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見参!おにざくら  作者: eXciter
第一幕:桜の樹の下で
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第十二話


 さくらは再びかがみ込み、初音の目を正面から見た。

とめどなく涙がこぼれる瞳を見て、さくらは初音を真に苦しめる原因を悟った。

さくらはそっと腕を伸ばし、茶太郎とまとめて初音の体を抱きしめた。

初音も茶太郎も、雨ですっかり体が冷えてしまっていた。


 「初音。お主は幽世に魅入られた(・・・・・)のだ」


 戸惑う初音の声が聞こえた。聞きなれぬ言い回しに混乱している。

さくらはもう一度初音の目を正面から見つめ、説明する。


 「奴は牛鬼の魔妖夷(まよい)。己の膨らませた邪気に飲み込まれ、人の命を喰らう化物と化した妖怪じゃ」

 「ま、よい…」

 「わふ…?」


 初めて聞く名前に戸惑う初音と茶太郎。

一般に言われる「迷い」とは異なり、アクセントは先頭の「ま」にある。「花壇」のアクセントだ。

戸惑う初音たちにさくらは説明を続けた。


 「――奴らは人の恐怖を感じ、自然物から転じ、周りを幽世に変えながら現世に現れる。

  普通の人間が幽世に触れれば、魂を抜かれるか、でなければ気が狂う。現世の者では生きていけぬ。

  しかし、ごくまれに幽世で気も狂わずに生きる者がおる。今のお主のように」

 「私…みたいに」

 「そうじゃ。魂ごと幽世に引きずり込まれてしまった者。

  わらわ達、鬼…幽世の番人たる鬼たちは、それを『魅入られた』と呼んでおる」


 冷たい雨で青ざめた初音の顔が、余計に青ざめた。

青い頬を温めるように、さくらは初音の顔に触れる。


 「心が幽世に囚われ、現世が夢の中の…すべてが嘘に見えてしまう。

  ひどい時には己が死んでしまったのではないかとまで思ってしまう…」

 「………」

 「…ずっと恐ろしかったのだな、初音。否、今もずっと」


 そう言うと、さくらは初音の頬に触れて涙をぬぐってやり、そっと抱きしめる。


 「幽世に囚われ、ずっと一人きりで…ずっと怯えているのだな…

  すまぬ。気づいてやれなんだ…すまぬ……」


 それは、ずっと初音が求めていた答えだった。

本当はとうに死んでしまっているのではないかという恐怖。それを誰にも判ってもらえない孤独感。

現実感が失せた、現実の筈の世界で一人きり。

だれも信じられる人が無く、死にたくないのに自分はとっくに死んでいるのではないかと思いながら。

初音は自ら口にした先ほどの言葉を、さくらの言葉で確かな答えとして理解した。


 誰かに判ってほしかった。誰かに気付いてほしかった。

誰か手を取り、助け出してほしかった。

自分がここにいる事に、正面から向き合ってほしかった。

連れ戻してほしかった――

気が付いたら、初音はさくらにしがみついて涙を流していた。


 「わかって、くれるの……」

 「うむ」

 「たすけてくれる……? ねえ、助けて。おねがい」


 初音は初めて自分からさくらと目を合わせ、懇願した。

誰かに自身の気持ちを打ち明けるのも初めてであった。


 「あの怖いのをやっつけて。私を助けて、お願い…!」

 「任せろ」


 真正面から助けを乞う初音に――いつも死を思う虚ろな日々から抜け出たいと願う初音に、さくらは力強く答えた。


 「任せろ初音、わらわがお主を助ける。絶対じゃ」

 「ほんとうに? …やくそく、してくれる?」


 さくらは力強くうなずく。その真剣な瞳に、初音もうなずき、涙をぬぐった。


 ――この人は信じられる。自分を、自分の恐怖をきちんと見てくれる。助けてくれる――

確かな信頼が、この時初音の胸に初めて生まれた。

初音はさくらが差し出した手を取り、茶太郎を抱えて立ち上がった。

恐怖と絶望に満ちた日々のおぼつかない足取りとは違う、確たる力で立ち上がる。

心なしか茶太郎の顔も勇気に満ちている。


 さくらは初音と茶太郎を再び抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。

そのまま手近な屋根に跳び上がる。豪雨が2人と1匹の全身を叩き、頭上では赤い稲妻が迸る。

どろどろと轟く雷鳴に初音は耳をふさぐ。あの日の恐怖がよみがえりそうになる。

その時、肩に触れたさくらの手が僅かに力強さを増す。

小さくも力強く優しい手に、胸の内に生まれた恐怖が少しずつ消えていく。

屋根から屋根へ、たまに電柱などを蹴り、さくらはある方角へと向かっていた。


 「どこへ行くの?」

 「わふ?」

 「この町にある神社。桜ヶ守(さくらがもり)神社じゃ。あそこに大きな桜の樹が見えるであろう」

 「うん…おばあちゃんから聞いたことがある…」


 さくらの視線を追うと、確かにその先…町の隅の神社には大きな桜の樹がある。

さくらが言う幽世に変えられているにもかかわらず、樹には豪雨で散ることなく美しい花が咲き誇っている。

初音の疑問を察し、質問の前にさくらが説明した。


 「この町の桜の樹には、魔妖夷から人々を守る神仏の力が宿っておる。神社にあるのがその要なのじゃ。

  ゆえに幽世においても、あそこだけは神仏の住む領域を保っておれる。

  そこの拝殿にわらわの得物…清めの鉄棍『鬼仁鋼(おにはがね)』が捧げられておるのだ」

 「それがないと駄目?」

 「うむ。彼奴らを討つにはわらわの全ての力を注ぐ必要があるが、いくつかの武具も身に付けねばならぬ。鬼仁鋼はその1つじゃ。

  そしていま1つは今履いておる下駄、残りはコロ左衛門に持ってくるよう言いつけておる」


 あの丸々とした猫がどう持ってくるのか気にはなったが、初音は訊かずに置いた。

そうこうしているうちにさくらは一直線で跳び、あっという間に神社に辿り着いた。

鳥居を潜り抜け、長い石段を何段も飛ばしてさくらが跳び、昇っていく。

全身が温かな空気に包まれるのを初音は感じた。何かに護られていると、直感で理解する。

この神社の桜の樹が持つ、神の住む領域に満ちた守護の力…とでもいうものだろう。


 すぐさま最上段まで昇り終え、さくらは参道を駆け抜け、拝殿に辿り着き、初音を下ろした。

初音は拝殿を見上げる。小さな町には似つかわしくない大きな神社であった。

本来、神社は一部の例外以外はペットが入れない…

茶太郎がいるが、幽世に変わってしまったことでここには誰もおらず、とがめられることは無かった。



読んでいただきありがとうございます。

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