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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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94.対立、目撃する

 石を積み上げてできた武骨な町並みがノイムを見下ろしていた。


 地面を均しただけの道路から砂ぼこりが立ちのぼる。ノイムは目に入った砂塵を瞬きで落としながら、行き交う人々を眺めた。

 空気が砂っぽいのは、彼らの足運びが荒いせいだ。心なしか、彼らの体から闘気がにじみ出ている気さえ感じられた。屈強な体に刻まれたいくつもの傷。使い古された武器。鋭い目つき、隙のない身のこなし。


「すごい人がいっぱい……」


 お上りさんのような台詞が口から漏れた。


「言ったろ、闘技大会だって。だから人はいつもより多い」


 ノイムとシャティアは、サルシャの町に来ていた。


 砂ぼこりで薄ぼけた視界の奥に、ひときわ目立つ円形闘技場がある。

 天に向かってそびえる薄汚れた柱の群は、合計で三層からなっている。闘技場と言われて真っ先に想像するであろう、ローマのコロッセオにほとんど相違ない外見である。違うといえば、装飾の類がほとんど施されていないことか。遠くで見ようが近くで観察しようが、柱は柱であり、建物を支える以外の役目は担っていない。


 なにしろこの円形闘技場、外からもなかからもたびたび破壊されることがある。というのも――。


「闘獣を試合の相手として使うことがあるんだよね」

「それ、ただの魔物でしょ?」

「よく知ってるね。そう、ただ魔物を鎖で繋いだだけ。飼い馴らしてるわけでもない。なかなか過激だよ。人死にも出るから、そういう試合を観戦するのは一部の好事家だけだ」


 闘技場で行われる催事は、サルシャの町の名物である。

 そして開催される大会や試合の基準はというと、血沸き肉躍る闘いになるか否か、観客が盛り上がるか否か、儲かるか否か、である。だからいかに悪趣味だろうと、倫理観に欠けていようと、闘獣(まもの)対人の闘技は行われる。好んでこの対戦を見る客は、必ず大金を落としていくからだ。


「シャティアも?」

「あたしはやらないよ。たしかに闘獣相手の試合は儲けが大きいけど……危険すぎる」

「死ぬかもしれないから?」


 あたしがじゃないけどね、とシャティアが苦笑する。


「運営の人間が――まあ、闘獣の世話をさせられるのはだいたい奴隷だけど――舞台に闘獣を連れてきたり、逆に檻に戻したりするときに酷い怪我をしたり、死ぬ確率が高いんだ」


 試合前の闘獣は食事を抜かれ、餓えて狂暴になっている。試合後の闘獣は、殺されていない限りは、戦いの興奮でこれまた狂暴になっているのが常である。それを引っ張って舞台へ出し、あるいは退場させなければいけない者たちがどのような目に遭うかは推して知るべし。この際、闘技場の一部が闘獣の手で破壊されるのもお馴染みのことだった。

 試合に出る人間がいなければ、いらぬ犠牲を出さずに済む。


「自分の心配だけしてりゃいいんだったら、魔物をくびり殺せるいい機会だ、積極的に参加してたさ」


 肩をすくめたシャティアに、ノイムはそれもそうかと納得する。この女拳闘士は、たかだか魔物ごときに殺されるようなタマではない。


 野蛮な催しはさておき、サルシャの闘技場でなによりの目玉とされるのは、季節の変わり目に行われるトーナメント制の闘技大会だ。きちんとルールを定め、万が一にも死者が出ないようにされた比較的安全な試合運びがされる。真剣を用いた試合が行われる以上、多少の怪我はご愛嬌である。

 シャティアが言っている大会というのも、このことだった。


 ほかにも個人の決闘に使われたり、自警団の青年たちの訓練試合があったりと、『たたかうこと』に限定はされるが、催物の種類は多岐にわたる。

 だからこの町では常に、戦士ばかりが道を行き交っている。町の空気がまるごと荒々しくなるのも当然だった。


 闘技場を正面に据えた目抜き通りをのんびり進みながら、シャティアが今後の予定を指折り数える。


「ひとまず宿を確保して、それから大会の出場申請に行って……そのあと、町を適当に見て回ろうと思うんだけど、いい?」

「任せる」

「あんたの身の回りのものを整えたいところね。弓は大会が終わるまで待っててもらえる? 財布に余裕があったほうがいいもん買えるでしょ」


 シャティアはすでに、闘技大会の優勝賞金を手にしたつもりでいるようだ。実際、すでに何度も優勝したことがあるのだろう。定例大会に参加する者たちの実力の程度など、たかが知れていると言わんばかりである。ノイムはちょっと笑ってしまった。

 笑いながら、シャティアの手を握る。人が多いのではぐれると厄介である。


「覚えてたんだ、私が弓をほしがってること」

「当たり前でしょ。熱心だったじゃない、あんた。あんまり後回しにしちゃったもんだから、ちょっと申し訳なく思ってたんだ」

「とりあえず、まともに撃てる質ならそれでいいんだけど……」

「甲斐性のない保護者だと思われたくないの」


 今度こそ、ノイムはぷっと噴き出した。

 肩を震わせたノイムの笑い声は、しかし、前方から響いた怒号にかき消される。派手な喧嘩でも起こったような騒ぎだった。


「なんだろう。見える、シャティア?」

「たぶん、よくあるやつ」

「喧嘩?」

「いや――うん、喧嘩ではあるんだけどね」


 道行く人々がちらりと目を向け、やれやれと首を振って日常に戻っていく。シャティアが投げた視線も、似たようなものだった。たとえば村でノイムがソルノと喧嘩をしているときのような、喜ばしいものではないが、珍しくもない小さな事件に向ける目である。


「自警団と騎士団の衝突だよ」

「エッ」


 騒ぎが起こっているのは、通りに面した大きな四角い建物の前だ。この町の治安組織である、サフィート騎士団の詰所のようだった。

 大きく開いた扉の前に、くたびれた装備の男たち――おそらく自警団の団員――が押しかけている。ちらとも怯まぬ姿勢で彼らを応対しているらしいのは、ぴかぴかの鎧に深紅のマントをまとった青年である。


「正式な治安部隊はサフィート騎士団だ。君たちの主張もわからないではないが、残念ながら、わたしの口から闘技場の警護を辞めるとは言えないよ」

「だから、あんたらはいるだけで俺らの仕事のジャマなんだよ! 大会の途中で事故があったときに、無能な騎士団の連中は足手まといになる。あんたらがいるから治安が乱れる。何度言ったらわかるんだ? 団長のお坊ちゃんよ」

「代わりに最大限譲歩すると、こちらも何度も伝えたはずだ」


 近づくにつれ、対峙する彼らのやり取りがはっきりと聞き取れるようになる。


 特に騎士の青年の声は、朗々としていてよく通る。演説でもしたら誰もが足を止めて聞き入るような、堂々とした話しぶりだった。ただ、ノイムはやっぱり、ぴかぴかの鎧と深紅のマントが気になる。埃っぽいサルシャの町の景色からは明らかに浮いているのである。


「君たちが闘技場の警護と称して、武器を手に客席に立っていても、わたしたちは問題にしない。それでどうか納得してくれないかと、これもまた、以前から何度もお願いしているのだが……」


 それに、彼の容姿もまたサルシャの町の荒々しさには似合わなかった。

 長く伸ばした色素の薄い金髪を、ハーフアップにして緩く括っている。青空よりもなお深い碧の瞳と合わせて、いかにも貴族階級の人間といったふうだった。


(ちょっとラヴィーさんに似てるかも)


 優しげな風貌だが、内面は芯があってしっかりしている。なにより繊細なまでに整った顔立ちが、ノイムにそう思わせたのだろう。


「あいつらがあの調子じゃ、町の治安なんか維持されるわけがないんだよな」


 シャティアがぼやいた。当然だ。町の平和を守るはずの組織同士が喧嘩をしているのでは筋が通らない。迷惑そうに顔をしかめた彼女は、未だ騒ぎに気を取られているノイムの手を引いて、騎士団詰所の前を大きく迂回した。

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