場のみだ。

にもかかわらず、千歳は茶太郎達の入館も掛け合ってみるという。

いくら何でもそうとうな無茶ではあるまいか…

初音もさくらもさすがに止めようとしたが、初音の安全のためならと、断固として千歳はやめようとしない。


 「私はあなたたちの担任の先生よ。授業の時間は貴方たちを護らなくてはいけないの。

  安全に授業ができるように手筈を整えるのも、私の仕事」

 「でも、それじゃ先生が…――うー……」

 「わふ~」


 千歳にかかる負担を考え、悩む初音と茶太郎。その肩に実と成子が手を置いた。


 「初音、素直に先生のご好意を受け取りなさいな」


 成子がそういって笑う。


 「お母さん…」

 「ちゃんと勉強して、いっぱい楽しんで、それから卒業なさい。

  ここの学校に通って良かったって思えるように。ね」

 「そうだぞ。それにさくらちゃんもいてくれる。怖いことは何も無いよ、初音。

  ――先生、どうかお願いします。必要でしたら、僕たちからも施設の方にお願いしますから」

 「お父さん…」


 花咲夫妻は優しく初音を諭す。

一度命を落としてしまった初音が、今では学校に通えるようになった。

それが2人は嬉しくてたまらないのだ。

初音自身も通学できることを喜んでいる…それを見抜いたうえでの発言である。

両親の後押しは、迷っていた初音が決断する決め手となった。

さくら、茶太郎と共に千歳に頭を下げる初音。


 「それじゃ先生、お願いします」

 「わらわからもお頼み申す」

 「わふっ」

 「任せて頂戴!」


 快く請け負う千歳。子供達もある者は安堵し、ある者は喜び、ある者は苦笑しつつ何も言わない。

結果、瞬く間にさくらの課外授業の同行は決まってしまった。


 初音に起こっている出来事、さくらの正体。

初音たちをこの町に受け入れるかどうか。課外授業へとさくらが同行できるか。

すべてが子供たちとその保護者に受け入れられた。

喜ぶ初音をさくらが笑顔で撫でてやる。茶太郎とコロ左衛門も大喜びだ。

保護者と千歳に頭を下げて感謝する実と成子、きのめ。

そして初音もまた、クラスの子供達に感謝していた。


 「みんな、ありがとう…」

 「だから言ったろ? ちゃんと聞くってよ」

 「クラスの代表づらしないでくださいますこと?」

 「この件に関して言えば、寧々子さんの方が発言権が大きいですからね」


 誇らしげな理一に対し、渚と寿司が冗談交じりに突っ込みを入れると、なんだとコノヤロと怒り心頭の理一を真登がおもむろに宥める。

級友たちを尻目に、寧々子は初音とさくらの前に座った。


 「よかったね、初音ちゃん。さくらちゃんも来てくれるし」

 「うん!」

 「何やら強引に解決されたような気がするのだが…

  まあ、初音の傍におれるなら良いか」

 「フニ~」


 さくらは苦笑するが、それでも予想外だったことに困っているだけで、強引に同行が決まったことへの不満は無さそうだ。

そして初音も初音で、さくらの同行に喜びが隠せなかった。

魔妖夷から護ってもらうだけではなく、たまには一緒にどこかに行きたい…一緒に遊びたいという気持ちは、確かにあった。

課外授業の形とはいえ、使命をいったん置いておき、さくらと共に出かける。

と、その目の前にさくらの顔が現れる。

顔を覗き込まれていたと知り、初音は顔を赤くする。


 「そんなに喜ばれると、こちらも嬉しくなるのう。

  初音、良かったの。皆と楽しむが良いぞ」


 さくらの手がやさしく初音の黒髪を撫でた。


 「うっ…うん! あ、でも、さくらちゃんが来てくれるのも、嬉しいよ!」

 「そ………そうか…」


 素直な喜びの言葉を正面からぶつけられ、さくらの頬もまた赤くなった。

美少女2人が顔を赤くする光景に、茶太郎とコロ左衛門は首をかしげる。


 「うむ…まあ、その、初音が良いのなら、うむ」

 「う、うん……」

 「わふ?」

 「フニ~」


 言葉少なにフイと目を逸らし合う2人。仲が悪いのではなく、互いに恥じらっている。

初音もさくらも互いの感情をまだ理解していない…初音は12歳。多感にして、まだ大人へと変わり始める最初の段階だ。

そしてさくらは長命種族たる鬼とはいえ、まだ子供である。自身を客観視できるほどに心は成長していない。

横で見ている寧々子も小学6年生、茶太郎は仔犬。コロ左衛門もやはりまだ子供である

初音とさくらの間にある心が何なのか。初音たち自身を含め、理解している者はいない。



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