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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
五章 代理勇者の助太刀
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87.逃避、許されず

 二階建ての建物の前で、ふたりの女が押し問答を繰り広げていた。片や腰にぼろ布で巻いた長剣を携えた十代の少女。片や急所だけを覆う簡易な鎧に身を包み、鈍器のような籠手を両手にはめた大人の女だ。


 つい先日、勇者の剣を抜いて勇者になってしまったノイムと、拳闘士のシャティアである。


 ふたりが前にしているのは冒険者組合(ギルド)だ。

 事件の調査・解決依頼、受注、報酬の支払いまでを一身に担っているその建物は、サニア国内各地、ひいては大陸全土のあらゆる町街にある。なかでもシャティアとノイムがいるのは、ふたりが暮らしていた小さな村から森を挟んだ向こう側、大きな円形闘技場が特徴の、サルシャの街にあるギルドだった。


 両開きの扉に手をかけようとするシャティアを、ノイムが必死で引き留めている。


「無理無理無理無理……」

「無理じゃないよ。先立つものはどうしたって必要なんだから」

「そういうんじゃないけど、目立つでしょ」

「そりゃあ、それを持ってて目立たないわけがないだろうさ」


 シャティアの目が、ノイムが差した長剣に向いた。鞘がないせいでぼろ布に巻かれた粗末な見た目をしているが、握りから鍔まで施された装飾と、そのふたつが交差する中央にはめ込まれた宝石から、ただの剣ではないことがわかる。そしてその長剣を目撃した者ならば間違いようがない気配――勇者の剣である。


「絡まれたりしない? 私みたいな……ほら、どう考えても勇者ってガラじゃないでしょ。なんでこんな小娘がって思われない?」


 なんでこんな小娘がとは、ノイムが実際に言われたものである。村の次期村長、ルーダの台詞だった。


「そんなびくびくしなくったって平気だよ。冒険者っていったらたしかに荒くれ者が多いけど、気のいい連中ばかりだから」

「そう……なの?」


 ノイムが力を抜いた隙に、シャティアは冒険者ギルドの扉を押し開いた。そしてあろうことか、なんの前置きもなくノイムをなかへ突き飛ばした。


 喧騒が耳を叩いた。

 一階は賑やかな酒場だった。

 大テーブルが許される限りに所狭しと並び、突き当たりにはバーカウンターらしきひとり席がある。左右の壁沿いに階段が伸び、吹き抜けになった二階へと繋がっている。二階は役所の受付のようになっているようである。


「ヒェ……」


 たむろっていた男たちが一斉にノイムを振り返った。一階も二階も余すところなく、すべての耳目がノイムに向けられる。歓談する声で満ちていた場は、あっという間にささやき声でいっぱいになった。

「あれ、勇者の剣じゃねえか?」「本物……だよな」「偽物だったらなにも感じないって」「てことはあの嬢ちゃんが?」「勇者あ?」「本当に戦えるのか?」「あの細腕で……」――お世辞にも好意的とはいえないものばかりである。


 それでも、遠巻きにこそこそとされるぶんにはまだよかった。

 悪いのは、そう、たとえばまさに今、ノイムの前に仁王立ちした男などである。


「おうおう、なんだいお嬢ちゃん。その細い腰にくっついてんのはまさか勇者の剣じゃないか? 扱えるのか? 戦いのたの字も知らないお上品な顔だがよ」


 典型的な三下然とした絡みかただった。男は酔っぱらっているらしい。不自然な赤ら顔である。目の焦点もうまく合っていない。

 ノイムは半歩引きながら、横に並んだシャティアに小声で文句をつけた。


「これが気のいい連中?」

「素面ならね――ダン、酒を抜いて出直しな。あんた今まともじゃないよ」


 シャティアの知り合いのようだ。ため息を吐きかけられた男――ダンは、「俺はいたってまともだ!」と胸を反らして断言した。


「おまえこそまともじゃないぞシャティア! そのひょろひょろしたお嬢ちゃんが勇者だと言うのか!」

「少なくともあたしは、この子が選ばれた瞬間を目撃してるからね。わかったらどいて」

「いいや退かん!」


 なかなか面倒な御仁である。


「おまえが勇者に相応しいものだと、この俺に示してみせろ!」


 ギルドじゅうに響いた大音声に、ノイムたちに注目していた者たちが歓声を上げた。口汚い野次に、高く通る口笛。ノイムはもう半歩足を引いた。ついていけない。

 助けを求めてシャティアを見れば、胡乱な目つきでダンを睨んでいた。ノイムの視線に気づくと、彼女はダンに向かって顎をしゃくる。


「ノイム、そいつをくれてやりな」

「は?」


 シャティアが示したのは勇者の剣である。聞き間違いかと思ったが、「それ、勇者の剣。渡してやれ」と言われてしまえば、間違いようがない。


「そんな不安な顔しなくても、そいつはノイムにしか扱えないよ」


 にやりと口の端を持ち上げたシャティアに、ノイムは生返事しかできない。ただ、彼女がここまで言うのなら、本当に大丈夫なのだろう。まだ知り合ってさほども経っていないが、シャティアが取り返しのつかない嘘をつくような人ではないとノイムは知っている。それくらいの信頼は持っていた。


「はあ……」


 だから、荒布で刃を隠したばかりの勇者の剣を、仁王立ちするダンという男に差し出したのである。


「ど、どうぞ」

「ふん、怖気づいたか?」


 ダンは豪快に笑った。ノイムが怖がっているとしたらそれは間違いなく彼のせいだろうに、悪びれる様子もない。ダンは遠慮することもなく差し出された剣に手を伸ばした。


「とんだ根性なし――うおッ!?」


 とたん、ダンは床に沈んだ。


 勇者の剣を受け取った手を突き出した体勢のまま、前のめりに転んだのである。

 周囲はどっと沸いた。「酔っぱらいすぎだろ、ダンさんよ」などと野次が飛び交い、大盛り上がりだ。しかしその熱狂に反して、倒れたダンの額には脂汗が浮いていた。


「お――おい、こりゃ、どうなってる?」


 ダンは勇者の剣を持ったままだ。柄を握った手は、床と剣の間に挟まれている。その指先はうっ血して赤くなっていた。まるで、手に負えぬほど重いものに押しつぶされているかのような。押しても引いてもびくともしない。

 なれば持ち上げてやれと、空いた手を添える。白くなった手の関節から、眉間に刻まれたシワから、首まで真っ赤になった頭から、渾身の力を込めているのがわかる。


 剣は微動だにしなかった。

 縫い留められたように床に横たわり、ダンの手を拒絶している。柄を握った手指を圧し潰さんばかりに負荷をかけている。


()っててててて! 指がちぎれちまう! お、お嬢ちゃん、た――助けてくれッ」


 ノイムは半ば放心しながらも、慌てて勇者の剣に手をかけた。

 持ち上がらない――なんてこともなく、彼の剣はあっさりノイムに拾われる。ノイムには慣れぬ重さだが、持ち運べないことはない。なんのことはない、普通の長剣である。


 ダンがひいひい言いながら立ち上がった。

 勇者の剣を握っていた彼の手指にはくっきりと跡が残っている。


 ギルド内は静まり返った。ダンを笑う者はいない。同様に、ノイムをからかう者もいない。異様な空気があたりに漂った。

 沈黙を破ったのはシャティアだ。


「わかったでしょ、勇者の剣は勇者にしか使えない。あんたがどんだけ立派な戦士で、この子がどれほど戦いに不慣れでも、この剣はこの子にしか扱えないんだよ」


 わかったらとっとと退く、と噛みつかれ、涙目のダンはすごすごと道を空けた。


「さ、あたしらの目的は二階だよ。」


 からりと笑ったシャティアが颯爽と歩きだしたので、ノイムは慌ててあとに続く。


(騒がしいほうがマシだったかも……)


 そして無言の注目を一身に浴びながら、最初にこの場に踏み入ったときよりもはるかに気まずい思いで背中を丸めたのである。


   ▽ ▽ ▼


 見慣れた天井があった。

 シャティアの家だ。ノイムはいつぞやのように、寝床に横たわっていた。つい先ほどまでサルシャの町にいたかのような錯覚にとらわれたが、夢である。前世の思い出だった。


 やけに重たい頭を動かし、隣を見る。

 ノイムが来てからというもの、シャティアの家には寝床が増えた。ノイムが使っているのはもともとシャティアが寝ていたもので、シャティアはその隣に新設したほうで眠っている。


 現在、隣の寝床は空だった。慣れた光景である。

 ノイムが起きたとき、大抵、シャティアはすでに出かけている。だからノイムが彼女と顔を合わせるのは夕食の時間以降だし、ここ一週間の話であれば、その日にシャティアが帰ってこないらしいと判明するのも夕飯のときだ。


 家の入り口からはぬるい日差しが差し込んでいた。


 いつもの光景、いつもの目覚め。

 ひどい頭痛も、勇者の剣も、狂暴化した熊も、宵闇に包まれた森も、ない。


(なんだ、ただの悪夢か)


 ――とは、ならなかった。

 身じろぎをした瞬間、全身が激しくきしんだのである。


 ひどい筋肉痛だった。おまけに脇腹がやけに引きつる。服をめくってみれば、肉の盛り上がった薄ピンクの傷跡があった。治りかけである。腹側から背中にかけて三本ほど、長細く伸びている。


「……夢じゃなかったか」


 ノイムは心の底からがっかりした。

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