第十六話
同時に、初音の胸に同じ色の光が閃いた。
初音自身と茶太郎は気づかず、しかしさくらはそれを見逃さなかった。
初音とさくらの間に桜色の閃光が走る。
直後、2人の周囲に輝く桜の花びらが渦を巻いて舞い散る。
輝く花弁は魔妖夷を跳ね飛ばし、初音と桜の間に集まると、ある形を作り始めた。
長さはさくら達の身長の2倍ほど。太さは2人の腿より一回りか二回りはある。かなり太い、角ばった棒の形であった。
さくらの目が驚愕に見開かれた。棒は空中で回転し、花びらを散らして姿をあらわにした。
出現した棒は金属質の輝きを放ち、黒光りする表面がにはいくつもの棘が備わって、その間に文字が書かれている。
初音には見慣れない文字…梵字である。
「そんな…まさか……!!」
棒の柄を手に取ると、さくらは初音の傍に着地し、抱え込むと転がって魔妖夷から距離を取った。
初音もさくらが手に取った棒を見て、愕然とした。話に聞いていた武器の特徴そのままだったからだ。
「これって、さくらちゃんが探してた」
「うむ。わが武具、『鬼仁鋼』じゃ……!」
清めの金棒、鬼仁鋼。さくらが探し求め、神社に預けていた筈の武具が、何故か空中から出現した。
さくらは抱え込んだ初音を見下ろす。
「まさか、お主が持っておったのか…?」
「私が…?」
「わふ…」
「………いや。今は深くは考えまい」
さくらと同じく、初音も茶太郎も呆然として鬼仁鋼を見ていた。
だが、跳ね飛ばした魔妖夷が再び立ち上がり、さくら達に襲い掛かろうと迫る。
その目には明らかに警戒が見て取れた。魔妖夷を清める必殺の武具に恐れをなしているのだ。
『お、お、おにのごぉぉぉぉぉ!!』
「今はこやつを討つのみ!! 初音、見ておれ!!
今こそわらわが、お主たちを護ってみせようぞ!!」
醜い声で叫ぶ魔妖夷。だがさくらに焦りはなく、初音と茶太郎にも恐怖は無かった。
さくらは冷静に立ち上がり、鬼仁鋼を振り上げて突進してくる魔妖夷の顔面にたたきつけた。
空気を焼き、切り裂き、大重量の一撃が直撃。
岩盤が破砕したかの如き凄まじい打撃音が轟いた。
「――ぬぉぉりゃああああっ!!」
さくらは鬼仁鋼を振り抜き、掬いあげた魔妖夷の体を、豪快に投げ飛ばした。
鎮守の森から飛び出し、神社の前の宅地の前に落下した魔妖夷の顔面は、深くへこみ焼けただれていた。
『あぎっ! あぎっ! あづい、あづい!!』
清めの金棒の一撃は、初めて魔妖夷に明確な痛みを与えたのだ。
そしてそれ以上に、さくらの膂力が先ほどまでを大きく上回っていた。
この金棒、鬼仁鋼こそがさくらの真の力を解放するための物だと、ここで初音は理解した。
その上空に小さな影が差した。背中に木箱を背負って空中を浮遊する、コロ左衛門であった。
「フニ~」
「コロ左衛門! 遅いぞ、初音たちが巻き込まれてしまったではないか!」
「フニ~」
「――そうだな。うむ、今は」
謝罪したコロ左衛門が空中で木箱を開けると、中から赤い布が飛び出した。
跳躍したさくらが赤い布…花の刺繍が施された着物を纏い、たすきを掛けて袖をまくり上げる。
褐色の肌、桜色の髪、真っ赤な着物。
更に投げ捨てた下駄が飛んできて、さくらはつかみ取り再び履いた。
どす黒く曇った幽世の中、さくら自身が咲き誇る花の如くあでやかな姿になった。
着地し、魔妖夷を前に鬼仁鋼を構えるさくら。その全身が淡い桜色の光を放った。
先刻、現世からこの幽世に転移する際にもみせた輝きだ。
これは鬼が持つ清めの力の一つである。
即ちすべての武具を揃え、さくらが真の力を解放する瞬間であった。
「鬼力!!」
さくらを追って森から出てきた初音と茶太郎も、その目でさくらの真の力を見届けることとなった。
叫んださくらの額から、金属質な音を立てて何かが生えた。
前髪をかき分けて屹立した2本の角は、皮膚と一体化し、途中から桜色の強固な角質に変化している。
角が生えたのを合図に、さくらの全身の光が強さを増す。
その輝きに魔妖夷は恐れおののき、起き上がって少しずつ後退っていく。
魔妖夷は目の前の小さな少女に対し、はっきりと恐怖の表情を浮かべていた。
「魔妖夷討取改方筆頭与力!!
鬼煌院 さくら! 見参っ!!」
さくらの姿はまさに、小さいながらも鬼のそれであった。
苛烈にして屈強、しかし強き眼差しは少女を護る慈愛の裏返し。
ここに、鬼の子さくらは真なる力を発揮したのである。
「鬼が真の力『鬼力』を揮う時。
それは小さき命を守り、おのれらを討つ時のみじゃ」
『う、う、う、うぬぅぅ、おにのこぉぉぉ』
「あの娘を――初音を怖がらせたな…」
どう見ても少女の体躯では持てそうもない鬼仁鋼を、さくらは軽く振り回して先端を魔妖夷に向ける。
魔妖夷に強烈な一撃を叩き込み、初めて傷をつけた武具を、少女が小枝の如く軽々と振り回している。
容易く己が命を叩き潰すその金棒に恐怖した魔妖夷は、激昂でその恐れをごまかし、雄たけびを上げてさくらに襲い掛かった。
『おおおにのこぉぉぉぉぉぉぉ!!』
「覚悟するがよい――下郎がぁぁっ!!」
魔妖夷は飛び掛かり、正面から爪を叩きつける。
だがさくらは片足を振り上げ、鋭い金属音と共に、爪を鉄下駄で尖端を止めた。
途端、爪がひび割れ砕け散った――のみならず、止められた魔妖夷の脚が勢いで半ばから千切れた。
断面からヘドロのごとき血が飛び散り、地面を穢す。血が付着したアスファルトが煙を上げる。
さくらはためらうことなく魔妖夷に近寄り、空いた左手で拳を握ると、振りかぶり魔妖夷にたたきつけた。
重々しい音と共に巨大な顔面がへこみ、歯が折れて地面に飛び散った。
『あぎゃあああああ!!』
先刻殴られた時と異なり、魔妖夷は盛大な悲鳴を上げて吹き飛んだ。
口や鼻から大量の血をこぼし、醜くゆがんだ顔がさらにゆがむ。
『いだいっ! いだいっ! いだぁいっ!!』
「ぬりゃあああっ!!」
さくらは魔妖夷が起き上がろうとするのを許さず、鬼仁鋼を叩きつけた。
魔妖夷の巨体の首から下が一撃で両断され、左半分が肉片と化し飛び散って消滅する。
残った半身、つまり3本の脚で逃げようとあがいた。
『びぇぁああああああ! あゃあああああ!!!
あひ、あひ、ああああ!! いやあああ!!』
「逃さぬ!!」
さくらの小さな手ががしっと脚を掴む。それだけで魔妖夷は動きを止めてしまった。
めりこむ手のひらや指による痛みのみならず、何よりもさくらの異様な迫力に、魔妖夷は怯えていた。
まさに地獄の番人、鬼の姿であった。
さくらは魔妖夷の脚を掴んだまま巨体を引きずり寄せ、振り回し始める。
巨大な物体が風を斬る重い音、回転のたびに上がる醜い悲鳴。
「どぁりゃぁあああ!!」
振り下ろし、魔妖夷を地面にたたきつけるさくら。
醜い顔が地面にめり込む。すぐに引き上げ、真横の電柱、続けてもう一度地面にたたきつける。
幾度も地面が激震し、周囲の建築物もゆれる。
古い塀などは一撃で倒れてしまった。
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