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見参!おにざくら  作者: eXciter
第二幕:さだめは君の名に
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第二十一話


 記憶を失くしていることは知っていた。だが、あまりにも突然の言葉に、初音は言葉を失いかけた。


 「ぇ…――    ……死ん…私が…!?」

 「うん。少なくとも医学的、あるいは生物学的には死んだ状態だった。

  黒い雲と赤い雷が消え失せた時、お前は確かに死んでいたんだよ」


 実の言葉が嘘ではないかと、初音は疑う。

だが父の目は真剣であった。次いで成子、きのめにも視線を送ったが、2人とも同じだった。

がくがくと初音の体が震える。その肩にさくらが手を置き、なだめる。

少しだけ初音が落ち着いたところで、さくらが説明した。


 「魅入られてしまったのじゃ。初音、先ほど話したであろう」


 幽世(かくりよ)で狂わず、死にもせずに生きている状態…

魂ごと幽世に引きずり込まれた状態を、さくらはそう言っていた。

初音が思い出したのを確かめ、さくらが説明を続ける。


 「魂ごと引きずり込まれ、本来ならそのまま囚われるはずであった。

  しかし何があったか、幽世から弾かれたのじゃな」

 「はじかれた…」

 「うむ。ばらばらの2つの世を行き来した結果、お主の魂は耐え切れなかった…

  現世(うつしよ)に戻った時に魂が壊れてしまったのであろうな」


 魂が壊れた。すなわち――

きのめから時折聞かされた昔話で、人には魂があることを説かれた。

事実かどうかは別として、人の心、命、そういったものが魂に全てあるというなら。

それが壊れたということは、すなわち。


 「じゃあ」


 茶太郎を抱きしめる腕に、自然と力が籠る。


 「じゃあ、私…わたし、ここにいるのは……私は…」

 「――初音っ!」


 恐怖に震え出す初音の肩を実が押さえ、手を握り、正面から見つめる。

落ち着いた初音を実の大きな手が撫で、優しく諭す。


 「お前はちゃんと生きてここにいる、僕達の娘だ。

  僕達がずっと育てて、これからも一緒にいる。大事な娘、初音だ」

 「でも、じゃあ…じゃあ何で、私、ここに、生きて…」

 「…あの後、母さんを通じてこの街の神社の宮司さんに相談したんだ。

  桜ヶ守(さくらがもり)神社。さっきの場所の近く」


 さくらが魔妖夷を斃した場所の近くの神社。すなわち、さくらが清めの金棒・鬼仁鋼を預けた場所だ。

きのめの方を見ると、彼女も実の言う通りだとうなずいた。


 「それからしばらくこの街で療養してたんだけど、引っ越してここに住むよう言われたんだ。

  そしてあの体験が夢だったと思うよう、恐怖を忘れるように言い聞かせ続けろとも。

  この街の桜の樹には神様の力があって、怪物の目から初音を隠してくれると…

  壊れかかった魂を癒してくれるからって。

  そして『鬼』と巡り合うまで、この町で匿いながら待てと」

 「こっちに越してきたのは…」

 「うん。お前のためなんだ、初音」

 「あの怪物は人の恐怖の感情を見つけて現れると、宮司さんが言っていたのよ。

  だから、あなたの一番恐ろしい記憶も、どうにか忘れられるようにって…あんなことを」


 実が、そして成子が説明する。

説明もなくあまりに急に、しかも小学校最後の1年を前にして決まった転勤。

理由を聞いた時に焦るようにはぐらかそうとした実の姿を、初音はよく憶えていた。

当時は――記憶を手繰り、景色を思い出した。雪が溶けかかっていた。年が明けて1月の末、あるいは2月の初頭。

つまり、蘇生後のことだ。

そこまでの記憶が無いことは、初音自身もよく知っている。


 怪物…魔妖夷が恐怖を感知して初音たちの世界に現れることは、さくらから聞いていた。

つまり、初音に当時の恐怖を忘れさせるため、実たちは彼女の言葉を夢だ幻だと言い聞かせ続けたのだ。

初音がまた襲われないように。怪物がまた現れないように…


 「そして、魔よけの力を持った犬を飼うようにも言われたんだ。

  その時に、専門のブリーダーさんのところに行ったら、茶太郎が真っ先に駆け寄ってきた」

 「う、ん…憶えてる…」

 「わふ!」


 自慢げに前足をぴょこっと上げる茶太郎。

この街には魔よけの犬を育てるブリーダーがおり、茶太郎はその人物から引き取った犬である。

その人物は桜ヶ守神社の宮司の友人ということだった。

そうしてどうにか息を吹き返し、茶太郎という友を得て。

しかし両親には己の恐怖を夢か幻扱いされつつ、初音はこの町に越してきたのだ。

――初音はあの日(・・・)の直後と認識していたが、実際はその数か月後。

茶太郎を迎えたのは、息を吹き返してからだったのだ。


 しかしそれだけで済む話なら、初音は今しがたのような危機に遭ってはいない。

さくらが闘う必要もなかったはずだ…つまり、そうではない理由があったのだ。


 「ただ、宮司さんも時間稼ぎに過ぎないと言っていた。

  初音を襲ったのは、僕達がいる世界を食い破って来る怪物だからって。

  この町にお前をかくまっても、いつかは見つかるかもしれないと」


 実はそう言う。つまり、半ば賭けだったのだ。

実際に実が言う通り、自分達がいる世界を食い破るように、魔妖夷は現世を幽世に変転させて現れた。

迎えに来たとも言っていた。匿ってこそいたが、いつ見つかるかも分からなかったのである。

――それでも、実は初音の蘇生、そして魔妖夷から護るためにこの町への転勤を決めたのだ。

魔妖夷を倒せる鬼がいる、この小さな町に。


 「…うん…」

 「さくらちゃんが春に目覚めるかどうか、あの時はまだわからなかった。

  だから最低限引っ越しは済ませて、あとは待つしかなかったんだけど――」


 実はさくらの方を向いた。

引っ越した当日、すなわち今朝がたに出会うとは、2人とも思っていなかった。

だがその目覚めのおかげで初音は助かったのだ…


 「改めて、ありがとうさくらちゃん。初音を助けてくれて

  ――初音も、済まなかった。でもさくらちゃんがいるから。もう大丈夫だからな」


 実は初音に謝罪し、やさしく頭を撫でる。その後さくらの手を握り、しきりに感謝の言葉を告げた。

もう良い、とさくらは穏やかにほほ笑んで何度か言うが、実は感謝をやめなかった。

その姿はまさに父親…初音の知る、良き父・実の姿であった。


 その光景を横目に、初音はここまでの話を頭の中で整理する。

死んでしまった初音を蘇生させ、そして魔妖夷から護るため、実と成子はここへの引っ越しを決めた。そして茶太郎を迎えた。


 転勤のために様々な手続きが必要だったであろう。

いきなり勤務場所を変えるのだ。あちらに行きます、はいどうぞ、で済むわけが無い。

引っ越しの費用、環境の変化、さまざまに変わることがある。行わなければならないことがある。

それも初音になにも感じさせずに。

人知の及ばぬ異界の怪物から初音を護るため、人としてできることをできる限り行ったのだ。


 初音の体験を嘘呼ばわりしたのも、様々な無茶を通してこの町に引っ越したのも。

全ての目的はただ1つ。実が言った言葉通りのことだ。


 「…………私を、護るため」


 名前さえ知らない怪物から初音を遠ざけ、壊れた魂を癒すため、できる限りのことをしていた。

何より娘の命を諦めず、目を覚ますまで…魂が壊れ命を失った初音を前にして、絶望することなく目覚めるまで待っていたのだ。

それでいて、初音の体験を夢や妄想と扱い、冷たく片づけねばならなかった。


 この家に到着する前の両親の顔を思い出す。

初音の冷たい返答に、2人揃ってつらそうな顔をしていた。

――愛する娘の言葉を世迷言と切り捨て続け、まともな親が正気でいられるはずがない。

ただ1つ、さくらと出会う時まで自分達が初音を護るという強い意志があったからこそ、ずっと正気を保てていたのだ…


 初音の目から1粒の涙がこぼれた。

その小さな体を成子が抱きしめ、そしてきのめが肩に手を置く。


 「初音。つらかったわよね、ごめんなさい…」

 「ごめんなさいね、初音ちゃん…」


 成子が茶太郎と初音を抱きしめた。成子の両目からも涙がこぼれる。

そしてさくらへの感謝を終え、実も初音に向き合った。大きな手が再び初音の頭を撫で、そして手を包み込む。


 「初音。今まで済まなかった…本当に、済まなかった…」


 温かく少し硬い父の手、少しだけ冷たく柔らかな母の手。

両親に抱きしめられ、初音の両目からとめどなく涙がこぼれた。



読んでいただきありがとうございます。

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