89.処遇、口論にもならず
シャティアはたむろしていた子供たちを――家の入り口に突っ立っていたソルノも含めて――あっという間に追い出してしまった。賑やかだった寝床周りが、あっという間にがらんどうである。
子供たちと入れ替わりに、難しい顔で入ってきたシャティアは、ノイムの隣に膝をついた。
「アマンダから、あんたが起きたって聞いちゃったからね。来ないわけにはいかなくってさ」
眉根を寄せて険しい表情をしている。「なんで起きちゃうんだ」となじられて、ノイムは目を白黒させた。
「どこか痛いところは? だるいとかない? 長話はできる? できないと言いなさい」
え、と問い返しかけて強く睨まれた。喉元まで出かかった疑問を無理矢理に飲み下して、首を何度も縦に振る。
「で、できない」
「よしきた。ねえ、聞いてたでしょ? このとおりだから――」
戸口に影が差した。シャティアの声に引き寄せられるようにして、白髪交じりの頭をした男がひとり姿を現す。
「それが通用すると思うかね、シャティア。君は黙っていてくれんか。見たところ勇者殿は元気だ。なにも問題ないだろう」
「問題しかないわ」
ノイムは得心した。シャティアが不機嫌な理由は、この男である。
誰かは言われずともわかった。
ルーダにそっくりなしかめ面が、顎髭を撫でながらノイムを見下ろす。
「具合はどうかね、新たな勇者殿」
この村の村長、そしてルーダの父親。ソルノよりも、ルーダよりも、何倍も強く余所者を嫌っている、排他主義の第一人者だった。
村長の表情は固い。怪我人を案じているとはとても思えなかった。
彼の顔からは厄介ごとの匂いがする。瞬時に思考を巡らせたノイムは、村長のかたちばかりの見舞いの言葉を叩き落とした。
「帰ってください。怪我も治りきってないし、まだくたびれてるの」
「子供たちの相手はできるのにかね」
「私も子供なんで。知らないおとなの相手をするよりもずっと楽だもん。で、あんた誰?」
村長のこめかみに青筋が浮いた。ルーダとよく似た顔立ちなので、その迫力はじゅうぶんだ。逆を言えば、ノイムはルーダで慣れている。ちらとも怯まなかった。
シャティアが素早くうつむいたが、見なくてもわかる。たぶん笑っている。
「本題に入ろうか」
村長はノイムの言をまるきり無視することにしたらしかった。そうでないと耐えられなかったのかもしれない。わき上がった怒りを逃がすように長く息を吐き、「本題に入ろうか」と勝手に話を進めた。
「君を王都に連れていく日取りを決めようと思ってね。なるべく早く向かいたいのだが、君の怪我、傷はすでに塞がっているんだろう。長旅に支障はないね?」
「王都には行きません」
村長がきょとんとした。ノイムが即答したせいで、一瞬、なにを言われたのかわからなかったのに違いない。
だからひと呼吸を置いて、丁寧にすべてをぶちまけてやった。
「王都には行きません。王様にも謁見しません。私は勇者にはなりません。勇者の剣をあの森から動かすつもりもありません。歩き回れるようになったら、剣は元の位置に挿してきます。私が関わるのはそこまでです。あとは国に奏上するなり何なり、好きにしてください」
王都に連れていくとは、十中八九、国王に謁見することだろう。
勇者の剣は、決して偽装のできない身分証明の品となる。勇者の剣を携えた人間は、特に新しい勇者の場合は、アポイントメントがあろうがなかろうが、かなりすんなりと城に通される。
国王の前に立たされて、勇者だということを認められると、今度は国から大陸全土に向けて『新たな勇者が立った』と宣言が出るのだ。そういうしきたりだった。
(城まで行ったら私は終わりだよ)
前世の二の舞を演じることだけは、してはならない。
ましてや今のノイムは、たった六歳ぽっちのガキである。旅に出たところで、魔王討伐どころか魔王城にたどり着くこともできないだろう。
国王は間違いなく、ノイムを『勇者としての責務が果たせぬ者』と断じる。
そうなったら、あとは簡単だ。
首をはねられる。ノイムにとって、三度目の死である。
冗談じゃなかった。
「……なんだって?」
眉根を寄せたまま固まっていた村長が、ぽろりとこぼした。ノイムがひと息に言い切ったせいか、彼はまたも理解できなかったようだ。
「私は勇者にはならない」
「ならない?」
二度目だというに、まるでいま初めて聞いた反応だ。村長が目を見開いた。
「君は、自分がなにを言っているのか理解しているのか」
「二回聞いてもまだ理解できない人にはわからないかもね。耄碌するには早いんじゃない?」
村長の開いた口が震えた。ぴきりと音が聞こえそうだ。
「き、君は幼いからわからんのかもしれないがね。勇者という役目は、やめたといって放棄できるようなものではないのだよ」
そんなもの、言われなくたって十分すぎるくらいにわかっている。ノイムは村長のこの台詞をシカトした。
「話がそれだけなら帰ってください」
ノイムは起こしていた体をぱたりと倒して、寝返りをうち、体ごと村長を拒絶した。なにを言われようが答えぬという意思表示である。村長はそれでもあれやこれやとわめいていたようだが、本当にノイムが無反応を貫くつもりだと知るや、足音も荒く出ていった。
「余所者は災厄を運ぶとはこのことだ! 貴様はこの儂を謀反人にする気かッ。引きずってでも国王陛下の御前に放りだしてやる!!」
まるきり三下の捨て台詞である。
負ける気がしないなと思いながら、ノイムはふたたび身を起こした。
最初に村長に「黙っていろ」と言われたシャティアはといえば、結局、ずっと下を向いて肩を震わせている。ノイムの毅然とした態度がよほどツボに入ったらしい。
顔を上げたシャティアのつんとした目尻には涙が浮いていた。
「よくやるよ。村長の前じゃ、あのソルノだってびびっちまうってのに」
「ただのちょっと強いルーダでしょ? そんなに怖いかな」
「ちょっと強いルーダ――」
シャティアは体を半分に折って床を叩いた。高く透きとおった笑い声が家じゅうに反響する。隙間に挟まる吐息が苦しそうだった。
「ひ、ひ――ひぃ、あんた最高だよ、ノイム」
そりゃどうも、と返したらまた爆笑し始めそうな予感がしたので、ノイムはただ頷いた。それでもシャティアはノイムの顔を見て大笑いした。失礼な人である。
「ずいぶん饒舌だったね。まるで最初から答えを用意してたみたいだ」
「剣を抜いてから……ずっと考えてたから」
「それだけじゃないだろ? あんた、ずいぶん前からこうなることがわかってたんじゃない」
「ずいぶん前って?」
シャティアは鋭い。涙を拭った半笑いの状態で、それでも口元には優しさをたたえて、彼女は言った。
「この村に着いて、あんたが初めて目を覚ましたとき」
「え」
それはノイムの想像をはるかに凌駕する、鋭い指摘だった。てっきり、エイミーがいなくなったときだと言われると思ったのに。
しかし、詳しく聞いてみればなんのことはない。
「あんた、二週間くらいうなされてただろ? 森だの剣だの、寝言で散々聞いたんだよ。そんときはなんのことなのかわかんなかったけどね」
なるほど、たしかにあのときノイムがは同じ悪夢を繰り返し見ていた。悪夢から逃げて覚醒しても意識は朦朧としていたし、なにか口走ったとしても不思議はない。
「それに、エイミーが迷った魔法結界を指摘したときは挙動が怪しかった」
「挙動が……怪しかった……?」
「目が泳いでたよ。まさか気づいてなかった?」
開いた口が塞がらない。ノイムは何度か無駄に口を開閉させたあと、むっつりと押し黙った。
たしか、勇者の剣の周りに張られた結界について話したとき、シャティアは――ふうん、と納得したのかしていないのかわからない声を出して、しばらく考え込んだ。あれはなんか変だけどまあ信じてみようか、の沈思だったのか。それではノイムは、シャティアの誘導に成功したのではなく、成功させてもらっていたのだ。
顔から火を噴きそうな心地になった。
「勇者の剣が見つかったって村が騒いでたときも、あんた、妙な態度だったろ」
もはや取り繕う余裕もなく、ノイムはぎくりと身をこわばらせる。同時にもうひとつ、予感に思い至った。
(それじゃ、エイミーが見つかったって知らせにきたルーダが、しつこく私を疑ってたのも……)
ノイムとしては平然と受け答えをしているつもりだったのだが、やっぱり、ちょっと動揺が見て取れたのかもしれない。ノイムを穿った目で見ているルーダからすれば、その不審は容易に感じ取れただろう。
ではあのとき、鬱陶しいからとルーダとの問答を拒否したノイムは、その実、これ以上追及されたらぼろが出そうだからそっぽを向いたのか。我ながら無様である。頬が熱くなった。ノイムははっきりと、茹でダコのように顔を赤くしていた。
シャティアがくすくすと笑う。先ほどまでの大爆笑に比べてかなり優しい色のこもった声だったので、ノイムはますますいたたまれなくなった。
「必死だったんだね」
これがルーダであれば馬鹿にされたと思うところだが、相手はシャティアだ。彼女の口調にノイムを嘲笑するつもりは感じられなかった。気遣いさえ窺えた。
ノイムは両手で顔を覆いながら、指の隙間からシャティアの顔を盗み見る。
「そりゃそう、そりゃあそうだろうよ。今となっちゃ、あたしにもあんたの気持ちがわかる気がする。たしかにあんたはトロールにも怯まず矢を射かけられる技術を持っていて、ソルノのために身を張れる度胸も、狂暴化した野生の獣を殺しきるだけの意志もある。ここに来る前については、あんたから話に聞いただけだけど、どんな目に遭ってもへこたれない強さも持ってるみたいだ」
それでも、さ。
シャティアはノイムの頭に手を置いた。いつもの乱暴な仕草と違って、いたわるような手つきで髪をかき混ぜる。
「それでも、あんたはまだちっこい。たった六歳だ。経験も人脈もタッパも地位もない。勇者の剣なんか抜いちゃったら、万が一にも魔王を斃しに国を出なくちゃならなくなったら、あっという間に死んぢまうよ。必死になって当然だ。あんたにあの剣を握らせるなんて――」
ノイムの視界がにじんだ。羞恥のためではなかった。
「そんな年から、魔族と――それもその頂点にいるヤツなんかと戦わなきゃいけない運命なんて――こんなの馬鹿げてる」
顔を隠していてよかった、と思った。
シャティアはどうやら、ノイムを泣かせるのが上手い。




