第十七話
叩きつけられ、地面で跳ね返った魔妖夷の巨躯が高々と上空に吹き飛んだ。
それを追い、さくらも同等の高さまで跳躍すると、空中で体を回転させる。
直後に重々しい打撃音が響いた。鉄下駄を履いた足で蹴り飛ばしたのだ。
吹き飛んだ魔妖夷は地面に激突し、転がる。
『う、うびぃぃぃぃぃぇえええええ』
もはやズタボロの肉塊と化した牛鬼の魔妖夷は、さくらに背を向けて逃げ出そうとしていた。
戦意喪失どころか、生存本能だけで動いていた。
しかしその背後から何かが飛来する――小さな金属塊、さくらが履いている下駄であった。
さくらが足を振り抜き、飛び道具として左右の下駄を放ったのである。
『どぼぉっぁああっばああ!!』
「逃さぬと言ったぞ!!」
直撃して魔妖夷の後頭部をへこませた下駄は、跳ね返って空中に浮きあがった。
さくらは駆け出す。右手に持った鬼仁鋼が桜色の輝きを放った。
跳躍して空中で身をひねり、飛んできた下駄を再度履き直す。
着地したさくらは加速し、地面のアスファルトをばきばきと破壊しながら駆け抜けた。
人知を超えた恐るべき脚力、速度、そして呵責なき必殺の一撃。
『だずげえ、だずげでぇ!! ずぐぅぅぅ、ず、ぐぁあああ』
「とどめじゃ! 滅せよぉぉっ!!」
走りながら、さくらは鬼仁鋼を真正面に構える。
魔妖夷は最早言葉にならぬ醜い叫びを上げ、下駄の一撃でぐらぐら揺れる頭部はそのまま、必死に逃げようとする。
だが最早半分の脚を喪い、頭もまともに思考できぬほどの衝撃を受けて、実際の所その場にうずくまるのみであった。
そしてさくらが輝く鬼仁鋼を振りかぶり、必殺の一撃とともに叫ぶ。
「鬼ころしっ! 真っ向っ――両っ! 断ぁぁんっ!!!!!」
直撃、そして周囲の建築物が爆散する程の強烈な衝撃が走る。
大地が揺れ、空気が爆裂する。突き抜けた衝撃が大地を走り、粉々に破壊して走る。
だが初音は恐怖を感じなかった。必殺の…すなわち清めの一撃が、己を恐怖させる怪物を叩き切ったのだ。
それは確信であった。
袈裟懸けに振り抜いた鬼仁鋼の一撃が、魔妖夷の巨躯を完全に両断していた。
さくらの必殺の技『鬼ころし真っ向両断』は、邪気を払いつつ魔妖夷の肉体を物理的に叩き割り、爆散する技である。
直撃した魔妖夷は肉体を断裂され、清めの光…桜色の輝きを肉体に叩き込まれる。
閃光が爆裂し、魔妖夷の肉体が消滅を始めた。
『ず、ずぐ、ずぐ、なばぁああああ』
今にも消滅しそうな魔妖夷が何かを叫んでいる――
否、誰かを呼んでいることに、さくらは気づいた。
聞いたことのある名とほぼ一致した叫びだったことで、その真意をさくらは知る。
だが、魔妖夷に真相を尋ねようとはしなかった。
「……そうか。奴が…!」
『ずぐなざまぁばああはああああ!!』
絶叫の直後に清めの光が爆発し、魔妖夷の肉体を跡形もなく消滅させた。
その場には最早怪物の痕跡すら無い。千切れた足も半身も、断裂した時点で消滅したのである。
周囲の建築物、道路は戦闘によって破壊してしまった。が、幽世から現世に戻れば全て修復する。
なので、さくらにしろ初音にしろ、心配することは一切無い。
気づいたらすでに雨がやみ、薄曇りの空が広がるのみであった。
それも少しずつ消え、暗い夕方のオレンジ色が空に広がる。
同時に周辺の建築物や道路はたちまち元の形に直った。鎮守の森の木々も、なぎ倒されていたのが元通りだ。
さくらと魔妖夷の戦闘など無かったかの如く、全てが元通りになったのである。
魔妖夷の出現で幽世に変転した世界は、今この時をもって現世に戻った。
にもかかわらず、初音もさくらも、そして茶太郎も全身泥だらけであった。
どうやら元に戻るのは戦闘での破壊のみらしい。
安全を確かめ、初音は鎮守の森から出て駆け出した。
胸に抱いた茶太郎、頭上に浮くコロ左衛門とともにさくらの傍に駆け寄る。
先刻までは名前すら呼べなかった少女の名を、初音はあらためて呼んだ。
「――さくらちゃん!」
「わふっ!」
「フニ~」
初音の前でさくらは背を向けたまま、右手に握った鬼仁鋼をじっと見ていた。
その背に、初音は後悔の感情を見た。
魔妖夷を撃滅し、初音を護り、町も神社も元通り…
何を後悔することがあろうかと、初音は首をかしげ、もう一度さくらの名を呼んだ。
「…さくらちゃん」
2度呼ばれ、さくらはやっと振り向いた。
その目は――哀し気に伏せられていた。
「初音、茶太郎も。大事ないか?」
「わふ」
「う、うん…その……」
右手に握った鬼仁鋼が形を喪い、閃光となって消える。同時に額の角も小さくなり、前髪の下に収まった。
その後には桜の花びらが散った。花びらの中、初音はさくらを見つめる。
見た目は自分と年が変わらぬ、しかし自分よりずっと長く生きているのであろう、鬼の少女。
恐怖の原因を目の前で撃破してくれた、強く優しき鬼の少女――
散っていく花びらの中でさくらを見つめるうち、初音の胸に何かが溢れた。
ドッ、と胸の中で何かが弾ける音…つぼみが弾け、花が咲く音が聞こえた気がした。
ほんものだ。
目の前にいるさくらに、初音は初めて現実感を覚えていた。
幽世に呼び込まれた時の骸の花に触れた時など比較にならない、絶対の現実感。
さくらと向き合ってたその瞬間、あでやかな姿に、花の色の瞳に、何より哀し気な眼差しに。
これ以上ない程、現実感を感じていた…自分は、そしてさくらは、確かにここにいるのだと。
感謝の言葉が胸に溢れた。それを告げようと、初音はさくらに歩み寄る。
胸が高鳴る。この言葉を受け取ってくれるだろうか。わずかな不安。
だが初音が感謝するより先に、さくらが口を開き、初音に尋ねた。
「――初音」
「は、はい…」
緊張する初音に掛けられたのは、あまりにも予想外の言葉であった。
「初音。お主は――」
哀し気な声音で問われたその言葉を、初音は反芻しようとする。
だがそんな言葉を、さくらは哀し気に言った。突然のその言葉に驚愕し、困惑する初音。
そんな言葉を今この時、どうしてこんな哀しい顔で言うのだろう…
初音はただ、さくらの言葉を幾度も胸の内で反芻するのみであった。
――第一幕・完――
幕間-さくらちゃんとテレビ-
朝アニメ「ふたりはブリキ屋 ドラちゅんLOVER」放送中
『結晶の魔法少女キラリティ☆アニィ、参っ上!
邪悪な星の皇帝なんて、やっつけちゃいます!』
『プリス子です。出る番組合ってます、これ?』
『どうもゼルぶーです。あのそろそろ30分なるんで!
早くしてくれます?』
さ「初音、ありゃ何が起こっておるのじゃ?
絵…絵が…なに? なにあれ」
初「さくらちゃん、ちょっと口調がこわれてる。
あれはアニメって言ってね、絵が動くお話なの」
さ「あに…め……うん? 板の中で? 絵が動く?
だ、だれぞあの板で絵本をめくっておるのか。小人か!」
初「あれは液晶テレビ。放送を受信して、映す機械だよ。
…開けたら壊れるから、ひっぺがそうとしないで」
さ「うむ、すまぬ…しかしさっぱりカラクリがわからぬ。
わらわの眠っておる間に、人の文明がここまで進むとは」
初(……テンプレ通りってこういうことなんだ。納得)
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