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見参!おにざくら  作者: eXciter
第二幕:さだめは君の名に
18/66

第十八話

あらすじ:

 恐るべき運命の只中に、初音は突然放り込まれた。

しかし彼女の両親が冷たい態度の真意を語り、親子は絆を取り戻した。

そして初音は新たな学校に通い始め、新しい友もできた。

だがそんな小さな幸福さえ砕くように、またも魔妖夷が現れる。

初音は己の名に籠められた願いを知り、運命に向き合う。


 「初音。お主は――


  ――わらわと共に永き時を生きる覚悟、あるかえ?」



 哀し気な眼差しと不可思議な問いに、初音はその意味を考える。

覚悟を問う言葉、それを望まぬかの如く哀し気な眼差し…

さくらが何を思ってこんなことを尋ねたのか、初音にはすぐにはわからない。

胸に抱いた茶太郎を見下ろしても、「わふ?」と首をかしげてやはり理解していないようだ。

言葉の意味を問い返そうと、初音は顔を上げた。


 「さくらちゃん…それって、どういう…」


 初音が訊いても、さくらはただ曖昧に、そして哀し気に微笑むだけだった。

訊いてはならぬことを訊いてしまったのか。初音は僅かに後悔する。

さくらが目を逸らすと、自分の後悔が的中したと初音は思い、茶太郎を抱いた腕がこわばった。

だがそれを謝ろうとした時、足音と粗い息遣いが聞こえた。

息の中に混じる声で、誰が来たのか初音にはすぐ判った――父、(みのる)だ。


 「は、初音!」


 慌ただしく駆けてくる父の必死の顔に、初音はどう反応して良いかわからず、硬直してしまう。

その間に実は初音の目の前に駆け寄った。

汗だくの切羽詰まった表情は演技でも誇張でもなく、初音への気遣いに溢れている。


 「初音、無事だったんだな! 茶太郎も!」


 かがみ込み、初音の肩に手を置いて真正面から目を合わせ、実は初音の顔を見つめる。

そこには娘の恐怖を子供の夢と笑う大人ではなく、真摯に娘の命の無事を喜ぶ父の顔があった。

だが――だが、初音はそんな実の顔を見るのが初めてで、答えられずに目を逸らしてしまう。

実もそれに気づき、申し訳なさそうにうつむいた。


 かつて恐ろしい目に遭ったことを訴えても退けられ、初音は家族への信頼を失っている。

初音からそれを聞かされていたさくらは、それでも尚駆けつけてきた実に真意を問おうとする。

だがその前に、初音自身が実に尋ねた。


 「………どうして、来たんですか…」

 「わふ…」


 口調は硬く、先ほどさくらと話していた時とは異なる…

いつもと同じ…両親や家族に対しての、いつもと同じ丁寧語だった。

茶太郎の哀し気な声を、初音は敢えて無視する。


 「私のことなんて、別に…」

 「初音…」


 冷めた声とは裏腹に、初音の両腕は茶太郎を強く抱いてこわばっていた。

自分が娘にそんな顔をさせていることを知っている実は、言葉もなくうつむく…

このままでは親子が断絶したままになってしまう…助け舟とばかり、さくらとコロ左衛門が割り込んだ。


 「おとう殿。初音に何が起こっておるのか、ここで何があったのか、知っておるのか?」

 「フニ~」

 「――うん。あの時と同じ(・・・・・・)雲が見えたから、コロ左衛門君に連れて来てもらったんだ…」


 その答えに初音が驚愕し、実の顔を見る。

父の言葉の意味を、初音はすぐに理解した――


 「……全部、知ってて」

 「……」

 「全部知ってて、私の…私のこと……!」

 「初音」


 怒りに震える初音の肩を、その時さくらが掴む。

振り向いた初音の目は怒りに吊り上がり、涙を湛えていた。

父親が自分を嘘つき呼ばわりして、しかも全てを知っていた…少女の怒りと悲しみは尋常ではない。

だがうなだれた実の表情が、愛娘を苦しめていたことの罪悪感に沈んでいる。

何かわけがある。それを二人は話し合わねばならない。

さくらは真正面から初音の目を見て諭した。


 「初音。おとう殿は…お主の親御殿は、どうしてもそうせざるを得なかったのであろう」

 「でも…っ…」

 「お主はその訳を聞かねばならぬ。そして己の胸の内もぶつけねばならぬ。

  初音、お主のためじゃ。お主たちがこれからも良き家族であるために。

  ――お主とて、本心から親御殿を憎んでいるわけではあるまい」


 内心を言い当てられ、初音は吐き出そうとしていた怒りの言葉を飲み込んだ。

実も成子も、何より初音自身も、本心から互いを嫌っているわけでは無い。

だからこそ喧嘩にもならず罵詈雑言の一言も言わず、こうしてつらい顔になるのだ。


 「っ…………」

 「聞いてやれ。それで怒りが収まらねば、文句を全て言って縁を断ってやるがよい。

  その後のことはわらわが何とかしてやる。だから初音、今は帰ろうぞ」

 「フニ~」


 さくらとコロ左衛門に諭され、初音は何も言い返せずにうつむく。

肩を実に軽く叩かれた。帰ろうと彼も言外に言っていた。

そのまま初音たちは連れ立って、夕暮れの住宅地を歩き出す。

道行く人々が泥だらけの初音と茶太郎、そしてさくらを見て首をかしげていた。

つい先刻、この場で鬼の少女と奇怪な怪物の闘いがあったなど、誰も知る由もない。

途中、実がさくらを見て感謝の言葉を口にした。


 「初音を護ってくれたんだね、さくらちゃん。ありがとう…」


 とても素直な感謝の言葉であった。

そしてその言葉は、初音に何が起こったかを、目にしなくとも知るが故のものだ。

だからこそ初音はうつむいたまま、今は父と話せずにいる。

自分の言葉を嘘と…はたまた悪い夢と言っておきながら、本当は全てを知っていたのだと。

しかし、決してただ嘘呼ばわりしていただけでもないと。初音は気づいていた。


 「それがわらわの務めじゃ。

  茶太郎にも言うてやるがよい、懸命に初音を護っていたぞ」

 「そうか…茶太郎も。ありがとう」

 「わふ!」


 実の大きな手に撫でられ、茶太郎も一声鳴いて答えた。

やがてしばし歩き、花咲家に到着。家の前には成子ときのめも待っていた。

2人は初音たちの姿を認めると、駆け寄ってきてかがみ込み、初音を撫でたり抱き寄せたりする。


 「初音、大丈夫!? 怪我は無いわね!? ああ、こんな泥だらけに…」


 今の成子の姿は、愛娘の無事に心の底から安堵する良き母のそれだった。

初音は何も言えずにうつむく。今まで見たことの無い母の姿に、彼女はどう答えていいのかわからない。

その目の前で、実が成子の肩に手を置く。


 「さくらちゃんと茶太郎が初音を護ってくれたよ。大丈夫、怪我も無い」

 「良かったわ…さくらちゃん、茶太郎、ありがとう…」

 「わふ!」


 成子に撫でられ、茶太郎が少し自慢げに一声鳴く。

それでも初音の顔は晴れなかった。目が合い、成子も哀し気に目を伏せる。

自分達の行いのせいであると、夫婦共に自覚しているのだ。

何を言えばよいかわからず、誰もが黙っている。

そこで声を上げたのは祖母のきのめであった。


 「初音ちゃん、さくらちゃん、お風呂を沸かしてあるから入っていらっしゃいな。

  茶太郎ちゃんとコロちゃんは私が洗ってあげる。その後でご飯にしましょう」


 その言葉の直後にきのめと目が合い、さくらは発言の意図を知った。

さくら自身、確かめねばならぬことがあるため、その意図を受けて答える。


 「そうじゃな。初音、わらわはまだ今の風呂の入り方を知らぬ。教えてくれ」

 「わふ」


 さくらと茶太郎に促され、初音は目を泳がせる。

急に言われて戸惑ったものの、しかし今の精神状態では両親と話すのもままならない。

何しろあまりに強烈な事態…さくらと魔妖夷(まよい)の闘いを目撃し、直後に両親と祖母が明らかにそれについて知っている様子だ。

頭の中を整理する時間、そして泥まみれの体を洗う時間が欲しかった。


 「…お願いします」


 そう言って、初音は茶太郎をきのめに預けた。きのめはコロ左衛門も抱き上げる。

茶太郎はきのめにも懐いており、抵抗することなくその腕に抱かれた。

きのめに促されて、初音とさくらは揃って浴室に向かう。

そしてきのめの後に続き、実と成子も家に上がった。



読んでいただきありがとうございます。

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