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見参!おにざくら  作者: eXciter
第二幕:さだめは君の名に
20/66

第二十話

肌色注意(文字だけど)


 湯船の温度と恥じらいで初音の頬が熱を帯び、赤らむ…

と、ふと見ると、さくらはじっと初音の横顔を見ていた。

先刻までの穏やかさと異なる、真剣な眼差しだ。

ドキリと胸が高鳴るのをどうにかこらえつつ、初音は気持ちを無理やり落ち着けてさくらに問う。


 「……ど、どうかした…?」

 「…………」


 が、さくらはすぐには答えず、しばし初音を見つめる。

沈黙に戸惑う初音。と、さくらは体を寄せ、初音の肩を掴んで初音を自身の方に向かせた。

正面からじっと見つめる桜色の瞳に、初音の胸が強烈に高鳴る。

対するさくらの表情が真剣そのものなので、却って恥ずかしいとも言えず、初音はされるがままにさくらの瞳を見つめ返した。

しばしの沈黙ののち、さくらは1つ深呼吸をすると、顔を近寄せて言った。


 「初音。胸を見せるのじゃ」


 突然のことに意味をしばし考え、気づいて慌てて初音は自分の胸元を腕で隠す。

ざばりと湯が跳ねて両者の顔にかかった。


 「む、胸!? 何で!? そんな、恥ずかしいよ…」


 慌てて答える初音の姿に、さくらは少し苛立ったように言う。


 「卑しいことを考えるでない。鬼仁鋼を呼びだした時、お主の胸に光が灯ったのじゃ。

  やけどか何かではないか確かめねばならぬ。だから見せてみよと言うておるのじゃ」

 「あ…そ、そういうこと… …え、あの時…?」


 うむ、とうなずくさくらの前で、先刻のことを初音は思い出す。

特に胸に熱や痛みを感じた記憶もなく、自分も茶太郎も異常は感じなかった。

が、さくらの表情はあまりに真剣であった…それこそ初音を心配しているようだ。

安心させるべく、初音は少しずつ腕を開き、胸が湯船から出るように少しだけ膝を立てた。

恥ずかしさに目を逸らしつつ、ちらちらとさくらの反応を伺う…

そしてさくらの反応はと言えば。


 「…………やはりか…」


 不安が的中したのか、ため息を吐いて目を伏せていた。

どんな反応だと戸惑っている初音の手を取り、さくらは立ち上がる。

そのまま初音の手を引くと、2人そろって湯船から出て、鏡の前に膝立ちになった。

さくらは鏡面の水滴を手のひらで拭い、鏡の前で初音の胸のある一点を指した。

初音は鏡を覗き込む――鏡の中では一糸まとわぬ初音とさくらが身を寄せ合っている。

鏡に映る自身の胸の中心から少し外れた位置に、覚えのない桜色の小さな斑点があることに初音は気づいた。


 「……虫刺され? 痣? 別に、痛いとかは無いけど…?」

 「これは『鬼桜(きざくら)の紋』じゃ。わらわも実物は初めて見る」

 「きざくらのもん…」

 「父上と母上から一度だけ聞いたことがある…」


 初音とさくらの視線が再び合う。こんどのさくらの目には、先刻の真剣さとも異なる悔恨があった。


 「鬼仁鋼は神社に預けておった。本来はそうやって人の世に預け、封を施し、いざという時に鬼が扱う。

  先ほど話したことじゃ。憶えておるな?」

 「うん…」

 「ところがごく稀に、人がその身より呼び出すことがあるらしいのじゃ。先ほどのお主のように」


 項垂れつつ話すさくら。つまり、鬼としても先刻のことは常識外の出来事であったようだ。

一糸まとわぬ姿のさくらがすぐ隣にいる事も忘れ、初音は聞き入る。


 「なぜ起きるのかはわからぬ。平時とどれほどの違いがあるかもわからぬ。

  ただ一つ言えるのは、その時に限り人の身にあることが起こる…と、父上は言うのじゃ」

 「あること…?」


 初音が訊き返すと、さくらはウムとうなずき、初音の胸の小さな痣に再び指先で触れ、小さく輪を描いた。


 「この鬼桜の紋は、鬼仁鋼を五度呼ぶことで、桜の花の形が出来上がる。

  そこまではせいぜい、怪我の治りが早まるとか、少しばかり勘が良くなるとか、人にもたらす力はその程度じゃ。

  そしてその後、鬼仁鋼が使われねば、いずれは消える。小さな力も」

 「じゃあ5回で消えるの? そのくらいなら、むしろ」

 「6度目」


 むしろ得ではないか…と初音が言おうとしたところで、さくらの指先が初音の胸の中心に触れた。


 「すなわち、桜の花の形ができた後。そこで鬼仁鋼を呼びだした時…」

 「呼びだした時、どうなるの?」

 「…………」


 うつむき、黙り込むさくらの様子に、ただ事ではないと初音も理解した。

そして、さくらの答えは。


 「わらわと同じ――鬼と化す」


 人が鬼になる。

それは比喩表現としてではなく、さくらと…あるいは彼女の同族と同じ体質になる、ということであろうか。

初音のその推測は、さくらの次の言葉で裏打ちされた。


 「軽く手を振るわば命の二つ三つを奪い、永き時を変わらぬ姿のまま生きる、ということじゃ。

  どれだけ力を押さえ込んで過ごそうとも、人の世ではいずれ知れ渡る。

  恐れられ、しかも一つ誤れば己が手で命を殺す…

  人の世には住めぬのだ、鬼は。常日頃は『かくれ(ざと)』に住まうのだ」

 「かくれ里?」

 「現世と幽世のはざまにある、鬼の住む地にして魔妖夷討取改方の本拠地じゃ。

  鬼としての務めが無い時、わらわ達はそこに住んでおる」


 つまり、番人たる鬼が現世を護るための、一種の詰め所か何からしい。


 「でも、さくらちゃんは…こうして私たちと…」

 「魔妖夷を討つために目を覚ましたにすぎぬ。それに、わらわ自身力の押さえ方を知っておるからの。

  それとて押さえている(・・・・・・)にすぎぬ…この力を持ったまま、人の世に住み続けるわけでは無いのだ」


 人が鬼になる…さくらの説明によれば、それは人類としての生き方を捨てる、ということでもある。

それまでの人間関係、家族、友人知人、恋人、社会的な立場、ビジネス、学校…そういった人間関係、所属する組織なども、すべて失うということ。

人知を超えた膂力、超長寿、それ以外にも人間との違いはいくつもある。種族が異なるのだから当然だ。


 そして先刻。その運命が選択肢の一つとして、初音の目の前に突然突き付けられたのだ。

それも自分で選べるものではない。

合わせて6度…すなわちあと4度でさくらが全ての魔妖夷を討ち果たせなければ、初音の選択権は完全になくなる。

魔妖夷を倒すのも出現頻度と数、そしてさくらの戦闘次第だ。

――初音の選択権は、最初から無いも同然なのだ。

その事実に気付き、初音は愕然として言葉を喪った。


 「じゃあ……じゃあ私、どうすればいいの…?」

 「…お主には人として生を全うしてほしい。

  人として生まれたからには、人として生き、人として命を全うしてほしいのだ。

  魔妖夷に狙われた挙句、人として生きられなくなるなど……」


 うなだれながら言うさくら。桜色の瞳は哀しげに伏せられる。

さくらはしばしの沈黙の後、顔を上げて初音の手を取り、正面から見つめる。

先ほどまで明るく…あるいは穏やかに笑っていたのは、この重すぎる事実を自身も受け止めきれず、少しでも心の準備をするためであったのだろう。


 「わらわがあと四度。四度で全て、今代の魔妖夷を討ち滅ぼす。

  だからどうか…すまぬが、どうか待っていておくれ。初音」


 ただ待たせることしかできぬことを詫びるさくら。

その謝罪にどう答えていいのかわからず、初音はさくらと向き合ったまま、半ば呆然とするのみであった。



 入浴を終え、2人でパジャマを着て居間に戻る。

実と成子、きのめ、きのめに体を洗ってもらった茶太郎、そしてコロ左衛門がちゃぶ台の横に座って2人を待っていた。

髪はドライヤーで乾かしてある。初音の黒髪は艶めいていた。

初音の姿を見て茶太郎が足元に駆け寄る。すっかり清潔になり、毛並みもふかふかの茶太郎を、初音は胸に抱いた。

コロ左衛門もさくらの足元に駆け寄り、背中をよじよじ上って肩に縋りつく。


 「わふっ」

 「フニ~」


 そして初音の胸に抱かれた茶太郎が一声鳴き、両親と祖母の前に座るように促した。

さくらも初音の背中を軽く押す。意を決して初音は実と成子の前に、そしてさくらがその隣に座った。

それでも目を合わせられず、初音はうつむいたままだった。

実は覚悟を決め、1つ深呼吸をすると、初音を正面から見つめた。


 「初音。僕達の話を聞いてほしい。

  あの日からお前に何が起こったか、何故ここに来たのか…これから話すよ」


 父の言葉に初音が口元を引き結ぶ。

拒絶しているのではない。ただ、真実を知ることに不安があるだけだ。

全てを知った上で、両親と祖母は初音の体験を夢まぼろしと切って捨てていた。

しかし今、彼らは真剣な表情で初音のことを見ている。何よりあの黒雲と赤い稲光を知っている。

何か――何か、とても恐ろしいことに巻き込まれてしまったのではないか。


 その一方で、『あの日』以来の両親の言動が胸の内に去来する。

どれだけ自分の身に起こったことを説明しても、級友も教師も、実も成子も、そしてたまに遊びに来たきのめも…

全員が口をそろえてこう言ったことを、初音はよく憶えている。


 ――悪い夢を見ただけだよ。気にしない、気にしない――


 自分の体験が夢や妄想と言われ続けながら、初音はかすかに魔妖夷の視線を感じ続けた。

しかし言われ続けるうち、いつしか自分こそ幻を見たのではないかと疑うようにもなった。

現実に起こった怪異の体験の記憶、記憶の混乱…初音はやがて、恐怖をすり減らしていった。

その恐怖が先刻よみがえった。今となっては何を信じていいのか、もはやわからない…


 初音は不安から、茶太郎を抱きしめたまま黙り込んだ。

その頭にさくらが手を置き、やさしく撫でる。


 「お主は己の身に何が起きたか、家族が何を思い今ここにいるのか…

  知らねばならぬ。つらかろうが、おとう殿達の話を聞くのだ」

 「でも…」

 「案ずるな、わらわがおる。茶太郎にコロ左衛門も」

 「わふっ!」

 「フニ~」


 茶太郎とコロ左衛門もさくらの言葉に同意する。

根拠もあるかわからないその言葉が、いまの初音にとってはただ一つの頼りだった。

うなずき、さくらと共に初音は実たちと向き合う。

実たちにとっても過去のことを話すのは苦しいのだと、初音には判っている。

実の娘を苦しめ続けたことへの自分勝手な懺悔、謂わば言い訳にも等しい言葉だと、彼は思っている…

だが話さなければ、真実は見えない。

親子は向き合った。視線を交わすだけではなく、真実に向き合おうと決めた。


 「……初音。あの日(・・・)から記憶が何日分か飛んでるのは、憶えてるかい?」


 初音もそれはよく理解している。魔妖夷に出会ったせいなのは確かだ。

が、実がそれを知っているということは、家族もまた何が起こったかを理解していることの証左でもあった。

初音がうなずくと、実は話を続ける。次の実の言葉に、初音は目を見開いた。


 「あの後、お前は数日間眠ったまま――いや――



  死んでいた(・・・・・)んだ」



読んでいただきありがとうございます。

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