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見参!おにざくら  作者: eXciter
第一幕:桜の樹の下で
10/55

第十話

エビメタ・バンドとザ・リーサルウェポンズのコラボを10年くらい待ってます

みんなも待ってるよね?(圧)


 ごぞり、ごぞり、と6本の足を砂利にめり込ませて、巨体がゆっくりと初音に歩み寄る。

巨大な影の輪郭のみで、初音にはその詳細な姿が見えない…

にもかかわらず、初音はその巨躯が自分を迎え(・・)に来たものだと信じた。

立ち上がり、両手を広げてゆっくり巨体に歩み寄る初音。

自分の全てを受け入れてくれるであろう姿を前に、両目は幸福で大きく見開かれ、口元はだらしなくゆるんで涎を垂れ流していた。


 「きて、くれた、んだ、ね」


 腑抜けた声で問いかける初音。背後から何か吠える声が聞こえたが、気にはならなかった。


 『ひとのこ(人の子)。ひとのこ』


 意外なことに巨体が喋った。たどたどしいが、初音と同じ言葉で答えた。

ああ、と初音の口からため息が漏れた。やはり、来てくれたのだと。


 『むかえに、きたよお。ひとのこ』

 「あああああ……!!」


 初音が足を早める。巨体に歩み寄り、弛緩した表情で抱き着こうとする。

踏み出す足は骸の花を踏みつぶし、醜い肉片を散らした。


 「つれて、いって…もう、ここにいるのは――」

 「――わふっっ!!」


 そして初音が巨体に触れようとした、まさにその時。

背後にいた茶太郎が踏み出し、初音の脚にかぷっと噛みついた。

小さな牙は皮膚を傷つけるには至らず、多少ちくりと刺激が走る程度だった。

だがそのふくらはぎの刺激から、初音の体内に温かな風に似た何かが満ちた。

痛みに膝をつき、自分の周囲のつぶれた肉の花を見回す初音。


 「え――これ――これ――…いやっ、気持ち悪い(・・・・・)!」

 「わふ! わふ!」

 「ちゃ、茶太郎!? 私…何を…何で、こんなのを」


 途端、初音は頭の中が急にクリアになるのを感じた。

何故か今の今まで、死骸の断片でできたような花を、美しいと本気で思っていたことに気付く。

その花を見た記憶も同時によみがえった。

それは昨年のある日――茶太郎と出会う前、赤い稲光を見た日のことだ。

悍ましい巨躯の虫…否、虫の6本脚を持つ巨大な獣が迫り、大きな口に飲み込まれそうになった瞬間。


 胸が不穏な鼓動で高鳴る。

間違いなかった。目の前にいるのは、あの日遭遇した怪物だ。

気付いた初音は恐怖に腰が抜け、へたりこんだ。

がたがたと震える体はろくに動かず、逃げようという意志だけが頭の中をかき乱す。


 『ああああああ、口惜しや…うふふふ……』


 怪物が笑った。初音と同じ言葉で笑った。

稲光に照らされた顔が見えた…人間の顔に見えたが、明らかに異なる悍ましい顔だった。

巨大な腫瘍が顔の右半分近くを占め、幾筋も細く盛り上がった皮膚で他の顔の部位も引きつっていた。

右の目は腫瘍の下、左目はやけに顔の外側にある。

鼻は左目と同じく左側に寄り、口は逆に腫瘍の側に引っ張られて歪んでいた。

歪み切った巨大な顔が、6本足の獣の体に乗っている。

己が正気を疑う光景だった。


 「は、はあ、あああは、ああ……!」

 『惜しいなあ、惜しいなあ。もう少しでごちそうだったのになあ、ひとのこぉ』


 歪んだ口からだらだらと垂れた涎が、河川敷の砂利の間にしみ込むと、石の間から新たな屍肉の花を生やした。

肉の花は花びらを、指を、歯を揺らして楽しそうに笑っていた。


 「わふっ! わふっ!」


 そんなおぞましい光景を前にして、しかし茶太郎だけは初音を守るべく、勇敢に吠えていた。

その小さな姿を前にして化物の顔がゆがむ。笑ったようにも、あるいは困ったようにも見える。

直感的に初音は理解した…この化物は犬が苦手なのだ。

恐らく、犬という種族そのものが苦手なのだろう。


 「わふっ! わふっ!」

 『うぅ…犬……犬めぇ、ああ、煩わしや…!』


 だが、あまりにも体格差が違いすぎる。茶太郎はただのチャウチャウの仔犬に過ぎない。

仔犬一匹の咆哮だけで退けられるほど、この化物が惰弱な存在であるわけがないと、初音には判っていた。

素早く体を起こし、初音は茶太郎を抱え込んで逃げようとする。

だが同時に化物が姿勢を低くし、初音の顔を覗き込んだ。――目が合った。


 「あ、ああ…っ……」


 歪み、左右でずれた両目は、すさまじい憎悪に満ちていた。

誰に…あるいは何に対する憎悪なのか、その矛先が全く分からない。

憎まれる覚えもなく、しかし異常な憎悪に、せっかく起き上がったのにまた両脚から力が抜ける。

震える腕の中、茶太郎だけが咆えている。しかし化物はその咆哮ももう気にもならぬようだ。

座り込んだ初音に化物が迫る。


 『あはぁ』


 憎悪に満ちた目で化物が笑った。

あの日の恐怖に囚われた初音は、最早瞬きすらできない。


 「わふ! わふ!」


 茶太郎の幼い咆哮が、初音の耳に虚しく響いた。

――希薄な現実感の中で、初音は自分に向けられた憎悪の目、穢れた牙、醜い爪、目の前の化物と潰れた骸の花にだけ、現実感を覚えていた。

明確に自分に向けられる悪意。そして、迫る死。それらを受け入れてしまっている。

日々希薄な現実感の中で生きている初音にとって、目の前にある確かな現実…

自身の死だけが、今や確かなもの…ただそれだけが、確かに存在する事実となってしまった。


 (しぬんだ)


 初音は異常なほど、自らの死をすんなりと受け入れた。

だが、同時に相反する感情が生まれた。

胸に抱く茶太郎の温かさ。父や母、祖母との心のすれ違い。

何より、これからたくさんのことができるはずの未来…それらを捨てることへの未練が、初音の中に突然生まれた。

そして初音自身、胸に生まれた感情を素直に受け入れた。


 (いやだ)

 「……しにたくない」


 動かなかった膝にわずかな力が入った。立て、立って走れと初音は自らに言い聞かせる。

だが膝の痛み…石によってできた傷の痛みがそれを阻んだ。初音が思ったよりも深い傷だった。

激痛で転倒し、茶太郎とまとめてうつ伏せに倒れ込む。


 「わふっ!」

 「は、はぁ…やだっ…いやだっ……」


 痛みで立ち上がれず、初音は這って逃げようとする。だがその足首に何かが噛みついた。


 『んんふふぅ。おいちい、おいちいなあ』

 『おいちい! おいちい!!』

 『おいちいいい!! おいちいいいいいいいい!!』

 『ひとのこおいちい! ひとのこおいちい!!! んまぁあああああ!!』


 牛鬼の化物、そして骸の花が、初音の脚にくらいつき、舐め回していた。

痛みはない。だがその悍ましい姿に、初音はついに叫びを上げた。


 「いやあああああっ!」

 「わふっ! わふっ!!」


 茶太郎の咆哮にも最早怯むことなく、化物どもは楽し気に叫んでいた。



読んでいただきありがとうございます。

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