第四話
かくしてさくらとコロ左衛門は花咲家に住むこととなった。
まずはきのめが風呂に入れてやり、その間に成子と初音が代わりの服を買いに行く。
どれだけ眠っていたのかわからないが、さくらもコロ左衛門も相当に汚れているのである。
襦袢もぼろぼろで、どこかに軽くひっかけた途端にビリビリと破れてしまった。
尻が丸出しになったさくらを見て、これではいかんと成子が言い出し、買いに行くことになったのだ。
その間に実は引っ越し作業を済ませ、茶太郎は初音の部屋で留守番。
きのめとさくらが風呂から上がる頃、折よく成子と初音が帰宅した。
買ってきた服を受け取り、きのめが着せてやる。
木綿の肌着にキャミソールとスパッツ、その上に着る少し大きめのTシャツのセットだ。
サイズはほぼ初音と同じ。
さくらは不平不満を一切言わず、慣れない洋服に戸惑いながらも楽しそうに着こなしていた。
「さっぱりしたでしょう。髪もお肌もすっかり綺麗になって」
「うむ! 実にいい湯であったぞ、おばあ殿。
今の風呂はあのようになっておるのか…人の進歩は目覚ましいものがあるわい」
「フニ~」
風呂上がりのさくらがコロ左衛門と共に居間に現れた。
引っ越し作業も大方終わり、居間で家族そろって昼食にしようとしていたところだ。
茶太郎の食事の時間でもあるため、初音は茶太郎を呼ぶ。
新しい家に既に慣れたのか、茶太郎はためらうことなく階段を下りてきた。
我が家の如く居座りつつ、どうしてか図々しさも図太さも、さくらは感じさせない。
ずっと昔からこの家に住んでいたかのように、まったく違和感のない不思議な存在。
初音は、そんなさくらの姿を見て改めて思った――
(………すっごい、美少女)
褐色の肌と桜色の髪は、温まり洗ったことで清潔になり、艶と柔らかさが増した。
肌は血色も良く、目は輝いている。
顔立ちなど、令和の今でも通じるどころか、雑誌のモデルが田舎の小娘に見えてしまう程。
本当に鬼であるかどうかは甚だ怪しいところだが、それでも人知を越えた美しさと言って差し支えないだろう。
さくらはちゃぶ台の横にあぐらをかいて座り、成子が出した温かなお茶を飲んでいる。
その横で茶太郎がさくらを見上げ、たまに手の匂いをふんふん嗅いでいた。
時折首をかしげているのは、さくらが初対面の相手だからであろうか。
それとも本当に人間以外の生き物だと、茶太郎は理解しているのか。
「フニ~」
「わふ?」
さくらのひざにはコロ左衛門が座り、ちょいちょいと茶太郎の頭を撫でていた。
悪い気がしないらしく、茶太郎はその手を払おうとしない。
茶太郎が警戒しないことで、どうやら実と成子も安心したらしい。
2人はさくらの向かいに座って尋ねた。
「しばらく住んでいいとは言ったし、母さんも了承したけど。
住む場所が見つかるとして、どうやって生活するんだい?」
「女の子の1人暮らしなんて無理よ。
うちもうちで裕福じゃないけど、もうしばらくいてもいいのよ」
「ふむ…そうじゃのお」
「フニ~」
湯呑をちゃぶ台に置き、さくらとコロ左衛門はしばし考える。
きのめ、花咲夫妻共にさくらが居候することに不満はないらしい。
むしろ大人としては正しい反応だ。子供を1人放り出すわけにはいかない。
そして実も成子も、既にさくらを受け入れるようになっていた。
考え方こそ現実的ではあるが、夫妻もきのめと同様に鷹揚な人なのだ。
さくらもその好意には感謝してはいるようだ。
しかし初音としては、両親の案には反対であった。
鬼の子であるなどと当人は言う…事実であるかどうかもわからぬ分、余計に信用できない。
何より、初音にとっては茶太郎がいれば十分なのだ。これ以上家の住人を増やしてほしくない。
せめて家では1人に――あるいは、茶太郎と2人きりになれる時間が欲しかった。
そんな初音の考えを見透かしたのか、お茶をもう一口飲んでさくらは言う。
「空き家でもあればそこに住もうと思うておる。
労働もなにか…どこかの農家で畑仕事や野菜売りの手伝いでもすれば、まあどうにかなろう」
…と思ったが、時代錯誤も甚だしい発言に初音はあきれた。
いくら古い家が多いとはいえ、こんな住宅街にそうそう空き家は無い。
それに一家の経済を支えるための畑仕事など、今の時代には専業の農家でも無ければ行わない。
そうでもなければ、時間と経済に余裕のある中年から老齢の大人が、趣味で家庭菜園を作っているくらいだ。
(………頭の中が昔の人だ…)
鬼かどうかはともかく、昔の人ということは事実のようだ。
実たちも同じく呆れている。理解していないのはさくら本人、そしてコロ左衛門と茶太郎だけだ。
「…あのね、さくらちゃん」
「なんじゃ?」
「今は子供が働くこともできないし、畑の作物で一家の経済を支える必要も無いの。
子供は学校…学び舎って言った方がいいのかしら。
そこに行って、仕事は主に親がすることになってるのよ」
「ほお…そうなのか……」
「フニ~」
成子が呆れつつも諭すが、さくらはただ首をかしげるだけだった。
「というより、子供を働かせた大人は罰せられるんだ」
「なぬ!? そういう時代になったのか…なるほどぉ…
わらわが前に起きていた頃は、子は奉公に行くものであったがなあ…」
実にそう言われ、初めて時代の変化を感じたらしい。
と同時に、自分が子供であることを彼女は自覚しているらしいと、初音には判った。
そして真剣に考える姿から、むしろ融通が利き、柔軟に物事を考えられる…
頭の固い頑固者ではなく、むしろ聡明と言える。
――それだけに、初音は悪い予感を覚えた。
「そうか…では済まぬが、これよりお世話になりますぞい」
予感は的中。さくらはこの家に住むことにしたのである。
新しい家が見つかるまでの仮住まいというのではなく、本格的な居住だ。
物わかりが良く、かつて自分が生活した時代と違うことを、さくらはよく理解している。
そして自身と周囲の安全、花咲夫妻ときのめの心情を理解し、決めたようだ。
だが、せめて家では1人きりか、茶太郎との2人きりの時間が欲しい…
そう願っていた初音の思いは、全く叶わぬというわけでもなかろうが、それでも阻まれる可能性が出てきた。
落胆し、小さく息を吐く初音。耳ざとく聞きつけたさくらが振り向いて、2人の目が合う…
だが初音はすぐに目を逸らした。
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