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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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92.同調、並々ならぬ

 ノイムは知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。


 今の今までまぶたの裏に、まだ見たことのないランベルクの地と、あどけない顔をした昔のシャティアが映っていたような気さえする。

 シャティアのなかでは、当時の光景がまだ生々しく残っていた。ノイムはその一端を覗いたのだ。


 隣に寝そべるシャティアの顔をのぞき見る。かける言葉が見つからない。ただ、ノイムの唇が縫いつけたように動かなかったのは、月並みな慰めの言葉しか思いつかなかったからではなかった。


 シャティアの話を、初めて現実のこととして理解できたからである。


 いま初めて聞いて驚いたという意味ではない。魔族のせいで生まれ故郷も家族も失ったことは、先日、勇者の剣が見つかったときにも耳にしていたし、もっとさかのぼれば前世でも、シャティア自身の口から直接聞いていた。

 聞いた上でノイムは、どこか遠い世界の……もっといえば、むかしむかしあるところにから始まる昔話やおとぎ話の心持ちで捉えていたのだ。目の前にいる友人の身に()()()()()()()出来事として受け取ることができていなかった。


(まだ……抜けてなかったんだ。日本にいたころの感覚が)


 子供のころ公園の遊具から落ちて骨を折ったのだと言われたら、それは実感できる。胃腸炎が悪化して救急車で運ばれたとか、田舎に住む祖母が亡くなったとか、そういう話も、現実のことと実感できる。しかしたとえば、テレビのニュースで見る猟奇殺人事件なんかは、たしかに同じ日本の地で起こっている実際の事件なのに、どこか遠い世界の話のような気がしてしまう。


 そういう感覚が、ノイムのなかにはあったのだ。

 ましてや故郷を焼かれたなどとは、日本では今やフィクションの世界での出来事である。


(前世で、私はシャティアと一緒に問題の魔族……トワンを殺した)


 代理勇者として旅を始めて、かなり早い段階のことだったと思う。だから言葉を選ばずにいえば、まだゲームのような感覚が抜けきらなかったころだ。死を肌で感じる経験を何度も重ねていくことで、ノイムは少しずつ、代理勇者としての旅に、野生の獣や魔物や魔族や、ときに人の手によって、人間の命が簡単に奪われてしまうこの世界に、たしかな生と現実を実感して、地に足をつけて歩くことができるようになっていった。

 ただ、トワンを倒してからは、シャティアの家族について話題に出すことはほとんどなかったから、最初期に抱いていた自分のなかの薄情なまでの他人事感に気づくことができなかったのだろう。


 恥ずかしい。ひたすらに恥ずかしかった。

 今さら自覚して恥ずかしいと思うことが一番耐えられない。


「大丈夫、ノイム? 気分悪くなってない? 寝る前にする話じゃなかったか」


 やや不安げな声が暗い家に溶ける。ノイムはからからに乾いた舌をなんとか湿らせて答えた。


「へ、へいき。私が……私が聞いていい話だったのかと思って、ちょっと驚いただけだよ」

「あんただから話したくなったんだ」

「……そっか」


 抱えていた羞恥がわずかにほどける。

 前世のノイムは今よりもずっとわかりやすくて単純だった。シャティアはもしかすると、ノイムが緊張感のない気持ちで彼女の過去を聞いていたことに気づいていたかもしれない。ノイムのその態度は、だとすると、シャティアを傷つけてしまったろう。


(でも、今は違うよね、うん)


 転生して、すべての関係をやり直すことになって……いま初めて、それがよいことだと思えた。

 少なくとも、シャティアは前世よりもずっと詳しく己の過去を語ってくれた。ノイムだから話したくなったと断言してくれた。前よりもずっと、良い関係を築けそうな予感さえする。


 喉のあたりで凝り固まっていた言葉が溶けて、ノイムは自然、シャティアの話に抱いた興味を口にした。


「ランベルクを出てここまで来てから、ずっとこの村にいるの? サルシャの町に住むんじゃなくて?」

「そんときすでに、この村の連中の誰よりも腕っぷしには自信があった。賊を追い払ったり、魔物をやっつけたり、狩りを手伝ったりしているうちに、うまいこと収まったんだ。空き家があったから、住みつくには困らなかったし。まだ三年も経ってないけどね」

「シャティア、今いくつ?」

「十六」


 女子高生だった前世のノイムと同い年だ。顔立ちには相応のあどけなさが――夜中に外を出歩いていたら、日本では確実に補導される――そういうあどけなさが残っている。しかしノイムにとっては、いま隣にいるシャティアも、前世で出会ったおとなのシャティアも、さして違いがないように思えて仕方がなかった。この年ですでにずいぶん落ち着いている。これまで歩んできた道が、シャティアという人をそうさせたのだ。


 夜が深まっていた。虫も寝静まるような時刻である。

 肩を並べて横たわったノイムたちの、呼吸の音まで聞こえそうだった。


「今のあんたは、あたしがひとりぼっちになったときよりも、もっと小さいでしょ。子供の年の差は、ひとつふたつでもでかいもんだ。九歳のあたしは、無茶やってもこうして生き延びた。でも、六歳のあんたは――ノイムは、そうならないかもしれない」


 手が触れた。かけ布の下で、シャティアの温かい指がノイムの幼い手を握る。


「なんだか、他人事に思えないんだ、あんたのこと。勇者の剣を抜いたって聞いてからは、特に――」


 しゃべりながら考えるように。


「魔王を斃すために選ばれた存在として選ばれたあんたは、魔族ぜんぶの敵だ。たったひとりの魔族を憎んで追いかけて――それでも一度も出会ってないあたしとはワケが違う。その道を選んだら、ノイムは誰の目にも勇者だとわかっちまう。魔王の手下どもからすれば格好の的だ。その年で……想像するだに恐ろしい。それがどれほど惨いことか、保身しか考えてない村長にはわかってない」


 言葉と言葉に間を空けながら、シャティアは話を接ぐ。


「でも、あたしには――少なくとも村長よりはよっぽど理解できると思う。あんたが勇者にはならないって断言して、心底ほっとしたくらい。あたしも、できればあんたには勇者なんかになってほしくない……」


 勇者なんかになってほしくない、その台詞にノイムはふと思いだした。

 以前、シャティアはこれとは真逆のことを言っていた。あれは――。


「覚えてる? 勇者の剣が見つかったとき、あたしが言ったこと」


 シャティアも同じように思いだしたらしい。ノイムは、ややためらいがちに答えた。


「早く次の勇者に名乗りを上げてほしい」

「そうだね、それに、もう少し乱暴な言いかただった」


 たしかにシャティアの言うとおりだが、まさかノイムの口から言うわけにもいかない。ノイムは黙って続きを促した。


「あれは撤回するよ。無神経な発言だった。特にあんたの前では、一番言っちゃいけないことだったって、今ならわかる」


 手のひらを包んでいたぬくもりが離れる。衣擦れの音がした。シャティアが体を起こして、膝を揃えてノイムを見ている。


「本当にごめん。傷ついたろ」


 宵闇のなかで動いたシャティアの影は、深々と頭を下げたらしい。

 ノイムはぎょっとして飛び起きた。脇腹の傷があまりよくないねじれかたをしたようだが、気にしている余裕はなかった。


「い、いい、いい! 気にしないでよ、頭上げて。平気だから。だってあのとき、シャティアは……私も、私が勇者になるなんて、知らなかったでしょ」

「あたしの気が済まないんだ。謝らせてよ」


 シャティアは微動だにしない。ノイムはたまらず、「わかったから!」と小さな悲鳴を上げた。

 それがよほど焦っていておもしろかったのか、シャティアが小さく噴き出した。


「そんなに恐縮しなくたって」

「だってその……私は全然気にしてないから……もう寝よう! 明日に響くよっ」

「あんたが寝たがらなかったんだろうに」

「満足したの! ていうか、もしかして、寝るのを引き伸ばすためだけに昔の話を……」

「ちょうどいいかと思って。思ったより真面目な感じになっちゃったけど」


 まさかとは思うが、「あんただから話したくなったんだ」とは、そういう意味なのか。くすくすと笑うシャティアを見ていたら、そんな気がしてきた。

 そうなると、ノイムはひとりで深みにはまって落ちこんだり盛り上がったりしていたことになる。

 先ほど抱いたのとはまた別の羞恥が湧き上がってきて、ノイムは頭からかけ布を被った。


「――お、おやすみッ」


 寝床の上で丸くなり、あとはシャティアが忍び笑いを漏らしているらしい声が聞こえても、一切反応しなかったのである。

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