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見参!おにざくら  作者: eXciter
第一幕:桜の樹の下で
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第二話


 初音は段ボール箱を1つ引き寄せた。

ただ1つ、ずっと大事にしている本を取り出す。

20編の童話が収録されている短編集だ。

今の初音には、その本を読んでいる瞬間だけが現実に感じられた。

その時だけは、自分の記憶が現実だと思えた。


 いらないなどとは言ったが、この机を置いたのは祖母きのめの善意だと判っている。

使ってほしい、大事にしてほしい、と思っておいてくれたのだ。

本音を言えば要らないわけでは無い。勉強するのだから必要なのは当然だ。

だが…だが、現実感をどこかに置き忘れたような日々を過ごしながら勉強して、意味などあるのか…


 どれだけ勉強しても、学校に行っても、美味しい料理を食べても、すべてが夢の中にいるように上滑りする。

初音はその原因になった出来事を思い出す度、恐怖に身を震わせていた。

そんな日々が続いた今、その恐怖も麻痺していた。

この恐怖もまた夢ではないのか、と。


 「……みんな、優しいのにね」

 「わふ…」

 「お父さんもお母さんもおばあちゃんも、みんな私のこと考えてくれてるのに」

 「わふっ…」


 縋りつくと、茶太郎はぺろぺろと頬をなめ、もふもふと頬ずりして返す。

元気を出してと言っているかのように。

否、人の言葉を介さぬだけで、茶太郎は初音の苦悩を見抜いている。

そしてそんな茶太郎さえ、まるで夢の中の存在のように、どこか遊離した感覚があった。

初音は罪悪感と共に茶太郎を撫でる。


 家族や業者の前では冷めた態度を取っている。

だがその冷たさに隠された本音は、ここに越してくる何ヵ月か前の、ある日から抱いている苦悩だ。

そして苦悩を吐き出しながらも、初音はあくまでも冷めた表情だった。


 初音は茶太郎を抱き上げてベッドに座り、窓から顔を出して裏庭を見下ろした。

裏庭は草刈りが行き届いており、大きな桜の木が植えられていた。

祖母一人では大変であろうから、草刈は近所の人々に手伝ってもらったのだろう。

温かな風が部屋に吹き込む。桜の蕾が鮮やかな桃色に染まっている。

春――


 (…4月から新しい学校か……)


 楽しみとも、不安とも思わない。ただその事実を頭の中で考えるだけだった。

強いて言うなら、不自然な程急に転校が決まったことへの不信感はあった。

だがそれもどうでもいい。

ただ新しい学校に行くだけ。以前の学校でももう友達はおらず、別れを惜しいとも思わなかった。


 ――と。視界に何かが入り込んだ。

この古い家にふさわしいどころか、ここにあってなお古い…

令和の今となってはまず建てられそうもない、和風の小さな建物。蔵だ。

物置は表の庭にあった。どう見てもこちらは使われていない、随分と古い蔵だ。


 不思議と惹かれるものがあり、初音と茶太郎はじっとその蔵を見つめた。

古い家の庭でもなお異質さを見せるその蔵に、無性に触れたくなった。

子供のころから読んでいる不思議童話の本のような、どこか暖かみのある存在感…


 「……茶太郎、行ってみよう」

 「わふっ」


 初音と茶太郎は階下に降り、正面の庭に出てから裏手に回る。

その途中、縁側からきのめが顔を出した。


 「初音ちゃん、どうかしたの? お出かけ?」

 「あ…えっと」

 「わふっ」


 突然のことに立ち止まる初音。その視線が裏手の方をちらちら向くことにきのめは気づく。

が、彼女も裏手に何があるかは知らないらしく、同じ方向を見ながらも首をかしげていた。

あの蔵を、家主であるはずのきのめが知らない訳が無いのだが…

彼女に知らせるべきか否か少し迷うが、現場の状況を確かめてもらった方が良いだろうと考え、初音は同行を願った。

何しろ小学生と仔犬だけでは、何かあっては危険である。


 「裏庭の蔵…見てみようと…一緒に来てもらえますか」

 「蔵…? わかった、ちょっと待っていてね」


 快諾し、きのめはサンダルを履いて軍手を外すと、中で作業中の実と成子に声をかけた。

それから初音の手を取り、共に裏庭へと向かう。

祖母と手をつないでいることに居心地の悪さと温かさを感じつつ、見えてきた蔵を指す初音。

きのめもこれは本当に初めて見るようだった。あら、とつぶやいて目を丸くしている。

相当に古い物だが、この家で暮らしていたきのめが何故か知らない…

不思議な状況に初音の胸が僅かに高鳴る。


 「ずっとここで暮らしてたけど、こんなのは初めて――あ、初音ちゃん」


 我知らず、きのめの制止も無視して初音は早足になっていた。

蔵に近寄ると茶太郎と共に周囲を回り、扉の有無を確かめる。家の窓から扉は見えなかったのである。

古い石材と土の匂いが漂う。そして古いにもかかわらず、虫などはまったくたかっていない。

何かがある。この中に、何かがあるのではないか…

扉を見つけた初音はそれを開けようとしたが、後ろに立ったきのめに止められた。


 「まって。これを見て、初音ちゃん」


 きのめが指したのは、ぼろぼろになった小さな張り紙だ。

広告の類ではなく、何やら見たことも無い不思議な文字が書かれている。

それも既にかすれており、どうにか文字だと判る程度にしか残っていない。

子供のころの童話で見たことがある。これは…


 「お札……」

 「ええ、何かがこの中に収められているのかも。

  ずっと昔は神様のやどった物や呪われた像を、こうやって出せないようにしていたこともあるのよ」

 「お札で、ですか?」

 「他にも色々と使ってね。しめ縄とか、頑丈な鍵とか」

 

 初音が感じた不思議さを、きのめは笑わずに真剣に警告する。

恐ろしい何か――人知を超えた何かがあることを、彼女は否定しない。

両親でなくきのめに同行してもらって良かったと、初音は安堵したのだが。

そこに2人分の足音が聞こえてきた。初音が振り向くと、実と成子がやって来た。


 「どうしたんだい母さん、初音。…へえ、蔵か。こんなのあったかな?」

 「随分古いですね…」


 蔵を見て怪訝そうな顔をする2人。特に成子など、露骨に嫌そうな顔をしている。

実が初音と並び、扉に張られたお札を見て首をかしげた。

彼もこの家で暮らしていた筈なのだが、きのめと同じくこの蔵を初めて見たらしい。

しかしきのめと違い、彼らはいたって現実的な反応を見せた。


 「確かにこりゃ古いな。倒れたりして初音が怪我をするといけないから、中を確かめたら取り壊してもらおう」

 「それがいいわ。初音、触ったりしてない? 手が汚れるわよ」


 その言葉に初音は無言ながらショックを受けた。

そして思い直した…この人達はこう言う人なのだ、と。

あの日もそうだった――この人たちには現実しか見えていないのだと。

項垂れる初音を尻目に、答えを渋るきのめを実が説得する。


 「うーん…でも歴史的な価値とか、神事に関わる建物かも。少し調べてからの方が」

 「だとしてもだよ、こんなにぼろぼろなんだ。何かあってからじゃ遅いよ」


 実が言うことも尤もである。だが初音は、そんな見方しかできない両親に幻滅していた。

そして、その現実的な見方に反論できない自分にも。

結局、取り壊されてしまうのだろうか…そう思っていると、両親と祖母の言い合いを尻目に、茶太郎が扉に触れた。


 「わふ…」


 実、成子、きのめの誰も茶太郎に気付いていない。否、初音のことすら気にかけていない。

周りには引っ越し業者もいない……茶太郎が初音を見上げていた。



読んでいただきありがとうございます。

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