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見参!おにざくら  作者: eXciter
第一幕:桜の樹の下で
3/59

第三話

幼女には毛玉を。


 「わふっ」


 開けてみようと誘うような一声だった。

その声に初音は決断する。そして、両親と祖母がまだ気づいていないことを確かめ、扉に触れた。

途端、お札がはらはらと散り、地面に落ちて消えた。

草の陰に隠れたのではない、本当に消滅してしまったのだ。


 「あ…っ」


 初音が僅かに上げた驚きの声に大人たちが気づく。

成子が初音の手を取り、止めようとした。


 「何してるの、初音!」

 「え…えっと……」


 初音がお札の消滅を説明しようとする間、既に扉は軋みを上げ、ゆっくりと蔵の内側に開いた。

薄暗い内部が日の光に照らされ、はっきりと見えた。

木箱や何かの袋、古い人形、そして…


 「……おふとん?」


 中に敷かれた布団一式。初音が違和感を持ったのは、掛け布団が丸く盛り上がっていることだった。

 誰かが布団の中にいる。祖母が見たことも無い蔵の中で、誰かが眠っていたのだ。

初音が踏み込むと、布団が蠢いた。そして中から小さな手が出て来て、布団をめくり上げる。


 果たして布団の下から出てきたのは――1人の少女であった。


 つややかな褐色の肌、淡い桜色の髪、眠たげな眼。身にまとっているのは薄い着物1枚。

襦袢といったかと、初音は思い出した。

桜の髪の少女は口元をもごもごさせ、起き上がると大きくあくびをした。

見た所、初音と同年代と見える。襦袢がちらりとはだけた肩が妙に色っぽい。


 「んふわぁぁ~~~~~~……あぁ、よく寝たわい。

  どうやら目覚めの時が来たようじゃの」


 初音と同じ年ごろと思えぬ、武士のような古臭くいかつい言葉遣いだ。

彼女は何度か瞬きをすると、初音の方に顔を向けた。

目が合った。初音も思わず目を見開き、何度も瞬きをする。

先に口を開いたのは、桜の髪の少女の方だった。


 「娘。誰じゃおぬしは」


 こっちのセリフだと初音は思った。

思ったが、突然の遭遇に言葉が出ず、驚きの余り後退ってぺたりと座り込む。

言葉が出ず口はぱくぱくと開閉するのみだ。

両親もまた驚いていた。代わって尋ねたのは、一番落ち着いているきのめであった。


 「………あの、どなた?」


 桜の髪の少女はぱちくりと瞬きすると、蔵から顔を出して周囲を眺めた。

ずっと籠っていたのか、周囲の光景に明らかに驚いている。

が、しばらく眺めてふむふむとうなずき、答える代わりにきのめに尋ねる。


 「ここは花咲の家かえ?」

 「ええ、そうですけど…」

 「ほおぉ…随分また、新しゅうなったものじゃのお…

  わらわが前に目覚めた時から、どうやらだいぶ時が経っておるようじゃな。

  これはこれは、だいぶ眠っておったようだわい」


 少女はこの古い家を新しい、あるいは近代的と表現した。

初音や実どころか、きのめが暮らしていた時期でもだいぶ古い筈の家を。

何者なのだ、この少女は…そう初音が思っていたところで、布団がまたも蠢いた。

中にはまだ何かいたようだ。少女と比べてもだいぶ小さいが、恐らく生き物が。

布団から抜け出てきたその生き物は、茶太郎と同じくらいの体格の動物だった。


 「フニ~」


 見た目はふかふかの毛並みで黄色地に黒い縞模様。

虎に似た模様の、眠たげな顔の丸っこい猫だ。

見た目、鳴き声共々可愛らしい。ブロンソンみたいときのめが呟く。

少女はそんな仔猫を抱き上げ、撫でまわした。


 「おぬしも目を覚ましたか。見よ、すっかり花咲の家が新しゅうなっておるぞ!」

 「フニ~」


 少女に言われて仔猫が家を見上げる。

少女と猫は、続けてすぐそばに立つ大きな桜の木を見上げた。


 「おお…――うむ、ここは間違いなく花咲の家じゃ。

  わらわ達が眠ってからだいぶ経ったが、それでもこの桜の木は変わらぬ」

 「フニ~」


 いつの間にやら思い出話に浸っている少女と猫。

どうやら本当にこの家に…というか、蔵に住み着いていたらしい。

唖然としていた初音だが、一番大事な問題を見過ごすまいと正気を取り戻し、少女に尋ねた。


 「……あの。あなた、誰なんですか?」


 初音が問うと、少女はやっと振り向いて答えた。

先ほどは無視されたが、今度は答えてくれる気のようだ。


 「おう、よくぞ聞いてくれたな娘よ。

  わらわは鬼煌院(きおういん) さくら。

  こやつはコロ左衛門(ざえもん)、わらわの友じゃ。

  わらわは鬼の子。――この地を守る、鬼の子じゃ!」

 「フニ~」


 と、少女…さくらは堂々と名乗った。

合わせてコロ左衛門もぴょこっと前足を上げ、自己主張する。

しかし気の抜けた猫(?)の声、それらしい角の無い頭部、何より初音と同年齢程度にしか見えない幼い容貌が、発言の説得力を全て粉々にしている。

そして極めつけに。


 「わらわはこの蔵に住んでおる。何かあれば頼るが――」


 良いぞ、と続けようとしたのだろう。

しかしさくらが蔵の壁に触れた途端、ピキリと音が聞こえた。

全員が動きを止め、音源の方向を中止する。さくらの手が触れた壁に、黒いひびが走っていた。

そのひびが瞬く間に伸び、壁を縦一直線に、更に左右へと広がる。

あっという間に蔵の壁全面にひびが入った。


 「あ」

 「あ」


 初音とさくらがそろって間の抜けた声を上げた、正にその直後であった。

轟音を上げて突然蔵が崩壊し始めたのである。


 「ぬおおっ!?」


 爆破処理でもされたかの如く、蔵は粉微塵になり、瓦礫が堆積した。

幼い少女1人の腕力程度で粉砕できるほどに風化でもしていたのか。

それとも本当に、さくらが剛力を持つ鬼の子なのか。

いずれにしろ、この蔵は最早建っているのもやっとという状態だったらしい。

その場にいる全員が、呆然と瓦礫の山を見下ろしていた。


 「あ~~~…その……」


 さくらとコロ左衛門は座り込み、きのめに頭を下げる。

頼るがよいどころか、彼女自身が真っ先に他人に頼ることになったのである。


 「済まぬ。しばし住まわせてはもらえぬか」

 「フニ~」


 それに対し、家主たるきのめは実に鷹揚に答えた。


 「仕方ないわねえ」

 「かたじけない…」

 「フニ~」


 苦笑してさくらの頼みを快諾するきのめ。

砕け散り瓦礫と化した蔵。状況が理解できず、呆然としている両親。

地に額をついて頭を下げる少女と猫。ただ1匹平然としている茶太郎。

そしてそれを見下ろす、大きな桜の木…



 これが12歳の少女・花咲 初音と、鬼の子・鬼煌院 さくらの出会いであった。



読んでいただきありがとうございます。

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