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魔王に殺された代理勇者の。  作者: ねずみもち月
四章 代理勇者の束縛
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85.囮、交代する

 勇者の森の一部分に張られた魔法結界は、外の目から勇者の剣の存在を隠蔽するためのものだ。

 だから結界がそこに()()とわかっていなければ出入りできないし、たとえ結界を挟んで内と外で向き合っていたとしても、互いの存在を認知することはできない。姿はもちろん、声も気配もなくなる。結界の外から叫んだところで、結界の内側にいる人にはまったく聞こえない。


 なにもないのに飛び立った鳥は、結界の内側で起こったなにかに驚いて、結界の外に飛び出してきたのだろう。だから結界どころか森の外にいたノイムたちには、鳥たちを驚かせた出来事を知覚することができなかった。


 勇者の剣のあたりで、よくないことが起こった。

 おそらくそこにはソルノがいる。


 人を呼びにやっている暇はない。近づきたくないと駄々をこねている余裕はない。ここで行かなければきっと後悔する。

 今度は躊躇わなかった。ノイムは森に飛び込んでいた。


「ノイムちゃん! ひとりじゃ危ないよっ」


 追いかけてきたハーレに腕を掴まれた。つんのめって立ち止まる。振り払おうとしたが、純粋な力で年上の男子にかなうわけがなかった。


「危ないのはソルノだよッ」


 きっ、とハーレを睨むと、彼はわずかにたじろいだようだった。しかし驚いたのは一瞬だけで、すぐにただならぬ事態だと察したらしい。

 ハーレは、おとなに任せようなどとは言わなかった。


「僕も行く」

「は?」

「なんだかわからないけど……君、勇者の剣の場所も知らないでしょ。それでどこに行くつもりなの」


 ノイムは目を瞬いた。


 そういえば、この村に来てから一度も森に入っていないのである。ノイムが勇者の森を歩いたのは、前世でのことだ。ハーレが心配するのも当然だった。

 説明して追い返すのももどかしく、ノイムは己の腕を掴んでいるハーレの肘のあたりを逆に掴み返した。ふたりは手を繋いで走りだす。


「エイミーはたぶん、ルーダのところに行ってくれたと思う。もしかしたら大泣きして、なんにも言えないかもしれないけれど……」


 せめて「森」くらいの単語は伝えてほしいところだ。たとえ号泣していてもそれなら言えるだろう。そうすればルーダなら、血相を変えて飛んでくる。

 いざというときに頼りになるかは不明だが。


(トロールのときは真っ先に伸びてたもんな……)


 いささか不安である。


 ふくらはぎに触れる雑草にぞわぞわした。短剣の柄を握る手のひらにいやな汗が滲む。心臓の音が耳の奥にまで響いている。


「あ、ノイムちゃん、そこ――」


 ハーレが言い終わる前に、ノイムは下草をかき分けて夜の深いほうへと方向転換した。狩りや野草の採取で村人が歩き、踏み固めて作った獣道からは逸れる。そうしないと、勇者の剣にはたどり着けない。


「……よくわかったね」


 ノイムは答えなかった。


 結局、ハーレはただのおまけだ。ノイムは先に立って、記憶の糸をたどりながらずんずん進む。道案内をしようとしていたハーレはすぐに黙ってしまった。


 正直、あえて道順を思いだす必要さえ感じなかった。

 目を瞑っていたってたどり着ける自信がある。一歩踏み出すごとにこめかみのあたりが痛む。どんどん強くなる。だって、ノイムは――。


 どれくらい歩いただろうか。

 ノイムの額にうっすらと汗が滲み出したころである。

 ふたりは立ち止まった。


「来たことないんだよね?」

「まあね」


 戸惑うハーレを一瞥すらせずに、ノイムは頭を突っこんだ。


 薄い膜を突き抜ける感覚。結界である。

 隠された空間に入ると、それまで目の前に続いていた木々や茂みがまるごと消滅した。


 開けた草むらがあった。


 頭上にぽっかりと穴が空いている。星々がきらめいていた。月の光が惜しげもなく降りそそぎ、足首のあたりで揺れる雑草を照らす。

 ともすれば見入ってしまう幻想的な光景だが、今夜ばかりはちらとも惹かれなかった。


 太い木が手前に一本、倒れている。少年がひとり下敷きになって、じたばたともがいていた。言わずもがな、ソルノである。


「ソルノ!」


 ノイムがあっと思ったときにはもう手が離れていた。

 止める間もなく、ハーレは駆けだした。


「ハーレ!? ばか、来るなッ」

「馬鹿はそっちだよ、なに言っ――」


 ソルノを責めるハーレの怒鳴り声は、宙にかき消えた。

 呆然と立ち尽くした彼の頭上に影が差す。


 影は低く唸った。


(魔物……いや)


 ノイムは目を凝らした。


 野生の熊だ。後ろ足で立っている。

 だらしなく開いた口から舌と唾液がこぼれていた。足取りが怪しい。目が濁っている。焦点が合っていない。威嚇なのかなんなのかわからない唸り声を絶えず発している。


 魔力酔いを起こしているのだ。

 強すぎる魔力にあてられたときに、あらゆる生きものが陥る症状である。人であればめまいや吐き気、幻覚。獣や魔物であれば狂暴化。勇者の剣の周辺には濃い魔力溜まりができているから、この熊は、それにやられたのだろう。


 そしてソルノを見つけた。獲物を前にした熊はさらに理性を失い、滅茶苦茶に暴れて木をなぎ倒す。ソルノはそれに巻き込まれて動けなくなる。

 そこにノイムとハーレが駆けつけたのだ。


 熊はよろめきながら進み出て、腕を振り上げた。ハーレとはまだ距離がある。ではあの獣はなにを攻撃するつもりなのか。


 ノイムは咄嗟に、刃先の溶けた短剣を投げつけた。

 ろくな狙いも定めずに放たれたそれは、熊の横をすり抜けて飛んでいった。最悪だ。ノーコンにもほどがある。


 まっすぐ落とされた大きな爪が、ソルノが下敷きになった木の幹を砕いた。

 わあとかぎゃあとかいう悲鳴と同時に、木片が飛び散る。直撃したらしいハーレが尻もちをついた。


「逃げろ、ハーレ!」


 ことのほか元気なソルノの声が響く。無事なようだ。


 ノイムはほうと息をついて、走った。

 走りながら、逃げろと叫び続けるソルノを遮る大音声で指示を出した。


「ハーレ、ソルノを引っ張り出してッ! 急いで!!」


 明後日の方向に飛んで行った短剣を拾い、振り返る。


 背を丸めた熊が、前足をついたところだった。天を突く咆哮。

 このままではまずい。


 ハーレがソルノの救出に取りかかっている。熊が力任せに叩いてくれたおかげで、ソルノの上にのしかかる木はずいぶん短くなっていた。ハーレひとりでも退かすことができるだろう。

 しかし問題は、ソルノを助けるよりも、熊がふたりに襲いかかるほうが早いということだ。


 頭痛が酷い。頭蓋骨が内側からガンガン叩かれている。揺れた視界を払うように頭を振って、地面を蹴る。

 数歩よろけてから、ノイムは弾丸のごとく飛びだした。


 短剣を構え、熊の背中に飛びかかる。落ちないように片手で毛を握る。ここで熊がノイムに気づいた。ソルノとハーレから意識を逸らして、背中に張りついた異物を振り払おうと立ち上がる。

 その脳天に短剣を突き立てた。


「――チッ、刺さらない!」


 当然といえば当然である。人攫いの男と一緒に魔法の炎でたっぷりと燃やされた短剣だ。切っ先が溶けている。刃という刃が潰れている。刺さるわけがない。


 ノイムは熊の背中から飛び降りた。

 間髪入れずに転がって距離を取る。立ち上がって振り向けば、熊の爪が地面を抉ったところだった。ノイムが着地した場所だ。危なかった。


 こちらに狙いを定めた黒い毛皮の向こうに、ソルノが見えた。無事に木の下から脱出できたらしい。


「ふたりとも結界から出て! 村に走ってっ」


 熊の突進を避けて鞠のように転がりながら声を張る。


「でも、ノイムちゃんはっ」

「あんたたちが先に逃げてくれないと動けないの! このままだとコイツを村に連れていっちゃう!」

「なに偉ぶってんだよちび!」

「黙れ問題児!! あんたのせいなんだけどッ」


 向かってくる熊の大口に向かって、持っていた短剣を振りかぶった。


 刺さらない刃物など役立たずだ。持っていても仕方ない。全力の投擲である。

 短剣は、見事に熊の口へと吸いこまれていった。突っ張り棒のように上手くはまったらしい。熊は口を開けたままにっちもさっちもいかなくなったようで、ノイムに突撃するのをぴたりとやめた。喉にはまり込んだ短剣を取ろうと腕を振り回している。


 束の間の休憩だった。

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