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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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93.後始末、森へ

 降り積もった落ち葉を足の先でかき分ける。


 かさかさに枯れた葉が乾いた音を立てる。踏まれて崩れる。風に巻かれて舞い上がる。地面から浮いた葉は、枝から落ちてくる葉と混ざってふたたび下降する。土を覆い隠す枯葉の山に加わる。

 その山をことさらわざとらしく蹴散らしたノイムは、ふーっと息を吐いて頭上を見やった。ほとんど禿げあがった枝の隙間から、青空が覗いている。


 冬が近づいていた。


「どうしたの、ノイム。傷が痛い?」


 少し先を歩いていたシャティアが振り返る。立ち止まっていたノイムは、ふるふると首を横に振った。


「寒くなってきたなーって」

「あんたの服、薄いもんね。新しいの用意しなくちゃそのうち風邪ひいちまう」

「夏服だから……」


 ノイムがよく着ているのは、トパの街にいたころのワンピースだ。デビーに攫われたその日に身に着けていたものである。夏の真っ盛りに相応しい薄手の生地だった。これからの時期を過ごすには厳しい格好だ。


「あたしの昔の服を仕立て直すか……新しく買うかだね」

「シャティアが着れなくなったやつもらうよ」

「欲がないねえ」


 欲がないもなにも、ノイムがものを欲しがるということは、すなわちシャティアの財布から金を出すということだ。遠慮して当然だった。しかし、この村での暮らしも二か月を超えてきて、借りものばかりでは苦しいと感じ始めているのもまた事実である。


(ごたごたがありすぎて、結局、新しい短剣も弓ももらえてないし……)


 ノイムの周りは、勇者、勇者とそればかりだ。

 いまシャティアとともに向かっているのも、勇者の剣がある結界である。ようやく誰にも心配されずに動き回れるようになったので、放置してあった彼の剣を、元どおり地面に突き立てに行こうというわけだった。


 村長などは「持って帰ってこい」「王都に行って勇者として名乗り出ろ」「でないとお触れのとおりに村が処罰されてしまう」とうるさいが、ノイムは聞く耳など持ち合わせていない。


 お触れに関しては、()()()()、たしかにそのとおりなのだ。ノイムのわがままを貫くことで、村は『勇者の存在を隠蔽した』としてひとり残らず極刑に処されてしまう。

 しかし、この村に関しては、そうはならないと断言できる。


『そんなに私に勇者になってほしいなら、手紙を出して然るべきところに報告しちゃえばいいじゃん。うちの村には勇者がいます。勇者の剣も見つかりましたって。向こうから返事なり人なりが遣わされてきたら、私は従うしかなくなる』


 そう言ってノイムが堂々と胸を張ったときの、村長の顔は見ものだった。面白いくらいに強張って、額に脂汗を浮かべていた。


 手紙なんか何度も出しているのだ。勇者の剣が発見されたことも、勇者となるべき者が村に滞在していることも、しつこいくらいにしたためて、勇者が現れることを心待ちにしている国王のもとへと必ず届くように、手を変え品を変え、何度も何度も。


 それでも返事は来ない。調査もない。おのれ戯れ言をと処刑人を送ってくることもしない。

 領主に届け出ようが、冒険者に依頼しようが、王都へ向かう商人に預けようが関係ない。どこかで握り潰される。あるいは無視される。世間からのこの村の扱いというと、そういうものだ。以前からわかり切っていたことだった。


 ノイムが予想するに、これには村の傍にある廃墟が関係している。


 かつて大きな街だったその場所には、ラヴィアスとその家族が住んでいた屋敷が残っている。魔族が住む街だったのだ。彼らの存在が露見し、おそらく国の手によって、街は滅ぼされて今のような姿になった。その際の住民は、魔族の肩を持つ異端者として迫害され、どこにも行くことができずに、現在の村がある場所に住みついた――だから村長は特に余所者を毛嫌いし、周りは村に関わることを避けているのだと、ノイムは思っているのだが、真偽のほどは定かではない。

 それこそラヴィアスに聞くでもしなければわからないことだ。そこまでして知りたいかと問われると、尻込みせざるを得ない。さすがに命は惜しい。


 とにかく、村長がどんな手を打とうが、勇者の剣も、それを抜くことができるノイムの存在も、明らかにはされないのだった。ノイムが安心して強情を張れるわけである。


「ちょっとノイム、どこ行くの。もう見えてるよ」

「あれっ」


 腕を掴まれて我に返った。ぼうっとして行きすぎたらしい。

 結界なんてものがあるから、気をつけていないと見逃すのだ。おまけに以前までノイムを苛み、勇者の剣に近づくことでやっと楽になった頭痛は、綺麗さっぱり消え失せている。我ここに在りとノイムに向けて主張するものがないのである――と、そこまで考えてノイムは首を傾げた。


「いま、見えてるって言った?」

「ああ、言ったさ。ほらあそこ」


 シャティアが指した方向に目をやって、ノイムは口をぽっかりと開けた。


「めちゃくちゃ見える……なんでこんな、え?」


 木々の向こうで、陽の光がちらちらと踊っていた。鬱蒼と茂っていた枝葉が途切れている。その向こうに見えているのは、間違いなく、ノイムが勇者の剣を抜いた草むらだった。


 熊の死骸は大半が片づけられている。ただ、勇者の剣が刺さっている箇所だけ処分に苦労したようだ。茶色く枯れた下草に横たわる刃は、腐りかけた肉をまとったままだった。

 その状態で何週間も放置されたのに、剣には一点の曇りもない。白い剣身は錆びひとつなしに陽の光に照らされながら、使い手に拾われるのを待っている。


 いや、それ自体もはや不思議とも思わない。問題はそこではない。


「結界が……解けてる?」


 ノイムとシャティアが立っている位置は、どう考えても結界の外だ。結界のなかに取り残された勇者の剣なんて、視界に入るはずがないのである。


「少し前からだ。あんたが剣を抜いた時点で、薄れ始めていたのかもしれない。あるいは――」


 この場に子供を集めて、魔力を注がせようとしていた何者かの仕業か。


「今ここで考えても仕方ないよ。とっとと終わらせて行こう。それが一番安全だよ」


 シャティアに促され、ノイムはなんとか頷いた。狐につままれたような思いで歩を進め、遮るもののない空地へと踏み入る。


 血肉にまみれた勇者の剣に手をかけた。

 軽くひと振りすれば、それだけで刃にまとわりついていた肉きれが払われる。ノイムの手に収まって、汚れひとつなくなった勇者の剣は、いっそう白く英雄の象徴としての姿を輝かせた。忌々しい限りである。


「……埋めてもいい? そしたら悪用もされなくなるよ」

「いいわけないでしょうが。余計なことしないで、元あった場所に帰しなさい」


 びっと指を差したシャティアに、唇を突き出して返した。当たり前だが許されなかった。渋々、剣を引きずって草むらの中央に立つ。足で探ると、ひときわ深く空いた穴を見つけた。


 ノイムはそこに、勇者の剣を()()()


 最初に目にした晩と同じだけ傾いた柄、同じだけ地面に沈んだ刃。知らない人が見れば、すでに一度抜いた者がいるとは思わないだろう。


(できれば二度と会いませんように)


 ノイムは柄から手を放した。もう頭痛はしなかった。

 次にここへ来るのは、失踪した青年勇者を見つけたときだ。彼を案内して勇者の剣のもとまで連れてくるのが、ノイムの役目になるはずである。


 それ以外の可能性は、考えないでおこう。


「さて、用事も終わったことだし……ノイム、息抜きしない?」

「息抜き?」


 剣をひと睨みして木立のなかへと戻ってきたノイムに、シャティアが人の悪い笑みを浮かべた。なにかを企んでいる。


「サルシャの町で闘技大会が開かれるんだ。あんたを連れだそうとすると、村長が猛反対するだろうからさ……このままこっそり森を突っ切って行っちまうのはどうかと思ってね」


 それは、村に留め置かれていたノイムにとって、非常に魅力的な企みだった。

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