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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
98/128

97.見物、サルシャの町

 ノイムが出したお金は、一枚の木の札になって返ってきた。

 優勝シャティア、小銀貨六枚と削り書かれた上に、黒々とインクの光る割印が押されている。大会が始まったら、観客席に上がる際にこれを受付で見せて、受付に保管されているもう一枚の板と合わせて証明書とするのだった。


 入場札を握りしめたまま闘技場を出たノイムの横で、シャティアが苦笑する。


「鞄がほしいところだね」


 たしかに、ずっと手に持ったままというのも変な話だ。大会が始まったらシャティアは出場者として舞台のほうに行ってしまうから、彼女に預けておくわけにもいかない。


「飯にはまだ早いし、この際だから、ノイムの身なりを一新させちまおうか」


 次の目的、お買いものである。

 しかしサルシャの町とは、住んでいる人よりも、外からやってくる流れ者のほうが多い場所だ。町の規模のわりには立派な冒険者ギルドが建っているし、目抜き通りや闘技場の付近は宿屋と飲食店の激戦区。売っているものといえば武器や鎧などの装備品、頑丈さが売りの下着や上着、包帯や薬草、その他旅人向けの生活雑貨。見事に外に向けた商売ばかり展開されている。


 ノイムのような子供が身に着けるものを揃えるのは、なかなかの難題だった。

 新品を売っている店など存在しない。サルシャの町で育つ子供は、皆、親に服を縫ってもらう。それも布から起こすのではなく、親の古着を仕立て直すだとか、売れ残りの旅装を解して子供服に作り替えるだとか、そういった方法である。


 シャティアもそれは承知なのか、彼女が目指したのは古着屋だった。


「子供の成長って早いだろ。だから、もとが古着から仕立てられた服でも、まだまだ長く着れそうなもんが結構あるんだよ」


 それとも女の子らしいおしゃれ着がほしいかと聞かれたが、ノイムは自分の格好を見下ろして答えた。


「一日で穴を空けてもいいなら」

「あんたには向かないね……似合うことは間違いないだろうけど」


 トパ孤児院で支給されたこのワンピースも、どちらかといえばデザインを重視したものだ。テーブルに着いてお行儀よく食事をし、机に向かって勉強をし、手入れの行き届いた広い庭で遊び、週に一度は教会でお祈りをする、そういうおとなしい生活を想定した少女のものである。

 間違っても、畑の手伝いをしたり魔物と戦ったりしていい格好ではない。


 どうせ着替えるなら、そうやって野に親しむ――魔物との戦闘を野に親しむと言っていいのかはおおいに疑問だが――ことを前提とした服がいい。

 そういうわけで新たな衣装を手に入れたノイムは、古着屋の奥を借りてそのまま着替えをさせてもらい、砂っぽいサルシャの町並みにも溶け込む装いとなった。


 体の前後で違う布で仕立てられたらしいシャツに、元は旅人のマントだったフード付きのポンチョ。おとな用のズボンを裁断し、紐を通して裾を絞ったらしいかぼちゃパンツ。膝から下は剥き出しだが、足先からふくらはぎあたりまでは編み上げブーツに覆われている。外気に晒されているのは膝周りのごく一部である。染めていない素材そのままの色は地味だが、かたちは結構見栄えがする。幼子が身に着ければ可愛げも出る。


 そこに小さな斜め掛けの鞄を着ければなおさらだ。

 鞄は蓋をベルトで固定する革製のもので、肩にかけるよりもウェストポーチにしたほうがよさそうなサイズ感である。もっとも、ノイムの小さな体躯にはちょうどよい。


「シャティアが持ってるみたいな袋でよかったのに……」

「それじゃ色気がないでしょ」

「色気の問題なんだ」


 この発言のとおり、ここまですべてシャティアのプロデュースだった。

 もとが可愛らしいワンピースだったからか、彼女の趣味かはわからないが、機能性を重視した上で見た目にもこだわった。出来上がったノイムを眺めたシャティアの第一声は「うん、色は地味だけど可愛いじゃん」だ。


「このあとは?」

「籠手の調整でも頼もうかな。ほら、あたしって無茶な使いかたするだろ?」

「そうなの? 見えないけど……」

「敵の攻撃を受けとめるもんだからね。殴るための武器じゃない」

「うっそ」


 たしかに籠手といわれて真っ先に思いつくのは防具としての役割だが、そこはそれ、拳闘士のシャティアである。見た目は籠手でも、ただ単に拳全体を覆うデザインなだけで、ナックルダスターとして作られたものだと思っていた。違うのか。

 素直に驚きを表せば、シャティアに肩をすくめられた。


「たしかにそういう武器もある。ただ、それって拳の……この、人を殴ったときに当たる骨の部分だけが保護されてるんだ。あくまで武器だから、あたしの籠手みたいに、肘のほうまで鉄で覆われてるなんてことはない」


 相手が刃物を持っていても拳ひとつで戦うのがシャティアだ。振り下ろされた剣を防いだときに腕をバッサリやられるようでは意味がない。では避ければいいだろうという話になるが、拳を叩き込むには相手の懐に入らなくてはならないのだから、距離を取ってばかりでは満足に攻撃することができない。

 シャティアは腰にぶら下げているひと組の籠手を叩いた。


「だから防具の籠手を使ってる。もちろん、多少の改造はしてあるけどね。すぐ壊れちゃ困るから」


 それでも防具は防具である。


 ふたりは来た道を戻った。シャティアの馴染みだという鍛冶屋は、闘技場を挟んだ反対にあった。町の西側だ。一応は大通りに面していて、表は武器屋になっているのだが、入り口が非常に不親切だった。看板もない一枚の木戸とは、立地に恵まれているのに客を呼び込む気がまったくない。


 本当にここなのかとノイムは顔をしかめたが、その横でシャティアはさっさと戸を引いて入ってしまった。ノックもしない遠慮のなさだ。

 慌ててノイムも続いた。


 店内は薄暗い。板を打ちつけた壁に、剣や斧や盾や、それから許される限り古今東西の武器が並べ立ててあった。どう考えても鍛冶屋が作るものではなさそうなものもある。


「ここの親父さん、コレクターなんだ」


 ノイムの疑問を読み取ったのか、それともシャティアも、初めて訪れたときに同じことを考えたのか。小声で説明すると、彼女は奥の椅子で剣を研いでいた男に声をかけた。


「ご無沙汰。いま忙しい?」


 店主の親父は答えなかった。ただ、ちらりとシャティアを見上げて、研ぎの手を止める。そして空いた手を黙ってこちらに突き出した。

 シャティアも慣れたものらしく、相棒の籠手をまとめて彼に手渡す。


「相変わらずせっかちだね」

「……魔物の頭蓋でも割ったか」

「よくわかったね。ちょっと前にトロールを殴り殺した。歪んでる?」

「問題ない」

「わがまま言っていい? できそうなら改造してほしいなあ、なんてさ」

「明朝取りに来い」

「どっちなの、それ。ま、いいか……よろしくね」


 壁を埋め尽くす武器群に気を取られていたノイムは、シャティアに肩を叩かれて我に返った。店の奥に目を向ければ、矯めつ眇めつ籠手を眺める親父がいる。


「…………終わり?」


 流し聞いていた限りでは、シャティアと親父の会話はほとんど理解できなかった。というか親父の台詞の意味するところがわからなかった。シャティアの籠手に歪みはできているのか、できていたとして直せるのか、そしてシャティアが頼んだ改造が可能なのかどうか、すべて不明である。


 それでもシャティアは満足げに頷いた。


「親父さんに任せておけば間違いはないよ。なに見てたの」


 シャティアが言うならそうなのだろう。深く考えるのはやめて、ノイムはほとんど天井近くに飾られた一本の大弓を指した。


「弓? 今のあんたには引けなそうだね。それにしてもでかいな」

「シャティアくらい身長があればなあ」

「力もないと厳しいんじゃない。威力はありそうだけど」


 もちろんだ、とノイムは頷いた。ここにあるのは世界一の威力を誇る大弓である。東の海に浮かぶ島国、ニギの国から伝わったものだ。全長は七フート(二メートル)と少し。狩りなどに使われるショートボウの二倍以上の長さで、そのぶん扱いが難しい。


 日本では和弓と呼ばれていたものに酷似している。弓道で使用されるあの長弓である。

 前世のノイムも所持していたが――。


(滅多に使わなかったなあ……)


 ほとんどラヴィアスに預けたきりになっていた。なにしろでかい、重い、威力はあるが射程距離が短い、なにより目立つ。じっくり狙いを定めて確実に仕留める必要がある場合には有用だが、それ以外の、前衛の仲間をサポートする普段の立ち回りに向いた武器とは言い難い。


 とはいえ、これはほとんど言い訳だ。

 たとえばラヴィアスが使えば、その剛力と身のこなしと器用さでショートボウにも劣らぬ連射と高い命中率を披露したに違いない。ノイムには無理だ。そんなセンスはない。調子に乗って憧れだけで手に入れたはいいものの、完全に持て余していた。


「十年早い」


 奥から不愛想な声がかけられる。店の親父だ。


「宝の持ち腐れだ」


 ノイムのようなちびに似合いの弓はほかにある、と視線だけで誘導され、ノイムとシャティアは背後の壁を見上げた。ショートボウが一本。あらゆる光を吸収する黒々とした弓幹だ。


「ドラゴンの腱が使われている」


 親父の説明は言葉少なだったが、それで十分すぎるくらいに伝わった。この店で扱うなかで最上の武器のひとつということだ。


ヴァン()ドラゴンの腱はしなやかだ」


 首を傾げたノイムに、横からシャティアの助けが入った。


「非力なノイムでも威力が出せる作りだってさ」

「翻訳ありがとう、シャティア。なんでわかるの?」

「慣れだよ」


 シャティアの答えは実に簡潔だ。彼女はヴァンドラゴンの弓を指して親父を振り返る。


「親父さん、これ取っておいてもらえる? 大会が終わったら買いに来るよ」

「エッ」


 驚いたのはノイムである。

 たしかに、闘技大会の優勝賞金を使って弓を買ってくれるとは言っていた。言っていたが、ドラゴンといったら高級素材で、そのなかでもヴァンドラゴンはの上で暮らすと言われる種だ。人が出会うことすら難しい。その素材は途方もない額で取り引きされる。


「も、もらえないよ、さすがに」

「なに言ってんの。あんなにほしがってたくせに」

「普通のショートボウでいいんだよ。村の人が使ってたみたいな」

「ありゃ手作りだ。すぐ壊れるよ」


 店の親父は椅子から腰を上げて、ノイムたちの目の前からドラゴンの黒弓を下ろしている。取り置きは成立してしまった。どういうわけか、もらう側であるはずのノイムの意見が聞き入れられない。


 よろしくね、と自分の籠手を任せたときと同じ一言をもう一度残して、シャティアはさっさと店を出て行ってしまう。


 取り残されたノイムは親父にじっと見つめられた。

 まだなにか用かとでも言いたげな視線に負けて、仕方なしに踵を返す。そうして「今の取り置きはナシで」と断ることもできないまま、シャティアのあとを追ったのだった。

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